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クラシックのプロムナード

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昨日取り上げた「小澤征爾 音楽ひとりひとりの夕陽」(小池真一著)に、小澤さんは音楽は個人的なものだと繰り返して述べていることが書かれています。さらに、その中で「いい音楽」と「わるい音楽」について次のように述べています。


<いい音楽>

「いい音楽は、音楽会でお客さんが千人座ってても、音楽やっている人と一人ひとりの線ですから。ぼくはいつもそう思う。たとえ客席でぼくといっしょに家族が座っていても、ぼくはぼくで聴くわけ。一人ひとりが音楽を聴いている。たくさん聴いていても、音楽は個人的なもんじゃん」

「人間が生きていく時の根本的なものの中に音楽もあるんだろうと。音楽はもっと直接的に何か、食ったり飲んだりする以外で、人間の活気が出てくる、音楽はその中の大事な一つだと思いますね。もちろん、具体的に哲学とか文学とかあるだろうけれど、それよりも直感的に、直接的に一人ひとりの心に入っていくのが音楽です」

そして、「いい音楽」がもたらす世界について著者は、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスター、ライナー・キュッヒルが、最高の音楽の時空では、「たった一人の私」という感覚と「もはや私ではない」という感覚がいっしょにあるとした次のコメントを引用しています。

「演奏する上での理想的な音楽体験は、舞台の上で何か一つの作品を演奏していても、自分が何を弾いているのか、作為のようなものが一切なくなってしまって、音と響きの流れに引っぱられていくような感じになるんです。次々と音が流れていく、けれど、何をやっているのか自分でもわからなくなる、自分の意志のようなものを感じられなくなる。そういう時は同じように聴き手も、自分が座っていることすら忘れてしまう。まるで宙に浮いたような状態になり、響きの流れに身を任せる、そういう状態になれば、誰が弾いていようが、何がそこで行われていようが、そういうことは一切気にならなくなるはず。まるで夢のような、憑依した状態というのでしょうか」(P155)


<わるい音楽>

「街を歩いていても、まわりになんとなく音楽が流れているでしょ。特に日本は洪水のようじゃない。聞きたくても逃げることもできないで、否応なく聞かされてしまう。個人の自由な意思を無視した音楽なんて、やり方はテロと似ていますよね」

「今はだんだん世の中変わってきて、レコードもよくなって、テレビもよくなって、ラジオもよくなって、なんにもしないで、音楽が向う側ぁらやって来るもんだと思っているのとちがうかな。ホテルびエレベーターに乗ればひどい話、音楽が向うからやって来る」「ロマンチックな音や部厚い音なんかぜんぜん出てこない。そういうミューザックもあるわけ。しかしそういう受け身の音楽は音楽とは言えないのであって、自分から手をくだすものが音楽じゃないか」(小澤征爾・武満徹著『音楽』新潮文庫)

ミューザック(MUZAK)とは「歌もなく、また激しく編曲されているため、最初は何の曲かわからないが、意識を集中させて聞くと、原曲がわかるようなBGMのこと。BGMがあると作業効率が上がるといった科学的管理法の成果などをもとに1930年代にMuzak社が様々なBGMを工場や商店などに提供し始めたのがそもそもの起源」。(http://www.kanshin.com/keyword/331926

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1973年9月24日、38歳の小澤征爾さんが、アメリカ5大オーケストラの一つであるボストン交響楽団の常任指揮者に就任して初コンサートを開きました。

「日本のクラシックファンにとっては、日本人指揮者の演奏をアメリカから逆輸入する形で聴くこととなり、また日本人指揮者の演奏が国際的に有名なレーベルから発売されるのは初めてであった。・・・ボストン交響楽団の音楽監督は2002年まで務めたが、一人の指揮者が30年近くにわたり同じオーケストラの音楽監督を務めたのは極めて珍しいことであった」。(ウィキペディア)

しかし小澤征爾さんはこのとき既に「世界のオザワ」になっていました。そしてその初志は、1959年2月1日、貨物船「淡路山丸」でスクーターとともに一路、欧州を目指した23歳の気持ちから始まっていました。その初志は、次の言葉に集約されます。

「クラシック音楽は世界共通だと思っているんですよ。その実証の実験なんですよ」

小池真一さんの2003年の著書「小澤征爾 音楽ひとりひとりの夕陽」(講談社+α新書)にはこの実験について次のように述べられています。

「小澤征爾の『実験』の出発点は、『東洋人として西洋音楽をどこまでやれるか』だった。それが音楽家と聴者を『個』として裸にし、さまざまな人々と文化が共存する世界の『特殊性』『多様性』へとつなげ、人類としての『普遍性』に導く、実験のこうした全体地図を一望しただけで、いかに壮大な試みであるかがわかる」。

