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ジャズへのエントランス

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<Art Blakey and The Jazz Messengers>
http://jp.youtube.com/watch?v=obuNac2gtxs&feature=related

ざっくり言って、日本人はJazzが好きですね。なぜなんでしょう?フランス人もきっとJazzが好きです。イメージだけで言ってしまうと、戦後間もなくJazz喫茶が登場し、暗い店内の紫煙舞う中で陶然とストイックなまでに聞き入る姿。一種、それは哲学的な寄りどこを求める求道者のようです。言葉の介在しないインストゥルメンタルがそれを増幅させたものかもしれません。

そんな日本人を魅了したJazzメンの一人に、アート・ブレイキーがいます。まずは、彼も親日家であったという次ぎの記事を引用します。

〜1961年の初来日以降何度も日本で演奏をおこない親日家としても知られる。その証拠として、彼の演奏した曲の中に"Ugetsu(雨月)" On The Ginza(オン・ザ・ギンザ)"などといった日本をテーマにした曲も存在する。メッセンジャーズにも'70年代以降鈴木良雄、鈴木勲等の日本人がレギュラーまたは客演で加わっているほか、かつての妻の一人も日本人であったという。

「オレは黒人だぞ。一緒に写真に収まってもいいのか?」 初来日時に、ファンから記念写真をせがまれた彼の率直なリアクションである。また東京での公演がTBS系列でラジオ中継されると聞かされて、彼を始めジャズ・メッセンジャーズのメンバーは大いに奮起し、この初来日時の感激が親日家アート・ブレイキーを生んだと伝えられている。

帰国を前に、彼は「私は今まで世界を旅してきたが、日本ほど私の心に強い印象を残してくれた国はない。それは演奏を聴く態度は勿論、何よりも嬉しいのは、アフリカを除いて、世界中で日本だけが我々を人間として歓迎してくれたことだ。人間として!ヒューマンビーイングとして!」(A DAY WITH ART BLAKEY 1961 ライナーノーツ記載のスイングジャーナル誌昭和61年2月号の記事抜粋文より)とも述べている〜(ウィキペディア)

この文章にあるように、日本人がJazz好きになったのは、Jazzミュージシャンが親日家になったということも大きな要因だと思います。母国で虐げられてきた彼らの多くは、来日してその待遇に驚いたといいます。確か、「サッチモ」ことルイ・アームストロング(1901-1971)も、来日の際に用意されたホテルやギャラに感激したといいます。

アート・ブレイキーの日本びいきは、「三島由紀夫」に愛読家でもあった程。前述の記事に日本人の女性を妻にしたことがあると記されていますが、そういえば、そんなJazzメンがいたなぁと思って過去の記事をチェックしたら、彼の弟子に当たるトランペッター、リー・モーガン(1938-1972)でした。<Blue Noteレーベル設立以来の空前のヒット、リー・モーガンの「The Sidewinder」と日本>(7/10付記事)


アート・ブレイキー(Art Blakey, 1919年10月11日 - 1990年10月16日)は、「アメリカ合衆国ペンシルバニア州ピッツバーグ出身のジャズドラマー。1944年からビリー・エクスタインの楽団へ入り、1940年代後半からマイルス・デイヴィス、セロニアス・モンク、チャーリー・パーカーらと共演後、1954年から1955年にかけてホレス・シルヴァーと初代のジャズ・メッセンジャーズを結成。クリフォード・ブラウンやルー・ドナルドソンらを擁してジャズ・クラブのバードランドに出演して人気を博した」。

「1956年にシルヴァーが脱退した後も、ブレイキーは晩年までメッセンジャーズのリーダーとして活躍し、日本でもファンキー・ブームを起こした一人である。この頃の代表曲は、モーニン、ブルース・マーチである。ジャズ・メッセンジャーズは基本的に2管または3管のフロント+3リズムのコンボ形式のバンドである」。

「ドラマーとしての一番の特徴はメリハリのあるバッキング(ブラシでの寄り添うようなプレイから激しく煽る「ナイアガラロール」までの振幅)にあり、ことにシンバルレガートの滑らかで美しい音色は特筆される。また、アフロ・キューバンリズムをドラムセットで表現したパイオニアとしても記憶されるべきだろう。ただし晩年の録音では、腕力や感性の衰えがかなり目立ち、リズムキープもおぼつかないようになっていった」。(同上)

