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ミュージカル

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遅ればせながら、「マンマ・ミーア!」をDVDで観ました。もともとは1999年4月6日、ABBA がユーロビジョンコンテストで優勝した日のちょうど25周年にあたる日にロンドンで初演されたジュークボックス・ミュージカルだったんですね。本作では主演のメリル・ストリープをはじめ、ジュリー・ウォルターズ、クリスティーン・バランスキーのパフォーマンスに思わずカッコイイなぁと感じましたよ。

*jukebox musical;ミュージカル用に書き下ろされた新曲ではなく、既存の楽曲を使ったミュージカルまたはミュージカル映画。

原題の「Mamma Mia!」、イタリア語源のようですが、英語、フランス語、スペイン語やドイツ語でも同じような表現をするそうで、直訳すれば、「私のお母さん」。これは、カトリックの聖母マリアを指しそうです。キリスト教では、親しみを込める意味で、神を「我が父」と呼び、マリアを「我が母」と呼びます。英語の ”Oh my God!”みたいなものだとか。

本作全編を通じて流れる曲の原曲を唄ったABBAは、言うまでもなく、1970年代半ばから1980年代初頭にかけて世界的なヒット曲で知られるスウェーデンのミュージシャン男女4人グループ。私は全身のビヨルン&ベニーの頃からリアルタイムで聴いてきました。しかしながら、今日まで二人の女性ヴォーカルの名がアンニ=フリッド・リングスタッド(フリーダ)、アグネッタ・フォルツコグであったことを知らずにいました。改めてメンバーを記してみます。

ビョルン・ウルヴァース(1945年4月25日 -)
ベニー・アンダーソン(1946年12月16日 -)
アンニ=フリッド・リングスタッド(フリーダ;1945年11月15日 -)
アグネッタ・フォルツコグ(1950年4月5日 - )

ビートルズ、クイーン、カーペンターズなどとともに何年かのサイクルで話題になるグループがABBAですね。ピンクレディの原型もきっとこのABBAのフリーダとアグネッタだったろうと思います。「ポップ・ミュージックの完成者」と言われる、本編で余すところなく流れるABBAの名作のいくつかを添付しておきます。

<Mamma Mia – Abba>(1974)
http://www.youtube.com/watch?v=WY57jGNCN8Q

<Have A Dream (ABBA) - from "The Late, Late Breakfast Show" – STEREO>(1979)
http://www.youtube.com/watch?v=Y2YOGfBFAbs&feature=related

<S.O.S. – Abba>(1975)
http://www.youtube.com/watch?v=f19GKcZU1vg&feature=related

<ABBA - Money Money Money (Abba-dabba-doo)>(1976)
http://www.youtube.com/watch?v=WCkOmcIl79s&feature=related

<ABBA - Honey Honey>(1974)
http://www.youtube.com/watch?v=U-mVcS4TYhM&feature=related

<ABBA – Chiquitita>(1979)
http://www.youtube.com/watch?v=MfzmR7Wrj5U&feature=related

<ABBA - Dancing Queen Live>(1976)
http://www.youtube.com/watch?v=8ejypIv8zSA&feature=related



<ABBA - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/ABBA

<女性は強し。そんな時代の「マンマ・ミーア!」(英、米/2008年)>
http://blog.goo.ne.jp/asongotoh/e/bd31392c246a109f4f2db3c296169fbb

<ジュークボックス・ミュージカル - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%9C%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%AB%E3%83%AB

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昨日DVD、「ブロードウェイ ブロードウェイ〜コーラスラインにかける夢〜」を観ました。伝説の大ヒットミュージカル 「コーラスライン」の16年ぶりの再演に、ブロードウェイの頂点を目指して、世界各国から集まった3,000人の志願者たちを相手に、8ヶ月に及ぶ苛酷なオーディションを勝ち抜いてゆくダンサーたちの生の姿を描いたドキュメンタリー作品です。プロの世界の厳しさをまざまざと見せつけられます。

<映画「ブロードウェイブロードウェイ」公式サイト>
http://www.broadway-movie.jp/

この「コーラスライン」自体が、ブロードウェイの舞台に立つことを夢見てオーディションに集まった若者たちの心の葛藤と人生のドラマを描いた作品で、15年にわたるロングラン記録を打ち立てた世界的大ヒットミュージカル。このオーディションを見事に突破し、ブロードウェイ史上初の日本人アクターとなったのが高良結香さん。

