「a song for you」の可能性を求めて

大切な誰かのために、自分の思いを音楽にしてプレゼント

ジャズへのエントランス

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「唄うために生まれてきたんですよ」と「オーラの泉」で美輪明宏と江原啓之に言われ、「もう、あかんわ」と綾戸智絵は涙ぐんでいた。アメリカでの結婚生活は壮絶な毎日だったらしい。その苦労を彼らに読まれたからだった。その辛さを乗り越え唄う彼女のオーディエンスを惹きこむパワーは、超一流だ。山下洋輔の記事の時も書いたが、彼さえもその話術に舌を巻く。

綾戸智絵(あやど 1957年9月10日 - )。「大阪市阿倍野区出身。本名は綾戸智恵(読み方は同じ)。両親がジャズファンという影響から小学生の頃からジャズへの造詣を深め、高校を卒業したあと渡米。ロスアンゼルスのライブハウスでピアノ演奏や歌唱などを展開した」。

「1991年に帰国後は神戸市を活動の拠点に置き、ジャズヴォーカリストとして本格的に活動を開始。横浜ジャズプロムナード、モントルージャズin能登、長野ジャズコレクションなど、国内各地でのジャズコンサートに多数出演した。弾き語りのスタイルで知られ、ライブでの軽妙なトークも観客を魅了する。1998年に実質的にメジャーデビュー。(厳密には現在に至るまでインディーズ所属でメジャーリリースはしていない。)2000年度の第51回芸術選奨・文部科学大臣奨励賞(大衆芸能部門)受賞。2003年には紅白歌合戦(NHK)出場を果たし『テネシーワルツ』を歌唱した」。(フリー百科事典)

乳がんを患った際、声が出なくなった彼女は懸命に唄うこ方法を考え抜いた。声量が戻らなくても、唄うときの様々なパフォーマンスで声量に替わる歌声をオーディエンスに感じさせることができるようになった。まさにプロフェッショナルの技だ。体脂肪率はアスリート顔負けの9%だという。

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「そのおおらかな演奏とは対照的に、絶頂期にありながら自分のプレイを見つめ直すため、突如失踪(計3回)して遠く人けの無い橋の下で一人練習するなど音楽に対して辛辣な姿勢が垣間見える」と評されるロリンズが羨ましい。普通は、単なるわがままなおやじと言われて終わり。

ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins、1930年9月7日 - )は、「ジャズのサックス奏者。ビ・バップの代表的サックス奏者。ジョン・コルトレーンと並ぶジャズ・サックスの巨人。『ジャズの巨人』と讃えられている。一番の代表作は"St. Thomas"(セント・トーマス)であり、2005年11月2日に行われた大阪・厚生年金会館での引退公演の締めくくりは本作であった」。

「1930年9月7日、アメリカ合衆国ニューヨーク生まれ。11才の頃からピアノやアルト・サックスを学び、高校時代にテナー・サックスに転向しプロの道へ進む。ブルーノート、プレスティッジ、マイルストーンに多くの録音を残した。代表作に『サキソフォン・コロッサス』『ウェイ・アウト・ウエスト』『ニュークス・タイム』などがある」。(フリー百科事典)また、彼を評したgoo音楽のコラムには次のような記述がある。

「ソニー・ロリンズはジャズ界きっての鋭いウィット感の持ち主かも知れない。音楽的には50年代前半の荒々しい音色でスイングするコールマン・ホーキンスのスタイルと、チャーリー・パーカーの革新的なビバップ・スタイルを融合した独自のスタイルを確立した」。

「しかし、パーカーがメロディが舞い上がるような演奏で感情表現の根源を探求したのとは違い、ロリンズの際限なく続く即興演奏は一種皮肉めいた印象を伝えた。ブロードウェイ・ミュージカルのヒット曲、『ショウほど素敵な商売はない』などではバップやスイング、そしてミュージカル・ナンバーなどではもう使い古されたフレーズを取り上げ、それらを徹底的に分解した上で使用した」。

「その意図はメロディとリズムが持つ可能性の限界を探り、慣用句そのものをからかうことにあった。新たな可能性を探り続ける中で彼の演奏は時折、美学的なミニマリズムにその表現を求めることがある。今ではスタンダード・ナンバーとされている、彼自身の筆による『セント・トーマス』では目眩がするほど入り組んだフレーズの迷路の中を、まったく同じ2つの音を延々と交互に吹き鳴らしている。ロリンズの芸術の深みに並ぶことの出来るインプロヴァイザーは希である」。

素晴らしい音楽を聴くことは喜びではある。しかし、それを表現することは難しい。これができるのは小説家や評論家、もしくはその資質を持つ限られた人。こういうブログを書くことにも資格が必要だ、という気がしてきた。

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<Earl Klugh>
http://jp.youtube.com/watch?v=UsFyWABrUGM