この壮大な実験を胸に秘めた小澤さんは、欧州に渡った七ヵ月後の1959年9月10日。日本人として、あるいは東洋人として西洋音楽の扉を開きました。フランスのプザンソンで行われた国際若手指揮者コンクールで24歳の小澤征爾がドイツ、フランス、米国などの俊英たちを抑え、優勝したのです。そのときの模様を新聞では次のように伝えています。

「各国政府は数人ずつ代表を派遣、なかにはすでにオペラ座とか交響楽団の常任指揮者など30才を超えた人も加わっている、(中略)曲目はフランス音楽が主だったので、それになれていない私にはとても見込みがないと思っていたしまた日本人が一人もいないこの町に乗込んだときは、なかなか悲壮な気分だった。ところが、予選の結果、発表のことから『お前は一等になる』『すばらしい』なとという声がきかれるようになり、本選会にはバイオリンの前田郁子さんはじめ応援もかけつけてくれて気楽になることができた」(1959年9月28日「毎日新聞」夕刊)

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<Anton Webern Fünf Sätze 1>
http://jp.youtube.com/watch?v=WKZt6nPrKJQ&feature=related

添付のYOUTUBEは「5つの断章、Fünf Sätze für Streichquartett)作品5。アントン・ヴェーベルンが1909年に作曲した弦楽四重奏曲。弦楽四重奏のための5楽章とも呼ばれるという曲。ヘーンベルク門下、ヴェーベルンの無調時代の作品。初演は1910年2月8日にウィーンで行われ、1922年に出版された。のち、1929年に弦楽合奏のために編曲され、これは1930年に出版されたとあります。

演奏時間は全曲で約11分。構成は、
1.激しい動きで(Heftig bewegt)
2.きわめて遅く(Sehr langsam)
3.きわめて活発に(Sehr bewegt)
4.きわめて遅く(Sehr langsam)
5.やさしい動きで(In zarter Bewegung)

クラシックをただでさえ気難しい音楽だととらえる私のようなものに、無調、十二音技法などの音楽はさらに煙にまかれるような印象です。一方で、この「5つの断章」を純粋に聴いてみると、サスペンス映画などのBGMでは耳に馴染んだ音楽のようだとも感じます。もとを糾せば、先にこうした十二音技法の音楽があって、それを映画が取り込んだということだと思いますが、単純にその音楽の世界だけに浸ることは、今の私には苦行に身を置くことでしかありません。

昨日、NHK教育の「スパーピアノレッスン」という番組でポルトガル出身の世界的な女性ピアニスト、マリア・ジョアン・ピレシュ(Maria João Pires、1944年-)さんのレッスン風景を垣間見ました。ピレシュさんは、ピアノの練習では手だけを集中させ、ピアノを弾く「喜び」を感じたことがないがどうしたらいいかという生徒の質問に、ピアノを弾くということは決して「喜び」ではなく、「苦しみ」であるかもしれない、重要なのはその音楽の現実の中で生きることだと答えていました。

難しいことはともかく、私にとっての関心は、アントン・ヴェーベルンが戦争によってその音楽人生を翻弄させられたということです。


アントン・(フォン・)ヴェーベルン(Anton (von) Webern, 1883年12月3日 - 1945年9月15日)は、「オーストリアの作曲家、指揮者、音楽学者。ウェーベルンとも書かれる。シェーンベルクやベルクと並んで新ウィーン楽派の中核メンバーであり、なおかつ20世紀前半の作曲家として最も前衛的な作風を展開した。このため、生前は顧られる機会がほとんどなかったが、戦後の前衛音楽勃興の中で再評価され、世界的に多くの作曲家に影響を与えた」。

「1904年からシェーンベルクに師事して作曲修行を続け、1908年に《パッサカリア ニ短調》作品1によって独立を許された。シェーンベルク門下のベルクは、その後のウェーベルンの音楽活動において影響を及ぼしている。音楽家として独立してからは、イシュルやテプリツ、ダンツィヒ、シュテッティーン、プラハなどで指揮者として活動し、それからウィーンに戻った」。

「第一次世界大戦後は、シェーンベルクを輔佐して私的演奏協会を設立。1922年から1934年までウィーン労働者交響楽団の指揮者を務め、BBC交響楽団にも定期的に客演を続けた。盟友ベルクが1935年に急逝すると、遺された《ヴァイオリン協奏曲》のイギリス初演で指揮を執った。その模様は、初演のヴァイオリニストルイス・クラスナーにより録音され、2度にわたってCDに復刻されている」。