この映画を観て、ミュージカル・アクターの凄さを改めて知りました。ダンサーであり、歌手であり、役者でなければならないというこの三つの技術を持ち合わせいなければこの世界に足を踏み入れることができず、さらにその舞台にキャスティングされる役がなければチャンスは訪れません。高良結香さんが射止めた中国人のコニー役は147cmという条件で、150cmの彼女に希少なチャンスが訪れたのですね。高良さんは次のように語ります。

〜本を読んだときに「コニーは自分自身だと思った」「フィジカル面で背が低いところとか、小さい頃からバレリーナになりたかったとか、スパンキーで負けず嫌いなところも似ています(笑)。ただ一つコニーと違うところ、彼女から学んだものがあるんです。“自分は自分だからしょうがないじゃん!”と、歌うシーンなんですが、そう言い切れるってすごいなと」。〜

そもそもこのミュージカル自体が、「厳しいオーディションに合格したとしても手に入るのは『コーラス』、つまり無名の脇役。「君たちはスターを彩る額縁、誰も僕の目を惹いてはいけない」と新進演出家ザックに宣告され、それでもダンサーたちはたった10人の採用枠に残るために自分のすべてを賭けるストーリーなんですね。未曾有の経済不況の渦中で苦闘している人々は特に見てほしい作品です。

<映画/「コーラスライン」ダンサー、高良結香「ブロードウェイは今の自分の力を試せる場所」>
http://www.cinemacafe.net/news/cgi/interview/2008/10/4880/index.html

<vol.02 高良結香さん/女優&シンガーソングライター>
http://beauty.oricon.co.jp/special/20081021_01.html


高良 結香(たから ゆか)は沖縄県那覇市出身の女優、歌手。幼時からバレエを習う。高校を卒業した後アメリカへ渡り、バージニア大学でダンスを専攻。のち中退し、ニューヨークでダンスのレッスンを受け、2001年、ブロードウェイのミュージカル『Mamma Mia』(ブロードウェイ版オリジナルキャスト)に出演、女優としてデビューした。

以後『Flower Drum Song』(オリジナルキャスト)、『Fantasticks』、『太平洋序曲』(宮本亜門演出、オリジナルキャスト)、再演された『コーラスライン』(コニー・ウォン役、オリジナルキャスト)、『RENT』(オリジナルキャストのアンソニー・ラップ、アダム・パスカルと共演)、『The Yellow Wood』に出演する。

『Flower Drum Song』ではアンダースタディ(リハーサルや稽古のための代役)ながら主役も演じた。『The Yellow Wood』での演技に対し、2007年のニューヨーク・ミュージカル・シアター・フェスティバルで「アウトスタンディング・インディビデュアル・パフォーマンス賞」を受賞している。(ウィキペディア)

<高良結香オフィシャルサイト [Yuka Takara]>
http://www.harvest-f.com/takara/

<高良結香オフィシャルブログ>
http://yukatakara.jugem.jp/

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今日の話題は、またデターッって感じのイギリスのオーディション番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」から飛び出たスーザン・ボイルさん。スコットランドのウェストロージアン州からやってきた47歳。日頃は教会のボランディアワーカーをしている女性で、2年前に亡くなったお母さんとの約束で、応募したそうです。未婚で、キスの経験もないという彼女ですから、あとは推して知るべしであります。

スーザンさんが歌った曲はミュージカル「レ・ミゼラブル」の「夢やぶれて(I Dreamed a Dream)」。彼女が唄う前にサイモン・コーウェルのどんな歌手になりたいのかという質問に対して、答えたのが英国ミュージカル界のファースト・レディと呼ばれる写真のエレイン・ペイジで、会場から失笑を買っていますが、その後の経緯はYoutubeで見るとおりでありました。

<Susan Boyle - Singer - Britains Got Talent 2009 (With Lyrics)>
http://www.youtube.com/watch?v=9lp0IWv8QZY

