「a song for you」の可能性を求めて

大切な誰かのために、自分の思いを音楽にしてプレゼント

映画音楽

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

昨日、映画音楽作曲家ジェームズ・ニュートン・ハワードを取上げました。せっかくですので、今日は最近のハリウッドで活躍顕著な両雄の一人とも言えるマーク・アイシャムにスポットを当てます。二人は奇しくも1951年生まれの現在57歳。映画音楽への関わりは、マーク・アイシャムの方が早いようですが、少なくとも私が観てきた映画では、ジェームズ・ニュートン・ハワードが1980年代後半から頭角を現したのに対し、マーク・アイシャムは1990年代からと若干出遅れた感があります。

私がこれまで観た映画でマーク・アイシャムが携わっている作品は次の通りです。

<1990年代>
「蜘蛛女」(1993)、「ゲッタウェイ」(1994)、「クイズ・ショウ」(1994)、「ネル」(1994)、「ザ・インターネット」(1995)、「ラストダンス」(1996)、「コレクター」(1997)、「ブレイド」(1998)

<2000年代>
「ザ・ダイバー」(2000)、「英雄の条件」(2000)、「海辺の家」(2001)、「マジェスティック」(2001)、「クラッシュ」(2004)、「ボビー」(2006)、「ブラック・ダリア」(2006)、「告発のとき」(2007)、「大いなる陰謀」(2007)、「ミスト」(2007)、「帰らない日々」(2007)、「NEXT」(2007)

M・ナイト・シャマラン監督とジェームズ・ニュートン・ハワードはコンビとしての印象が強いのですが、マーク・アイシャムについてそんな関係を強いて挙げれば、ロバート・レッドフォード監督が「リバー・ランズ・スルー・イット」(1992)、「クイズ・ショウ」、「大いなる陰謀」で三作、フランク・ダラボン監督の「マジェスティック」、「ミスト」(2007)、ポール・ハギス監督の「クラッシュ」、「告発のとき」にそれぞれ二作ずつオファーしています。

ジェームズ・ニュートン・ハワードに出遅れた感のあるマーク・アイシャムですが、ここに来て彼の多忙ぶりは見て取れます。これからも注目の映画音楽作曲家の一人と言えそうです。マーク・アイシャムの代表作はコチラ。

<Mark Isham - Greatest Hits>
http://jp.youtube.com/watch?v=EPYz2U2Obfc

マーク・アイシャム(Mark Isham、1951年9月7日 -)は、「アメリカ合衆国のミュージシャン・トランペッター・シンセサイザー奏者。ニューヨーク出身。父は音楽の教師、母はバイオリニストという音楽一家に生まれた。ウィンダムヒルに参加したり、ローリング・ストーンズ、ヴァン・モリソン、ジョニ・ミッチェル、デヴィッド・シルヴィアンのアルバムに参加したりしているが、映画音楽が本領である。1990年にはグラミー賞を受賞している」。(ウィキペディア)

<マーク・アイシャム サントラ 蜘蛛女 ヒッチャー リバー・ランズ>
http://soundtrackparadise.com/isham.php

イメージ 1

今日は映画音楽の作曲家ジェームズ・ニュートン・ハワードを取上げます。私は無類の映画好きなのですが、どちらかというとDVDを一人でゆっくり楽しむ方です。映画館には映画館の良さがあることは百も承知なのですが、最近はどうも途中で寝てしまうことが多く、ストーリーがまったくわからず帰ってくるということも少なく、後悔し通しであることもあって、遅まきになることは覚悟してDVDで鑑賞してます。

さて、映画音楽について、このブログではこれまで次のような作曲家を取上げてきました。

<「ハリウッド」と「オリンピック」を演出する作曲家(ジョン・ウイリアムス)>(2006/3/10)
http://blogs.yahoo.co.jp/asongotoh/28229648.html

<劇付随音楽に徹した巨匠「ジェリー・ゴールドスミス」>(2006/7/21)
http://blogs.yahoo.co.jp/asongotoh/37860434.html

<現代ハリウッド映画音楽の売れっ子作曲家「ハワード・ショア」とその仕事>(2007/6/26)
http://blogs.yahoo.co.jp/asongotoh/47872278.html

現在公開中の映画「マンマ・ミーア!」は、ABBAのヒット曲22曲で構成されているミュージカルの映画版ですが、曲が映画の重要なファクターとなる作品は「I am Sam アイ・アム・サム」など少なくありませんね。一方で、昔ほど映画に挿入される音楽が力を持たなくなったのではないかとも思えます。そんな中にあっても、上記の作曲たちは充分な実績と評価を与えられてきました。

