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北欧音楽

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JPOP、特に女性ヴォーカリストの楽曲でR&Bが主流になり、ヒップホップでも女性ヴォーカリストのフィーチャリングが多くなってきて、なんだか演歌張りに楽曲のオリジナリティが薄れてきたような気がします。
 
そんな中、先日取り上げたMoumoon(ムームーン)の「Sunshine Girl」は、ジメジメした日常の一服の涼のような存在感で耳に心地よく響きます。そして、先月リリースされたスウェデッシュポップの新星フリーダの「タワーズ」の軽快で爽やかな歌声もそんな一曲ですね。
 
フリーダは、スウェーデンの西海岸の街、ヨーテボリ生まれの24歳。公式サイトには次のように紹介されています。
 
[Frida] Towers
 
〜ピュアでキュートな歌声と心地よい浮遊感、そして、どこか新鮮で懐かしい、メランコリックで魔法のようなメロディ。 ニュー・スウェディッシュ・ポップスの新星=フリーダのデビューアルバムに収録の1曲。プロデューサー・ピアニスト・ソングライターのラスマス・フェイバーの最新シングルヒドゥン・ソーツにフィーチャリングされて注目を集めたフリーダ。
 
彼女のシンガー・ソングライターとしての確かな力量は、メロディ重視のスウェディッシュポップ・ファンだけでなく60sブリティッシュ/フレンチ・ポップ、ガール・サウンド好きにもオススメ。アルバムはラスマス・フェイバーの初全面プロデュースの1枚となっています。〜(公式サイト)
 
スウェーデンといえば、ABBAエイス・オブ・ベイスカーディガンズシーザーズマンドゥ・ディアオななどのトップミュージシャンが10年おきくらいに登場しますね。そして、このフリーダを発掘したラスマス・フェイバー。クラブ・ミュージック・シーンで光を放つスウェーデン人プロデューサーですが、彼のフィーチャリングには今後も期待したいところです。
 
RASMUS FABER feat. FRIDA HIDDEN THOUGHTS Music Video】>
 
 
 
 
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昨日に引き続き北欧から今日はスウェーデンのポピュラーミュージックを見てみましょう。人口は神奈川県、大阪府より若干多い900万人。有名なノーベル賞はスウェーデン・アカデミーから授与されていますね。映画界へはグレタ・ガルボ(1905年-1990年)、イングリッド・バーグマン(1915年-1982年)という女優が出ています。ユーミンのペンネーム「呉田軽穂」はこのグレタ・ガルボに由来しています。ピアニストのフジ子・ヘミング(1932年-)もスウェーデン生れです。

スウェーデンは世界第三位の音楽輸出大国だそうです。1960年代には「スプートニクス」がエレキインスト界を、1970年代後半に「ABBA」が世界中を席巻し、「スウェーデンのビートルズ」ともいわれています。1980年代には「ヨーロッパ」や「ロクセット」などが世界的レヴェルの人気を博しています。また1990年代中期に現れた「エイス・オブ・ベイス」は1994年に「ザ・サイン(The Sign)」を全米シングルチャートの年間第1位にするという偉業を成し遂げています。

そして、今やスウェディッシュ・ポップの先駆者として知られる「カーディガンズ」。「1992年にピーター・スヴェンソンとマグナス・スヴェニングソンを中心に結成。この2名はもともとヘヴィメタルを演奏しており、カーディガンズはブラック・サバスの楽曲もレパートリーとしている。ここにベングド・ラガーバーグ、ラッセ・ヨハンソン、さらにニーナ・パーションが参加してバンドが誕生する。5人は共同生活をしながらデモを制作し、これがプロデューサーのトーレ・ヨハンソンの耳に入って、1994年2月18日に『エマーデイル』でレコード・デビュー」。(ウィキペディア)
「カーニヴァル」は世界的なヒットになりましたね。

トーレ・ヨハンソン(Tore Johansson)は、「スウェーデンのマルメ在住の音楽プロデューサー。かつではスウェーデンローカルのミュージシャンであったが、1994年にプロデュースを手がけたカーディガンズのデビュー・アルバムで世界的に名を広めた。日本でもセカンド・アルバムがヒット、スウェディッシュサウンドで一世を風靡した」。(同上)原田知世さんのアルバム「Blue Orenge」で多くの楽曲提供、編曲に携わっています。