このブログでもAmerica's Got Talentの英国版であるこのオーディション番組「Britain's Got Talent」から誕生したポール・ポッツさんや、ドイツのタレント発掘ショー「Das Supertalent 2008」から誕生したマイケル・ヒルテさんを取上げましたが、彼らがそれぞれの番組の優勝者をとして話題になったのに対し、スーザン・ボイルさんの登場はまだ第一次審査の段階であるというところが凄いんですね。最終的に優勝者はエリザベス女王の前で歌声を披露することになるんだそうですが、果たして彼女は英国ミュージカル界のファースト・レディに続くことができるんでしょうか。

<エレイン・ペイジ - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%82%B8

<「奇跡の歌姫」世界を席巻=オーディション番組の47歳女性-英>
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090420-00000013-jij-int


<冴えないセールスマンの奇跡の逆転、オペラ歌手になったポール・ポッツ>
http://blogs.yahoo.co.jp/asongotoh/53578482.html

<ホームレスになった不運なトラック運転手の奇跡の逆転、ハーモニカ奏者になったマイケル・ヒルテ>
http://blogs.yahoo.co.jp/asongotoh/56175381.html

<「アメリカン・アイドル」の辛口審査員、サイモン・コーウェル>
http://blogs.yahoo.co.jp/asongotoh/45828079.html

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先日、ジョナサン・ラーソンという作曲家のことを知りました。その彼が、「RENT」というミュージカルを7年がかりで作り、その初日を迎える日に突然亡くなっていたという話に興味を惹かれ、先程DVDで2005年に製作された映画版を観ました。日頃ミュージカル映画はほとんど観ませんが、いい作品だと思いました。特に、冒頭に登場する「Seasons of Love」というゴスペルがいいですね。

「525,600 minutes」と連呼されるこの曲、一年を「分」で言い換えたものです。まずは、この曲を聞いてみてください。
Seasons of Love - Rent (Music Video)
http://jp.youtube.com/watch?v=hj7LRuusFqo

RENT (レント)は、1996年に初演されたブロードウェイ ミュージカル。初演から12年目に入ろうとする2008年1月現在においてもネダーランダー劇場で上演が続いており、現在上演中のブロードウェイ ミュージカルとしては、『オペラ座の怪人』に次いで第二位、歴代でも第七位のロングラン公演記録を更新中ということですから、知る人ぞ知る人気ミュージカルだったんですね。

以下、ウィキペディアから再編集して引用します。

「1989年12月24日からちょうど一年間のニューヨークのイーストヴィレッジが舞台。元ロックミュージシャンのロジャーと、ルームメイトで自称映像作家のマークは、家主のベニーから滞納している家賃(レント)を払うか退去するよう求められる」。

「彼らを中心に、ゴーゴーダンサーのミミ、大学講師でハッカーのコリンズ、ストリートドラマーでドラァグクイーンのエンジェル、アングラパフォーマーのモーリーン、ハーバード大卒エリート弁護士のジョアンらが、貧困と病魔に苛まれる日々の生活の中にも愛と生きることの喜びを見いだしていく」。

「彼らの中にはゲイやレズビアン、ヘロイン中毒、そしてHIV陽性の者もおり、こうした登場人物たちによって、1980年代終わりのニューヨークの世相と、今では失われた『ボヘミアン イーストヴィレッジ』の世界が鮮やかに描かれていく」。

RENT (レント)は、「プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』の甘く美麗な世界 (1830–31年のパリ・カルチエラタン) を、現代の粗暴な喧噪の中 (1989–90年のニューヨーク・イーストヴィレッジ) に置き換えるという構想のもと、ジョナサン・ラーソンが作詞・作曲・脚本を担当し、ほぼ独力で書き上げたミュージカルである」。

「1996年2月13日、オフブロードウェイのニューヨーク・シアター・ワークショップで開幕、好評を博し、同年4月29日にはブロードウェイに舞台を移して大成功を収めた。同年度のトニー賞ミュージカル部門で最優秀作品賞、最優秀脚本賞、最優秀オリジナル作曲賞、最優秀助演男優を受賞、またピューリッツァー賞ドラマ部門でも最優秀作品賞を受賞するなど、数々の栄冠に輝いた」。

「RENTは、音楽的には『X 世代』や『MTV 世代』のロックミュージックと伝統的なブロードウェイ ミュージカルとの融合を意図したものであり、またプロットとしては、現代都市社会のさまざまな若者の生き方を基調としている」。