「1938年にナチス・ドイツによりオーストリアが吸収合併されると、ウェーベルンの音楽は『頽廃音楽』『文化的ボルシェヴィズム』の烙印を押され、演奏活動で生計を立てることは困難になった。このため、契約先の出版社ウニフェルザール・エディツィオーンの編集人や校閲係を引き受けざるを得なかった」。

「1945年に、終戦後に作曲活動を再開する思惑から、ウィーンを去ってザルツブルク近郊のミッタージルの娘の家に避難。しかし、娘婿が元ナチ親衛隊で、当時は闇取引に関与していたのが落とし穴となる。同年9月15日、喫煙のためにベランダに出てタバコに火をつけたところを、オーストリア占領軍の米兵により、闇取引の合図と誤解され、その場で射殺されたのである」。(ウィキペディア)

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<Mahler Symphony No.8 2nd Movement Part 6>
http://jp.youtube.com/watch?v=gXM-RnnakxY

1993年3月1日、日本武道館にて空前の規模で行われたスーパー・サウンド・スペクタクル「千僧音曼荼羅」(ニューヨークフェスティバル銅賞受賞)。「真言宗豊山派の僧侶1000人が一堂に会し、唱和するみごとな仏教声明に佐藤允彦らのトップジャズメンたちが彩りを添える」。真言宗中興の祖・興教大師850年忌にあたって1993年3月1日に日本武道館で行なわれました。かつて一度だけテレビでその様子の一部を見て、鳥肌ものだったことを覚えています。「千僧音曼荼羅」としてDVD化されています。

<声明で奏でる男声合唱、「東京ボーズコレクション」>(6/27付け記事)

1000人もの人が一同に会し、ひとつのものを奏する様は、その迫力以上に、何か敬虔なものを感じさせます。広大なユニゾンの世界は、私たちを異空間に誘ってくれます。クラシックの世界にも、そんな楽曲があることを今日知りました。グスタフ・マーラーが作曲した8番目の交響曲、変ホ長調。

マーラーの「ウィーン時代」の最後の作品であり、同時にマーラー自身が初演し耳にすることのできた最後の作品となった。演奏規模の膨大さから「千人の交響曲」"Symphonie der Tausend"の名で広く知られているそうです。添付したYOUTUBEはその一部ですが、今度全編を聞いて見なければと思います。写真は、「千僧音曼荼羅」と「1916年3月2日、レオポルド・ストコフスキー指揮によるアメリカ初演(演奏者1068人)」(ウィキペディア)


「1910年9月12日及び13日、ミュンヘンにて、マーラーの指揮による。マーラーは、この年4月にアメリカで交響曲第9番を完成した後、3度目のヨーロッパ帰還を果たしてこの初演に臨んだ。夏にはトプラッハで交響曲第10番に着手している」。

「初演は『ミュンヘン博覧会1910』(Ausstellung München 1910)と題された音楽祭の一環として行われた。エミール・グートマンの企画によるこの音楽祭は、ほぼ4ヶ月にわたる大規模なもので、フランツ・シャルク指揮ウィーン楽友協会合唱団によるベートーヴェンのミサ・ソレムニスやゲオルク・ゲーラー指揮ライプツィヒ・リーデル協会合唱団によるヘンデルのオラトリオ『デボラ』の上演も行われている」。

「マーラーの第8交響曲は、この音楽祭のメインイベントとして位置づけられていた。初演は鳴り物入りで予告・宣伝され、12日、13日ともに3000枚の切符が初演2週間前には売り切れた。演奏会には各国から文化人ら(後述)が集まり、演奏後は喝采が30分間続いたという」。

「曲は850人程度で演奏可能であるが、初演時には出演者1030人を数え、文字どおり『千人の』交響曲となった。内訳は、指揮者マーラー、管弦楽171名、独唱者8名、合唱団850名。管弦楽はカイム管弦楽団(ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の前身)。合唱団には音楽祭に参加していたウィーン楽友協会合唱団250名、リーデル協会合唱団250名に、ミュンヘン中央歌唱学校の児童350名が加わった」。

「マーラーは少なくとも初演の1年前から準備に取りかかっている。練習は、編成が巨大で一堂に会することが困難なために、各地で分散して行われた。9月5日からの1週間を総練習に当て、様々な組み合わせで1日2回実施したという。マーラーはこの総練習の過程で、アルマに宛てた手紙で合唱団や合唱の練習を担当したシャルクの無能ぶりを厳しく批判したり、演奏会直前になって、興行主のグートマンにコンサートマスターの交代を要求したり、相変わらずの完全主義者ぶりを見せている」。