今日、取上げるジェームズ・ニュートン・ハワードはアカデミー作曲賞にノミネートされること実に8回。にも関わらず、いまだオスカー像を手にしていません。しかしながら彼がハリウッドの売れっ子作曲家の一人であることは間違いありません。これまで私が観た映画の中で、彼が手がけた作品は次の通り。

<1989年代>
「800万の死にざま」(1986)、「メジャーリーグ」(1989)、

<1990年代>
「プリティ・ウーマン」(1990)、「真実の瞬間」(1991)、「デーヴ」(1993)、「逃亡者」(1993)、「わかれ路」(1994)、「ワイアット・アープ」(1994)、「アウトブレイク」(1995)、「ウォーターワールド」(1995)、「真実の行方」(1996)、「ディアボロス/悪魔の扉」(1997)、「ポストマン」(1997)、「ダイヤルM」(1998)、「プリティ・ブライド」(1999)、「シックス・センス」(1999)

<2000年代>
「アンブレイカブル」(2000)、「バーティカル・リミット」(2000)、「サイン」(2002)、「ドリームキャッチャー」(2003)、「ヴィレッジ」(2004)、「コラテラル」(2004)、「ザ・インタープリター」(2005)、「バットマン ビギンズ」 (2005)、「キング・コング」(2005)、「ブラッド・ダイヤモンド」(2006)、「フィクサー」(2007)、「アイ・アム・レジェンド」(2007)、「ハプニング」(2008)

「シックス・センス」、「アンブレイカブル」、「サイン」、「ヴィレッジ」、「レディ・イン・ザ・ウォーター」、「ハプニング」といったM・ナイト・シャマラン監督の作品には欠かせないのがジェームズ・ニュートン・ハワードなんですね。そんな彼の代表作はコチラで。

<James Newton Howard - Greatest Hits>
http://jp.youtube.com/watch?v=PwxHvLEa_OM&feature=related

ジェームズ・ニュートン・ハワード(James Newton Howard,1951年6月9日-)はアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス出身の映画音楽作曲家。レコード・プロデューサー、キーボーディスト、指揮者等としても活躍している。南カリフォルニア大学の音楽学校で学んでいたが、中退してエルトン・ジョンのツアーに参加。1985年から映画音楽を手がけるようになる。1986年に女優のロザンナ・アークエットと結婚したが、翌年離婚している。

<メジャーリーグ ウォーターワールド サントラ ジェームズ ニュートン ・ハワード>
http://soundtrackparadise.com/JamesNewtonHoward.php

イメージ 1

<East of Eden clips>
http://jp.youtube.com/watch?v=mkSvpe91Hzg

<Rebel without a cause - Music Rosenman>
http://jp.youtube.com/watch?v=rqFSfxkKjrY&feature=related

1955年の今日、24歳で亡くなったジェームズ・ディーンは、初主演作「エデンの東」(1955年)から「理由なき反抗」(1955年)、「ジャイアンツ」(1956年)という三つの主演作を残しました。この三つの遺作のうち前二作の音楽を手がけたのが、レナード・ローゼンマンでした。教え子だった24歳のジェームズ・ディーンからエリア・カザン監督に紹介され、『エデンの東』のテーマ曲作曲を依頼されたのが、31歳のローゼンマンが映画音楽を書く契機となったのだそうです。

ジェームズ・ディーンは音楽を学んでいたのかと驚きましたが、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で演劇科を学んでいますので、そこで演劇の一環としてローゼンマンの講義を受けたのでしょうね。初主演作に恩師である作曲家をアカデミー受賞監督に引き合わせ、起用させるというジェームズ・ディーンは本作に取り組むことで、既に神からの啓示を受けていたかのようです。

旧約聖書の創世記におけるカインとアベルの確執、カインのエデンの東への逃亡の物語を題材に、父親からの愛を切望する息子の葛藤、反発、和解などを描いた「エデンの東」。ハイ・ティーンの持つ、社会や大人といったものに対する漠然とした苛立ちを、巧みな心理描写、繊細なタッチで描き、青少年の犯罪心理を追求した「理由なき反抗」。この二作は、現代にも通じる青少年の普遍的な心情が描かれていますね。

〜『エデンの東』(East of Eden)は、1955年公開のアメリカ映画。監督はエリア・カザン。ジョン・スタインベックの同名小説『エデンの東』をポール・オズボーンが脚色。映画初主演となったジェームズ・ディーンが人気と実力を兼ね備えたスターとしての地位を不動のものとした作品として名高い」。〜

〜『理由なき反抗』(Rebel Without a Cause)は、1955年のアメリカ映画。主演を務めたジェームズ・ディーンの代表的作品。ニコラス・レイの原作を、自らが監督を務め映画化した作品。若者達のチキンゲームが話題となり、題名が当時の若者たちを表す言葉として流行語になった。〜