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<September In The Rain / George Shearing>
http://jp.youtube.com/watch?v=N2XjxH-ZD0E&feature=related

<George Shearing Quintet>
http://jp.youtube.com/watch?v=LxmIvXm6uIU

今、湯川れい子さんの「熱狂の仕掛け人」(小学館)を読んでいます。著書になかに(株)渡辺プロダクション代表取締役会長の渡邊美佐さんが取り上げられています。そこで渡邊美佐さんのご主人であり、今を時めくナベプロの創始者である渡辺晋(しん)さんのことについても書かれています。

終戦直後のジャズ・ブームにおける3大グループと言われるが、渡辺晋とシックス・ジョーズ、ジョージ川口とビッグ・フォア、与田輝雄とシックス・レモンズ。

渡辺晋とシックス・ジョーズは1951年結成。渡辺晋(b)、松本英彦(ts)、中村八大(P)、南広(ds)、安藤八郎(v)、宮川協三(g)。日本のジャズ・バンドの草分け的存在でもあり、1953年のスイング・ジャーナル誌の人気投票では、コンボ部門の第一位にランクされる人気グループになっています。

シックス・レモンズは1951年結成。与田輝雄(ts)、海老原啓一郎(as)、中村八大(p)、ジョージ川口(dr)、松本文男(tp)、吉葉恒雄(bs)

ビッグ・フォアは1953結成。ジョージ川口(dr)、松本英彦(ts)、小野満(b)、中村八大(P)。

いずれのバンドにも登場するのが中村八大さんです。シックス・ジョーズのオリジナルメンバーの松本英彦さんがビッグ・フォアのメンバーにもなっていますが、渡辺晋さんは1958年にジャズ界を引退したとされていますので、シックス・ジョーズの活動はこの年まで続いていたと考えられます。ナベプロの設立は1955年4月。シックス・ジョーズのメンバーの変遷はネット上で調べた限りですが、次のようになっています。()内の数字は生年-没年です。

(テナーサックス);松本英彦(1926-2000)、(ピアノ);中村八大(1931-1992)→山崎唯(1933-1990)→宮川泰(1931-2006)、(ギター);宮川協三(1927-)→松宮庄一郎(1930-)、(ビブラフォン、ヴァイブ);安藤八郎(1926-)、(ベース);渡辺晋(1927-1987)、(ドラム);南広(1928-1989)→ジミー竹内(1930-)→吉野公彦→猪俣猛(1936-)

写真のシックス・ジョーズは、猪俣猛さんのHP(http://www.inosan.com/)から引用させてもらっています。この写真とあわせて掲載されている「NEW EMOTINAL JAZZ SERIEAS」というアルバムには、録音が1956年、1958年とあり、メンバーは渡辺晋、山崎唯、松本英彦、松宮庄一郎、安藤八郎、猪俣猛とあります。すると、この写真は、上段左から松本英彦さん、渡辺晋さん、一人おいて下段左から山崎唯さん、一人おいて、猪俣猛さんだと思われます。上段右と下段中央が松宮庄一郎さんか安藤八郎さんのいずれか。

上段中央は渡辺晋さんでいいと思います。中村八大さんにも似ているような気がしますが、ピアノの山崎唯さんは間違いないと思うので、やはり渡辺晋さんということになるはずです。ご存知の方がいらっしゃれば教えていただければ幸いです。貼り付けたYOUTUBEは、渡辺晋とシックス・ジョーズがバンドのテーマ曲としたジョージ・シェアリングの「September In The Rain」(邦題「九月の雨」)です。

それにしても錚々たるメンバーです。ちなみにザ・ピーナッツは、ジミー竹内さんが発掘し、渡辺晋さんが名古屋のナイトクラブで見て、「見に行くといいよ。でもすぐに連れてくるって感じじゃないけどね」と渡邊美佐子さんに紹介したそうです。いずれにしても、ナベプロ王国が、ジャズから始まり、ロカビリーに火をつけ、グループサウンズで更に大きくなっていったことは日本の音楽産業の歴史そのものなんですね。