わたしの上京当時、都会の夜を満喫させてくれたのが六本木のパブ。名前は忘れてしまったが、アコースティックトリオのライブがあり、そこで「ダンス・ウイズ・ミー」を聞いて感動した思い出がある。その後その曲がアール・クルーのカバーであることを知る。

しかし、今回調べて改めて原曲が、「ウッドストックで結成されたアメリカ最高のロックンロール・ダンス・バンド」と言われるORLEANS(オーリアンズ)であることを知った。1972年にジョン・ホール、ケリー・ウェルズ、ラリー・ホッペンの3人でスタートしたライヴ・バンドだそうだが、全く知らない。

その「ダンス・ウィズ・ミー」を、オーリアンズの原曲を超えたとまでいわれる程の出来にしたアール・クルー(Earl Klugh, 1954年6月16日-)はアメリカミシガン州デトロイト出身のジャズ・フュージョン界のギタリスト。

「激しい音楽に疲れたら、たまにはこんなのもいい。70年代の終わりから80年代初頭のまさにフュージョン・ミュージック全盛時代、アコースティック(クラシック)・ギター1本であらゆる可能性に挑んだ異色のギター・プレイヤー」がアール・クルーだ。以下、彼の半生をフリー百科事典から辿る。

「10歳よりギターを始める。チェット・アトキンスからの影響が強い。17歳の時にユーゼフ・ラティーフと、18歳の時にジョージ・ベンソンのレコーディングに参加し、またツアーにも参加した。20歳の時チック・コリア主宰のリターン・トゥ・フォーエヴァーに加入し、エレクトロニック・ギターを弾いていた。しかし、病気になった家族を案じて2ヵ月で退団。エレクトリック・ギターよりアコースティック・ギターに思いがあったからともいわれている」。

「そしてまだプロダクションとして設立して間もないGRPのデイヴ・グルーシンに見出され、1976年にブルーノート/キャピトル・レコードよりファーストアルバム、"Earl Klugh"を発表。当時にしては珍しい、アコースティックギター(ナイロン弦ギター)をメインにしたアルバムである。以降デトロイトを拠点に、一貫してアコースティックを主体にした独自のスタイルを演奏していく事になる」。

「1979年発表のボブ・ジェームスとの共演作"One on One"をジェームス主宰のタッパン・ジー・レコードから発表、1981年グラミー賞ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・パフォーマンス賞を受賞する。1985年、ワーナー・ブラザーズ・レコードに移籍、"Sada Fountain Shuffle"を発表。1987年にジョージ・ベンソンとの共作"Collaboration"や、再びボブ・ジェームスと共演を果たし1991年に"Cool"を発表するなど、積極的にアルバムをリリースしていく」。

「1999年、ウィンダム・ヒル・レコードに移籍、"Peculiar Situation"を発表、このアルバムにはロバータ・フラックをゲストに呼んでいる。2005年、Koch Recordsに移籍、ギター・ソロのアルバム、"Naked Guiter"を発表、このアルバムで自身の曲、"Angelina"をセルフ・カバーしている」。

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長野県知事選で田中康夫氏が敗れた。小説家から阪神大震災を契機に社会運動を展開し、知事にまで登りつめた。彼のキャラは好き嫌いがはっきりするだろうが、よく頑張ったと思う。『なんとなく、クリスタル』は、田中康夫が1980年に発表した小説だが、1980年の第17回文藝賞受賞作品。1981年に第84回芥川龍之介賞の候補にもなった。

「発表当時一橋大学法学部4年生であった田中のデビュー作である。売り上げは100万部を超え、田中の著書の中で最大のベストセラーである」。「ブランド小説」と呼ばれ、カタログのような小説のスタイルは斬新だった。

1980年代初頭。地方都市から上京を果たした。まだその頃は音楽への夢が少しは残っていたかもしれない。私にとって東京・六本木といえばグローヴァー・ワシントンJrの「Just Two Of Us」がイメージソングとなっている。しかし、最近までこの曲が彼の曲で、しかも彼がサックス奏者だとは知らなかった。彼の存在を知ったとき既に他界していた。

グローヴァー・ワシントンJr(Grover Washington Jr 1943年12月12日–1999年12月17日)は「ジャズ・フュージョン界を代表するサックス奏者で、スムーズ・ジャズの父としても知られている。ニューヨーク州バッファロー出身。フュージョン界の中でクワイエット・ストームを推進させ、スムーズ・ジャズの礎を作った人物として知られる」。

「音楽一家の元に育ち、10歳でサックスを始める。ワーリッツァー音楽学校に進学・卒業、兵役後、フィラデルフィアに移り、ドン・ガーナー&ツノトーンやジョニー・ハモンドのグループに参加した。名プロデューサーでありCTIレコードのクリード・テイラーに見出され1971年にデビューアルバム『Inner City Blues』を発表。(現在、CTI期の版権はモータウン・レコードが持っている。)」