レナード・ローゼンマン(Leonard Rosenman、1924年9月7日-2008年3月4日)は、「アメリカ合衆国の作曲家。南カリフォルニア大学教授。数々の映画音楽の作曲で特に知られる。ニューヨーク市ブルックリン生まれ。カリフォルニアでアルノルト・シェーンベルク、ルイージ・ダッラピッコラ、ロジャー・セッションズに作曲を師事し、合唱曲、室内楽などを書いた」。

「1955年、教え子だったジェームズ・ディーンからエリア・カザンに紹介され、『エデンの東』のテーマ曲作曲を依頼された。その後、『理由なき反抗』『続・猿の惑星』『スタートレックIV 故郷への長い道』など、映画やテレビドラマのテーマ音楽を多数作曲した」。(ウィキペディア)

イメージ 1

<BJ THOMAS Raindrops Keep Falling on my Head>
http://jp.youtube.com/watch?v=t30cX6OGO0U&feature=related

26日、俳優ポール・ニューマンが亡くなったことを知りました。83歳だったそうです。1952年にアクターズ・スタジオに入学したときに一緒だったのが、ジェームズ・ディーン(1931-1955)とマーロン・ブランド(1924-2004)。1974年の「エマニエル夫人」(ジュスト・ジャカン監督)でエマニエルを挑発する女性がマスターベーションする脇に置いていた写真がポール・ニューマンでした。

ポール・ニューマンにはたくさんの出演作がありますが、生涯最高のヒットとなったのがジョージ・ロイ・ヒル監督の「明日に向って撃て!」(アメリカ/1969年)でした。原題は「Butch Cassidy and the Sundance Kid」。実在した2人組の強盗を描いたモダン・ウェスタン。衝撃のラストシーンとともに際立ったのが主題歌の「雨にぬれても」(作詞:ハル・デヴィッド 作曲:バート・バカラック)。

この「雨にぬれても」、歌っているのはB.J.トーマスという人ですが、思えば彼についてはよく知りませんでした。そんな訳で、今回チェックしてみると、なかなかのイケ面で、ロックからカントリーまで歌う、今も活躍する方でした。彼の半生をウィキペディアから引用します。


B・J・トーマス(B. J. Thomas, 本名ビリー・ジョー・トーマス (Billy Joe Thomas), 1942年8月7日 オクラホマ州ヒューゴー - )は、「アメリカ合衆国のポピュラー歌手。1960年代から1970年代にかけてチャート1位を獲得するヒットソングを発表したことで知られる」。

「テキサス州ヒューストン周辺で育ち、同州ローゼンバーグのラマー統合高等学校(Lamar Consolidated High School)を卒業した。ソロ活動を開始する以前、トーマスは十代で教会の聖歌隊に参加しており、その後音楽グループ「ザ・トライアンフス」(The Triumphs)に参加していた」。

「1966年、B・J・トーマスとトライアンフスはアルバム『I'm So Lonesome I Could Cry』(ペースメーカー・レコードレーベル)をリリースした。このアルバムには、ハンク・ウィリアムズのヒット曲「泣きたいほどの淋しさだ」(I'm So Lonesome I Could Cry)のカバー版がフィーチャーされた。同年、トーマスは同名のソロ・アルバムもリリースした(セプター・レコードレーベル)」。

「トーマスは1968年に、シングル曲「フックト・オン・ア・フィーリング」(Hooked on a Feeling)のリリースによって、再び音楽シーンでの成功を収める。この曲はエレクトリックシタール(エレクトリックギターの一種)の音がフィーチャーされているのが特徴で、アルバム『On My Way』からのシングル・カットであった」。

「1969年の映画『明日に向って撃て!』の主題歌として、トーマスはバート・バカラック作曲・ハル・デイヴィッド作詞の楽曲『雨にぬれても』(Raindrops Keep Fallin' on My Head)を歌い、同曲は1970年1月にビルボード・ホット100チャート1位を記録した。この曲は同名のアルバムにも収録されている。このほかの1970年代のヒット曲としては、『君を信じたい』(Just Can't Help Believing, 1970年ビルボードチャート9位、後にエルヴィス・プレスリーによってカバー)、『ロックンロール・ララバイ』(Rock and Roll Lullaby)、『アウト・オブ・タウン』(Everybody is Out Of Town)、『歓びのハレルヤ』(Mighty Clouds of Joy)などがある」。

「1975年、トーマスはアルバム『Reunion』(ABCレコードレーベル)をリリースした。このアルバムに収録されていたのが、彼の2作品目のチャート1位を記録するヒットシングルとなる曲「心にひびく愛の歌」((Hey Won't You Play) Another Somebody Done Somebody Wrong Song)である。トーマスはこの曲で1976年度のグラミー賞ベスト・カントリー・ソング部門(Grammy Award for Best Country Song)を受賞した。ABCレーベルにおいては彼はこのほかに『ソングス』(Songs)、『ドント・ウォーリー・ベイビー』(Don't Worry Baby, ザ・ビーチ・ボーイズのカバー)などの曲でチャート入りしている」。