「エスニック マイノリティ (少数民族)、セクシャル マイノリティー (性的少数者)、麻薬中毒や HIV/AIDS などいった、それまでの主流派ミュージカルでは敬遠されていた人々や題材を幅広く取り上げている点でも画期的な作品である」。

「RENT が「伝説」的な人気を得るようになった理由のひとつに、原作・作詞・作曲・脚本を手がけたジョナサン・ラーソン本人の「神話」があげられる。ラーソンは七年の歳月をかけて彼の最初のミュージカルであるこの大作を書き上げたが、その開幕を目前にしたプレビュー公演初日の1996年1月25日未明にマルファン症候群を原因とする胸部大動脈瘤破裂によって35歳の若さで急逝した。なお RENT には熱狂的なファンが世界中に多く存在し、彼らは『レントヘッド』と呼ばれている」。

「ジョナサン・ラーソンが RENT のために書いた曲は300曲にものぼるという。最終的にそのうちの42曲が舞台に登ったが、これは通常のミュージカルを構成するのが15〜25曲であるのと較べると格段に多く、RENT はまさにオペラの様相を呈しているといえる」。

「RENT の音楽は、個々の歌のスタイルが非常にバリーションに富んでいることが特徴的である。例えば、“Rent” はロックンロール、“One Song Glory” はバラード、“Light My Candle” はチャチャ、“Today 4 U” はディスコ、“Tango: Maureen” は文字通りタンゴ、“Out Tonight” はポップ、“Santa Fe” はR&B、“La Vie Boheme” は典型的なショーチューン、“Seasons Of Love” はゴスペル、“Without You” はフォークと、それぞれ異なるスタイルで書かれており、これらをすべて一人で書き上げたジョナサン・ラーソンの非凡な才能がうかがえる」。

「ニューヨーク・シアター・ワークショップを通じて助成金がおり、RENT が本格的なプロダクションとなるまで、ジョナサン・ラーソンは軽食レストランでウェイターとして働き、細々と生活を支えながら RENT を書いていた。そのレストランにある日見習いウェイターとしてやって来たのが、後にコリンズ役を演じることになる、ジェシー・L・マーティンだった。またニューヨーク・シアター・ワークショップのチケット窓口でアルバイトとして案内やチケット販売などの手伝いをしていたのが、後にマーク役を演じることになるアンソニー・ラップだった」。

「RENT 冒頭でロジャーが歌うバラード “One Song Glory” は、以下の歌詞で始まる。

  One song, Glory, One song, Before I go, Glory, One song to leave behind...

  (一曲の栄光、ただ一曲、ぼくが逝く前に、栄光、それは一曲の名曲を残すこと...)

この歌は、死期を悟った者でしか表わせないような純粋な悲壮感と切望感に満ちている。このことから、多くの RENT ファンはこのロジャーにラーソンの姿をだぶらせ、ラーソンは自らの死の前にただ一編の名作ミュージカルを残そうとしていたのではないかと推測するのである。これが『ラーソン神話』と『RENT 伝説」の元となった』。

ジョナサン・ラーソン (Jonathan Larson, 1960年2月4日 - 1996年1月25日)は、「アメリカ合衆国の作曲家。『tick, tick... BOOM!』(1990年) や『RENT』(1996年) などのミュージカルを書いた」。
特に RENT は、ラーソン本人がその開幕を目前に控えた初日当日の未明に循環器系の疾患で急逝するという悲劇に見舞われながらも、同年度のトニー賞ミュージカル部門で最優秀作品賞、最優秀脚本賞、最優秀オリジナル作曲賞、最優秀助演男優を受賞、またピューリッツァー賞ドラマ部門でも最優秀作品賞を受賞した」。

<Seasons Of Love>
COMPANY
525,600 minutes, 525,000 moments so dear. 525,600 minutes - how do you measure,
measure a year? In daylights, in sunsets, in midnights, in cups of coffee. In
inches, in miles, in laughter, in strife. In 525,600 minutes - how do you
measure a year in the life?
How about love? How about love? How about love? Measure in love. Seasons of
love.

SOLOIST 1
525,600 minutes! 525,000 journeys to plan. 525,600 minutes - how can you measure
the life of a woman or man?

SOLOIST 2
In truths that she learned, or in times that he cried. In bridges he burned, or
the way that she died.