「1979年にアトランティック・シティ・ジャズ・フィスティバルに出演し、同じく出演していた当時無名のフュージョングループ、ピーセス・オブ・ア・ドリームを見出し、1981年にデヴューする。このグループに数度ゲスト出演している」。

「1980年、ワーナー・ミュージック系列のエレクトラ・レコードに移籍、『Winelight』"を発表、収録曲、『Just The Two Of Us』(邦題:クリスタルの恋人たち)が大ヒットし、グラミー賞ベストR&Bソング賞を受賞する。尚この曲のヴォーカルはビル・ウィザース。1987年にソニー系列のコロムビア・レコードに移籍。1999年心臓発作で亡くなる」。

写真はマイルス(左)と並ぶグローバー

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一昨日、地元の障害者自立支援団体主催コンサートに行った記事を書いた。その際、豊田隆博氏について触れたが、もう少し調べてみようと思った。が、彼のプロフィールについては詳しく掴めなかった。検索している中で、ジャズ・ギタリストの高島宏氏との2003年のコラボ「DUO」のことを知った。

「ギターリスト高嶋宏の演奏は、アルバム『DO THE BLUES』というタイトルに一致する。王道をいくと賞賛されたそのプレイは、ジャズが聞きたい日には持ってこいのアルバムである。日本人にしてこれほどブルージーな演奏が出来るミュージシャンはそう多くはないだろう」。

「『最小限の音数で、聴衆を納得させるフレーズを弾くこと』を目指しているという彼の終わりなき探究は続く。才能溢れるソウルフルでブルージーなアドリブは生演奏でさらに光る。ジャズライフ誌で「ジャズギターの王道を行くプレイ」と評され横浜ディスクユニオンの月間売り上げベスト5にランキングされる。またオ−ストラリアのブリスベン空港からのBGM使用の依頼をうける」。

「山形に生まれ、中学でギターを始め、法政大学に入学。大学2年の時、新宿ピットインにてプロデビュー。板橋文夫グル−プ、酒井潮トリオ、ジョ−ジ川口スーパーバンドのレギュラーメンバーとして活動。同時に和泉宏隆(p)、林栄一(a.sax)、木村万作(dr)、山口良夫(b)と結成したバンドLeaving Westのリーダーとして活躍」。

「2002年リーダーアルバム『DUO』(高嶋宏ミーツ豊田隆博)高嶋宏(gt)、豊田隆博(p)発表。産經新聞で『高嶋のギターはバーボンのようにブルージー』と評される。またこのCD発売記念で放送されたNHKの『セッション505』のライブは視聴者の年間リクエストに選ばれる」。

◆その他の共演者の数々
 稲葉国光(b)、池田芳夫(b)、水橋孝(b)、岡田勉(b)、遠山晃司(b)、澤田駿吾(g)、中牟礼貞則(g)、渡辺香津美(g)、宮の上貴昭(g)、岡安芳明(g)、秋山一将(g)、三好功郎(g)、塩次伸二(g)、山本剛(p)、板橋文夫(p)、吉岡秀晃(p)、市川秀男(p)、ジョージ川口(dr)、渡辺文男(dr)、大隅寿男(dr)、つのだひろ(dr)、村上ポンタ秀一(dr)、中村誠一(ts)、岡野等(tp)、向井滋春(tb)、大友義雄(as)、大森明(as)、酒井潮(org)、大井貴司(vib)、ミッキー・カーティス(vo)、ケニー・バレル(g)、ジミー・スミス(org)、マッコイ・タイナー(p)、バリー・ハリス(p)、サー・チャールズ・トンプソン(p)、ギルド・マホーネス(p)、ロブ・バガード(p)、ラリー・ゲイルス(b)、ジェームス・ジーナス(b)、ルイス・ナッシュ(dr)、アート・テイラー(dr)、デニス・チェンバース(dr)、ロレツ・アレキサンドリア(vo)、ランディ・ブレッカー(tp)、他多数。

「高嶋宏の長年の夢であったピアニスト豊田隆博とのデュオがついに発売されます。最近は、若手オルガン奏者の金子雄太を起用し益々磨きのかかった演奏でライブハウスでは人気の高いソウルフルでファンキーなギタリスト高嶋宏が豊田隆博の卓越した才能と出会い、緻密に繊細に、大胆にアプローチする。二人の緊張感溢れる演奏はデュオの真髄とも言うべき第一級の作品になっています」。(以上、公式サイト)より抜粋。

高嶋宏氏のギターリストとしての実力は、共演者を見れば一目瞭然。その高嶋宏にデュオが長年の夢だったといわせる豊田隆博氏の実力も推して知るべしというところだ。

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