「トーマスの1980年代の主要な楽曲には『Two Car Garage』『Whatever Happened to Old Fashioned Love』『New Looks from an Old Lover』などがある。そして彼は、『愉快なシーバー家』のテーマソング『As Long As We Got Each Other』(ジェニファー・ウォーンズとのデュエット)で新たなヒットを記録した」。

「この曲は後にイギリスの歌手ダスティ・スプリングフィールドとのデュエットバージョンも収録され、『愉快なシーバー家』第4シーズンに用いられた。この曲の初リリースは、1985年のアルバム『Throwing Rocks At The Moon』(コロムビア・レコードレーベル)においてであった。トーマスは2冊の書籍を執筆しており、映画『ジョリー』(Jory)で主演を務めている。また、コカ・コーラ、ペプシなどいくつかの企業のCMジングルに、トーマスの声や音楽がフィーチャーされている」。

「近年では、トーマスはコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックの分野で新たなファンを獲得している。2002年、トーマスは1980年代末以来となるシングル『You Call That A Mountain』(同名のアルバムからのシングルカット)でチャート入りを果たした。2007年10月には、新曲のみで構成されたアルバム『Love To Burn』をリリースしている」。

参考:
<追悼:ポール・ニューマン。映画史上に輝くラストシーン「明日に向って撃て!」(アメリカ/1969年)>
http://blog.goo.ne.jp/asongotoh/e/357fc55b2fb77d8877b5e351a7c7ed8b

イメージ 1

「ティファニーで朝食を」(1961)、「酒とバラの日々」(1962)、「シャレード」(1963)、「ピンクの豹」(1963)、「暗くなるまで待って」(1967)、「ナタリーの朝」(1969)、「ひまわり」(1970)、「オクラホマ巨人」(1973)、「ピンク・パンサー2〜5」(1975〜1979)、「スペースバンパイア」(1985)・・・・・。

昨日、NHKでちょっとだけ流れてきた「ティファニーで朝食を」のテーマ曲と、作曲者ヘンリー・マンシーニの紹介映像。テロップには私が思春期に観た映画タイトルの数々が流れます。昨日までヘンリー・マンシーニを意識することはありませんでしたが、こうも自分が好きな映画で、その映画音楽を担当しておられたとは。

「マンシーニはJAZZに長けた人でしたが、当時の映画音楽にはJAZZを取り入れた斬新な映画音楽作品が既に存在していました。しかし、マンシーニの場合は少々毛色が異なっており、彼ならではのモダンで小粋な感覚と、映画から離れても好まれるシンプルかつ親しみやすいメロディーやリズム、和声に溢れた彼ならではのハイセンスに満ちた音楽でした。従ってそれまでのハリウッド音楽独特の分厚いストリングスに支えられたサウンドに軽快なJAZZの感覚を加え、その音楽を小粋で明るく、いつ聴いても耳に心地よい音楽を提供するに至ったわけです。映画音楽史上、センスの良さでは屈指の存在あります」。(「soundtrack theater」)


ヘンリー・マンシーニ(Henry Mancini、1924年4月26日-1994年6月14日)は、「アメリカ合衆国の作曲家及び編曲家。特に数々のグラミー賞、アカデミー作曲賞に輝いた映画音楽家として有名。マンシーニは1924年にオハイオ州クリーブランド市にイタリア系アメリカ人として生まれ、ペンシルヴェニアで育った。出生時の名前はエンリコ・ニコラ・マンチーニ(Enrico Nicola Mancini)。父はフルート奏者。幼い頃より英才教育を受け、名門ジュリアード音楽院に進学した。第二次世界大戦では軍楽隊で活躍」。

「1952年にユニバーサル映画音楽部に勤務し、『グレン・ミラー物語』などのアレンジを担当した。1960年代からは主に、ブレイク・エドワーズ監督の元で『ティファニーで朝食を』『シャレード』などオードリー・ヘップバーン作品で注目を集めた。特に『ティファニーで朝食を』でヘップバーンが歌った『ムーン・リバー』は名曲とされている」。

「他に『刑事コロンボ』のテーマ(もとはNBCのウィール、NBC Sunday Mystery Movie のテーマ)や、『ピーター・ガン』のテーマ、『ピンク・パンサー』のテーマ、『ひまわり』のテーマなどがよく知られている。1994年、ビバリーヒルズにて、ヘップバーンの後を追うように癌で病死した」。(ウィキペディア)


.
aso**otoh
aso**otoh
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

最新の画像つき記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事