COMPANY
It’s time now to sing out, tho the story never ends let's celebrate remember a year in the life of friends. Remember
the love! Remember the love! Remember
the love! Measure in love. Seasons of love! Seasons of love.

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NHK・BSで「世紀を刻んだ歌 輝く星座 戦火の街に輝いた希望の光」(〜戦場の街サラエボに輝いた水瓶座〜)の再放送を観ました。これは2003年に製作されたもののようです。内容については、「リサのページ」(http://www5f.biglobe.ne.jp/~spbreeze/sub5.htm#Aquarius)から引用させてもらいます。


〜「Aquarius/Let The Sunshine In(The Flesh Failures)の日本題名は、「輝く星座」...なんだか日本の昔の歌謡曲みたいですね。又は、「光がほしい」...このほうがいいです。 1968年4月に上演された、前述の「ヘアー」では、ベトナム戦争当時の戦争へのプロテストソング、すなわち人類愛と平和を求める意味の歌「光がほしい」としてフィナーレで歌われ、1969年のグラミー賞を獲得しました。

1992年3月、サラエボでの独立戦争の最中、サラエボ市を囲む丘の上の狙撃兵(スナイパーズ)に、昼夜、命を脅かされながら、必死で毎日を生き抜くサラエボの市民の中のミュージシャンたちが集まり、リハーサルを重ね10月11日に初めて「ヘアー」が上演されました。 戦火の街に輝いた希望の光、「ヘアー」のフイナーレで、歌われる、♪Let the sunshine in♪は人びとの心を打たずにはおれません。〜


更にこのドキュメントのもとになった「ヘアー」について、「達也君のぺえぢ」(http://www004.upp.so-net.ne.jp/nabe_k/index.html)から引用させてもらいます。


〜実はこのミュージカル、数少ない「アメリカ史を語る上で欠かすことの出来ないミュージカル」の一つでもあるのです。これは冗談でもオオゲサでもなく、10年位前にアメリカの"TIME"誌が「1968年」という特集を組んだ時、その年表の中にもしっかり「"HAIR"開幕」と書かれていました。

HAIRは、Gerome Ragni(1942年 9月11日ピッツバーグ生まれ)とJames Rado(1939年 1月23日LA生まれ)の2人の若い(当時は…笑)役者2人が出会って意気投合したところから始まりました。この2人が語り合っているうち、いつしか今までに無い全く新しいミュージカルを作ろうということになり、台本を書き始めました。この時、色々なアイディアを紙片に書き散らし、それらを無作為につなぎ合わせて作り上げたそうです。

さて、アイディアがまとまり、今度は誰に作曲を頼もうかということになったのですが、ある作曲家に2曲ばかり作曲してもらったものの結局気に入らず、最終的に、どちらかというとクラシック畑の作曲家であるGalt MacDermot(生年月日不詳…一説には1928年12月18日、モントリオール生まれ)の所に持って行くことになったのでした。そして、それが結果的にはこれ以上はないという位の大成功をもたらすことになったのです。

さて、このミュージカルで中心になるのはヒッピー達です。最近の若い人たちは「ヒッピー」なんて言ってもわからないでしょうが(私もリアルタイムで知っているわけではないですが…生まれた頃の話ですので)、要するに物質文明に嫌気を覚え、精神世界や東洋哲学に興味を持ち、今までの古い価値観からの精神の開放を求め、自由であることを渇望し、ドラッグ(特にマリファナとLSD)によってトリップし、「愛と平和」("Love and Peace")を訴える(そしてベトナム戦争のような侵略戦争に反対する)、半分世捨て人のような若者たちのことです。

そして、彼らは男でも長髪にしていました。なぜかというと、当時アメリカにおいてはベトナム戦争遂行のために徴兵制が行われていたのですが、徴兵に取られて軍隊に入ると髪を短く切ることになります。そこで、男でも髪を伸ばすことによって、戦争に反対し、愛と平和を求めるという意思表示をしていたわけです。もちろん、半分世捨て人のようになったのも徴兵を拒否するためです。そして、この意思表示こそが、このミュージカルのタイトルを"HAIR"にしたわけです。男の長髪にはもともとこのような深い意思表示があるので、流行や気分でロン毛にするのは彼らに対して失礼なのですよ、皆さん。