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<Sidewinder - Bobbi Humphrey - Lee Morgan>
http://jp.youtube.com/watch?v=P88ITownb_0&feature=related

<Desert Moonlight - Lee Morgan>
http://jp.youtube.com/watch?v=UYFq6691w4I&feature=related

メロディーは耳にしたことがあるけど、誰の曲で、曲名は知らないというものは少なくありません。ジャズ・オンチの私でも、「The Sidewinder」は聴いたことがあります。しかし、これがリー・モーガンというジャズ・トランペッターの曲であったことを今日知りました。モーガンは「サイドワインダー」を、テレビ番組に出てくる”悪漢”をイメージして作ったそうですが、Sidewinderを辞書で引くと、「(米略式))横からの痛烈な一撃、ヨコバイガラガラヘビ(米南部・メキシコ北部産)、米軍の空対空誘導弾」とあります。

この「ザ・サイドワインダー」は、リー・モーガンのリーダー・アルバム及び楽曲で、1963年12月21日にレコーディングされてBlue Noteレーベルからリリースされたそうですが、発売されるとBlue Note レーベル空前のヒットとなり、ビルボード・チャートで最高25位を記録、シングルカットされたタイトルチューンも最高81位を記録し、Blue Note レーベル創設以来の売れ行きとなったとあります。

更に、YOUTUBEにアップロードされている、「Desert Moonlight」。聴いていただければわかりますが、これは日本の童謡「月の沙漠」です。1923年(大正12年)、日本の画家、詩人である加藤まさをさんの作品に作曲家の佐々木すぐるさんによって曲が付けられました。モーガンがどこでこの曲を知り、なぜレコーディングしたのか興味があって調べると、モーガンが日本人の奥さんを持っていたことがあり、その影響でこの歌曲、月の砂漠を取り上げたのだと思われ、彼が残した曲の題名にも日本語が多用されているといいます。


リー・モーガン (Edward Lee Morgan, 1938年7月10日 - 1972年2月19日)は、「ジャズのトランペット奏者。 ペンシルバニア州フィラデルフィア生まれ。子供の頃から神童と呼ばれたハード・バップの代表的トランペッター。 1956年にディジー・ガレスピーのバンドに参加し、その年には早くもブルーノートから『Lee Morgan indeed!』でデビューし、その艶やかな音色からクリフォード・ブラウンの再来とも呼ばれた。 特に1957年3月24日にレコーディングされたアルバム『Lee Morgan Vol.3』の中の「アイ・リメンバー・クリフォード」の演奏で高い評価を得た」。

「1960年頃はアート・ブレイキー&ザ・ジャズメッセンジャーズにも所属し、トランペッターとして、また一部の曲の作曲を手がけた。そして、何と言っても有名なのは1963年12月21日にレコーディングされてBlue Noteレーベルからリリースされた 「The Sidewinder」で、ビルボード・チャートの25位までランキングし、当時のジャズ界からすれば空前のヒット作と言える。 「The Sidewinder」は8ビートをジャズにいち早く取り入れた楽曲の1つで、ジャズ・ロックなどと称されることもあり、現在でもカヴァーされる人気のある曲である」。

「1972年2月18日、リー・モーガンはニューヨークにあったジャズクラブ「スラッグス」でライブ演奏をしていたが、その2ステージ目と3ステージ目の合間の休憩時間に、愛人(内縁の妻)のヘレン (Helen More) に拳銃で撃たれ、ただちにベルビュー病院に移送されたが、ほぼ即死状態だった。 死亡が確認されたのは2月19日午前2時45分だった」。(ウィキペディア)

「リー・モーガン」関連記事;
http://www.bekkoame.ne.jp/~echika/wayne/lee.html
http://www.kct.ne.jp/~tokunaga/jazz2.htm

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昨夜、フジテレビ「ザ・ベストハウス123」で茂木健一郎さんが紹介したサヴァン症候群の天才たちを知りました。この一枚は、番組で紹介された、「The Human Camera」と呼ばれる英国の天才画家、スティーブン・ウィルシャーの「Manhattan Skyline from top of Empire State」。写真ではわかりづらいですが、これが絵なのです。しかも、スティーブン・ウィルシャーがエンパイア・ステートビルから「見た」景色を「記憶」して、忠実に「描いた」作品です。これが実際のビルの窓数と寸分違わず描きこまれているというから驚きです。(http://www.stephenwiltshire.co.uk/art_gallery.aspx?Id=1351