「会場は、博覧会会場である新祝祭音楽堂で、コンクリートとガラスを主に使用した、当時としては先進的な建造物であった。音楽ホールとして設計されたものではなかったため、マーラーは興行主のグートマンに対して音響的な配慮や照明効果まで、細かく配慮を求めた。また、ウィーン宮廷歌劇場時代の同志で
あったアルフレッド・ロラーを呼び寄せ、会場の補修工事を行わせている」。
「初演から8ヶ月後の1911年5月18日、ウィーンでマーラーは没した。マーラーの死後、1911年の秋から翌春にかけて、第8交響曲はウィーンだけで13回上演されている」。(同上)

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<Dvorak - Symphony No. 9 "From the New World" - 4th movement>
http://jp.youtube.com/watch?v=Vlci-kCEaKE&feature=related

<Dvorak, New World Symphony - 2nd Mvt Part 1/「家路」>
http://jp.youtube.com/watch?v=-ENf4VEhI40&feature=related

ワーグナーから学んだドラマ性、ブラームスも着目する構成力を高い次元で兼ね備えた作曲家と言われるチェコのアントニン・ドヴォルザーク。今日は彼の生誕167年を迎える日です。クラシックに造詣のない私などが取り上げるには、彼が52歳になる1893年に作曲した、4つの楽章からなる彼の9番目にして最後の交響曲「新世界より」が妥当でしょう。

この曲は、ドヴォルザークのアメリカ時代(1892年-1895年)を代表する作品であり、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」、シューベルトの交響曲第7(8)番「未完成」と並んで「3大交響曲」とされています。「この交響曲第9番の第2楽章は、日本語の歌詞がつけられて唱歌『家路』として親しまれるだけでなく、学校やデパートなどの終業時刻を知らせるメロディーとしても多く利用されている」。

「『新世界より』という副題は、新世界アメリカから故郷ボヘミアへ向けてのメッセージ、といった意味がある。全般的にはボヘミアの音楽の語法によりながらも、アメリカで触れたアフリカ系アメリカ人やネイティヴ・アメリカンの音楽も見事に融合されており、それらをブラームスの作品の研究や第7・第8交響曲の作曲によって培われた西欧式の古典的交響曲のスタイルに昇華させている。このように、東欧・西欧・アメリカの3つの地域の音楽が有機的な結合で結びついた本作は、ドヴォルザーク有数の名作ということができるであろう」。(ウィキペディア)

チェコと聞いて、私などはチェコスロバキアという国名に耳が馴染んでいますが、1993年にチェコとスロバキアに分離しました。チェコは、ボヘミアとモラヴィアの2つの地域に大別されるそうですが、「プラハの春」、チェコ・ビール、ボヘミア・ガラス位しか思い浮かびません。

チェコを代表するもう一人の作曲家スメタナ(1824-1884)については、5/12付けの記事「チェコ国民音楽派の父、ベドジフ・スメタナの描いた祖国とスラヴ民族」で取り上げています。


アントニン・レオポルド・ドヴォルザーク(チェコ語:Antonín Leopold Dvořák、1841年9月8日 ミュールハウゼン・アン・デア・モルダウ(現チェコ・ネラホゼヴェス Nelahozeves) - 1904年5月1日)は、「チェコの作曲家。ブラームスに才能を見いだされ、『スラブ舞曲集』で一躍人気作曲家となった。ベドルジハ・スメタナとともにボヘミア楽派と呼ばれる」。

「その後、アメリカに渡り、音楽院院長として音楽教育に貢献する傍ら、ネイティブ・アメリカンの音楽や黒人霊歌を吸収し、自身の作品に反映させている。代表作に、交響曲第9番『新世界より』、この分野の代表作でもあるチェロ協奏曲、『アメリカ』の愛称で知られる弦楽四重奏曲第12番などがある。これらの作品を通して、ドヴォルザークは、チェコ国民楽派を代表する作曲家であり、後期ロマン派を代表する作曲家というにとどまらず、クラシック音楽史上屈指の人気作曲家でもある」。(ウィキペディア)


<スラブ舞曲>
1878年、出版社ジムロックからの要請で作曲されて大成功を収め、ドヴォルザークを当時の音楽界の中心へと押し上げる契機となった作品。

<Dvorak: Slavonic Dance No 1>
http://jp.youtube.com/watch?v=4JBSmJkpfq0&feature=related

<Dvorak - Slavonic dance No. 2 in E minor op. 72/小澤征爾&ヨーヨー・マ>
http://jp.youtube.com/watch?v=QJp8cRLmqb0&feature=related


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