それまでのミュージカルは、昔のミュージカル映画を見てもおわかりの通り、音楽はジャズ(但しかなり白っぽく洗練されたもの)を基本としていました。しかし、ヒッピーという新しい価値観を持った若者を主人公とするミュージカルを作るのであれば、古い価値観に基づく音楽を使用するのではなく、全く新しい価値観に基づく音楽を使用する必要があるということで、あえて音楽にはロックを使用することとし、楽器はアコースティックなオーケストラではなくエレクトリック楽器を用い、さらにはそれまでのミュージカルとは異なり、出演者はマイクロフォンを堂々と手に持って歌うことになりました。

これらの、それまでのミュージカルの概念を破壊するかのような斬新さから(さらに、ここに挙げた以外にも、後に述べる要素も含むのですが)、"HAIR"は、「ミュージカルの誕生」と言われる1866年の"THE BLACK CROOK"、アメリカ独自のミュージカルを確立した1927年の"SHOW BOAT"と並んで、「ミュージカル史上最大の革命の一つ」と呼ばれるようになったのです。

最初は、オフ・ブロードウェイにある「ニューヨーク・シェークスピア・フェスティバル・パブリック・シアター」という所の柿(こけら)落し公演として1967年10月29日に始まり、65回上演されました。そしてその後、今度は同じくオフ・ブロードウェイにある「チーター」というダンスホールにて45回の公演を行いました。

さて、結局、このミュージカルはブロードウェイにて1,750回のロングランを記録しました。これは、1960年代に始まったミュージカルとしては4番目の記録だそうです。

しかし、このミュージカルの最大のテーマが、「ベトナム反戦」というあまりにも時代性の強いものであったがために(それがこのミュージカルを「アメリカ史を語る上で欠かすことのできない」ものにしたのも事実ですが)、ベトナム戦争が終結に向かうと(もちろん、アメリカの敗戦…1975年にベトナムからのアメリカ軍の撤退によって終結しました)、そして、ヒッピー達の社会が実は理想郷ではなかったことが色々な出来事(例えば「オルタモントの悲劇」等)から判明してくると、このミュージカルも終演を迎えることとなりました。1972年7月1日のことでした。

最後に、このミュージカルは本当に名曲ばかりなのですが、その中でも特にオススメの超名曲を挙げると次の通りです。

AQUARIUS、HAIR、EASY TO BE HARD、FRANK MILLS、WHERE DO I GO?、WALKING IN SPACE、ABIE BABY、WHAT A PIECE OF WORK IS MAN、GOOD MORNING STARSHINE、THE FLESH FAILURES (LET THE SUNSHINE IN)〜


この「ヘアー」が上演された1968年とはどういう年だったのかを個人的な関心度の高いものからピックアップしてみると、次ぎのようになります。

1月5日-アレクサンデル・ドゥプチェクがチェコスロヴァキア共産党第一書記に就任、「プラハの春」始まる。

4月4日-マーティン・ルーサー・キング暗殺。

4月4日-遊園地を軍事関連施設に建て直す事に端を発したコロンビア大学で学園闘争が起こる。この事件をもとにジェームズ・クーネンが小説「いちご白書」を書く。好奇心と下心から学生運動に身を投じたボート部の学生と、活動家の女子大生の恋愛を瑞々しく、力強く描く体験記。「いちご白書」とは体制側の象徴である大学理事が「学生達の要求なんぞ、いちごについての談義みたいでとるに足らぬもの」と宣ったことに起因する。

4月12日-東京都千代田区に霞が関ビル完成。高さ147メートル。

6月5日-ロバート・F・ケネディ暗殺。最大の州であるカリフォルニアでの予備選に勝利した直後の5日、ロサンゼルスのアンバサダーホテルの調理場で銃撃を受け、右脳を損傷、翌6日早朝死亡した。享年42。

8月8日-札幌医科大学で日本初(世界30例目)の心臓移植が和田寿郎氏によって行われた。日本初のレシピエントは移植83日後タンを詰まらせ死亡。

10月17日-川端康成がノーベル文学賞受賞。

11月22日-ビートルズ唯一の2枚組オリジナルアルバム「ザ・ビートルズ(The BEATLES)」、通称「ホワイトアルバム」が、英国で発売される。また、ビートルズ自身が設立したアップルレコードから発売された最初のビートルズのアルバムでもある。

12月10日-東京都府中市で三億円強奪事件発生。

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