このサヴァン症候群については、1988年の映画「レインマン」でダスティン・ホフマンが演じた、「the king of Savants」と呼ばれるキム・ピーク(米Kim Peek 1951.11.11-)が有名ですが、この番組でも第一位に選出されています。症候群と言っても圧倒的な記憶力に共通点はあるものの、人によってその能力の発生と派生の仕方が異なるところが興味深いところです。スティーブン・ウィルシャーの能力は、「直感像記憶」というものだそうです。

サヴァン症候群(savant(仏語で「賢人」の意) syndrome)とは、「知的障害や自閉性障害のある者のうち、ごく特定の分野に限って、常人には及びもつかない能力を発揮する者の症状を指す。現在では脳の器質因にその原因を求める論が有力だが、自閉性障害のある者が持つ特異な認知をその原因に求める説もまた有力である。自閉性障害のある者の全てがこのような能力を持っているわけではない。自閉症と同様、男女比は男性が女性の数倍である。広義には、障害にもかかわらずある分野で他の分野より優れた(健常者と比較して並外れているわけではない)能力を持つ人も含めることもある。狭義のサヴァン症候群は極めて少なく全世界で数十名程度しかいないと思われる」。(ウィキペディア)

番組の中で、キムが「自分がやって欲しいことを他の人にやってあげること。そうすれば、この世はもっと良くなる」とぼそっと語ります。今では多少使い古された言葉ではありますが、読んだ書籍の文字や数字は寸分違わず記憶しているという彼が、貯蔵された膨大なセンテンスの中でなぜあえてこの言葉を引き出したのか?とても興味深いのです。

キム・ピーク、スティーブン・ウィルシャーについては、日本ではあまり紹介されていないようですが、彼らの半生については、フジテレビ「ザ・ベストハウス123」のホームページに記されていますので参照ください。(http://www.fujitv.co.jp/123/index2.html)

そして、この症候群を持つジャズ・ピアニストがマット・サベージです。もう一枚の写真は10歳当時の頃のマット・サベージ。と言っても、彼はまだ16歳です。彼についても日本ではまだあまり紹介されていないようなので、ウィキペディアの英語版を引用させてもらいます。

<Matt Savage plays "Blues in 33/8" in New York>
http://jp.youtube.com/watch?v=RGD1gl0YtfM

Matthew "Matt" Savage (born 1992) is an American autistic savant musician. Born in Sudbury, Massachusetts,[1] he is the son of Diane and Lawrence "Larry" Savage.Matt was a precocious infant who walked early and learned to read by age 18 months. He was diagnosed with pervasive developmental disorder, a form of autism, at age three.

Matt did not like any noises or music during his early childhood At age six, Matt taught himself to read piano music.[6] He studied classical piano for less than a year before discovering jazz, which became his main focus. He began studying at the New England Conservatory of Music in Boston, Massachusetts in the fall of 1999. He continued his classical studies as well. He and his younger sister, Rebecca,are both home schooled.[2] Among Matt's talents are hyperlexia and perfect pitch. Coupled with his extremely high intelligence, these abilities have allowed him to achieve other distinctions as well, such as winning a statewide geography bee.

Despite his young age and his autism, and even without formal instruction in musical composition,Matt is an accomplished musician and composer. He has released several albums, both as a solo performer and as part of the Matt Savage Trio. By the age of 14, he had also performed with Chaka Khan and other popular singers. Matt's compositions tend toward the technical, but they are still very approachable and often humorous.

Matt has received many awards, including being signed in 2003 to Bösendorfer pianos. He is the only child to be so recognized in the company's 175-year history.

Matt has toured the world, performing for heads of state and others, and appearing on numerous television and radio programs such as Late Show with David Letterman, Late Night with Conan O'Brien, The Today Show, and All Things Considered. In 2006, at age 14, he was featured on a CNN report about the human brain, in which he was defined as a "prodigious savant," as opposed to the other types of savants.[8] Matt has also appeared in several documentaries about savants.In 2007, he played with Scottish folk songwriter/singer Al Stewart, on piano.

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