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時々世界のいろんな国の音楽を聴いてみたいと思うことがあります。思えば、ポピュラーミュージックでは私たちは米、英のミュージシャンたちの作品しか聴いていないといっても過言ではありません。それは音楽だけに限らず、文学も映画もそうですね。フランス、イタリア、ドイツ、ロシア、中国、韓国位のものはもっと日常的に知る環境があっても良いと思うのです。

さて、今日レネ・マーリン(Lene Marlin Pedersen,1980年8月17日-)という、ノルウェーはトロムソ生まれの女性シンガーソングライターのことを知りました。公式サイトを覗くとシンプルなデザインで、いろんな曲の試聴ができました。サウンドは北欧系とケルティッシュなテイストが感じられる曲でした。

「1998年10月にノルウェーでリリースされたシングル『Unforgivable Sinner』(邦題:天使のように...)でデビューし、ノルウェー・チャートで初登場1位を獲得、大ヒットとなった。 また、同年にリリースされたアルバム『Playing My Game』はヨーロッパ全土で200万枚のセールスをあげている。2003年には2ndアルバムの『Another Day』がリリースされた。2005年では、待望の3rdアルバム『Lost In A Moment』をリリース。日本では、一部で『北欧のアユ』と呼ばれている」。(ウィキペディア)

このノルウェー、スカンディナヴィア半島の西にあって、東のスウェーデンと半島を分け合っています。日本より若干狭い国土に人口が福岡県の人口500万人にも満たない470万人です。1960年代以来、ノルウェーのジャズシーンはそれなりの成功を納めているようですが、有名なのはなんと言っても1985年のヒット曲「テイク・オン・ミー」を持つ「a-ha」ですね。

彼らのサイトにノルウェー雑誌「Hot Rod」の‘03年03/03のインタビュー記事がありました。「a-ha」は、モートン・ハルケット(vo)、ポール・ワークター=サヴォイ(g)、マグネ・フルホルメン(key,g)の三人で1982年に結成されたバンドです。さわりの部分だけ引用します。

Hot Rod:世界中の人々がノルウェーのことを考えるとき4つのことを思い浮かべると思うのですが、それはさぞ誇らしいことでしょうね。つまり、フィヨルドと、バイキングと、悪魔主義者による教会焼き討ちとa-haの4つというわけなんですが。あなたたちはまるでノルウェー政府の一機関あるいは、生きた伝説のようになったわけですが、あまりにも有名で、自分自身やバンドの実態よりも大きな存在になってしまうというのは、どんな感じなのでしょうか?

マグネ:そのノルウェーのイメージは、もうちょっと明るいものにしてほしいんだけど…。君の挙げた4つのものから僕たちを抜いたら、ものすごく陰気くさい国みたいじゃないか?でも、僕たちに押しつけられた「大使」としての役割は、あまり楽しいものでもない。僕たちは、何かのスポーツのナショナル・チームじゃないんだから。


「a-ha」;1983年にイギリスへ渡り、1984年に「テイク・オン・ミー」でデビュー。トニー・マンスフィールドのプロデュースによるこの「1st version」は母国ノルウェーでヒットした以外、国際的なマーケットにおいては、まったくといっていいほど売れなかった。

翌1985年、アラン・ターニーによってアレンジし直され再びリリースされた「テイク・オン・ミー」は全米1位・全英2位の大ヒットを記録する。イントロのフレーズとモートンのファルセットが印象的なこの曲は、ロトスコープによるスケッチ風アニメと実写とを巧みに合成したミュージックビデオの効果も手伝って、全世界的なヒットとなった。

その後アメリカではこれといったヒットが続かなかったが、イギリスでは、セカンドシングル「The Sun Always Shines on TV」が1位となったのをはじめ、90年までにベスト10ヒット8曲を記録。1987年には映画「007 リビング・デイライツ」の主題歌を担当するなど、80年代後期を代表する人気バンドとなった。
ヨーロッパ各国や南米での人気も高く、1991年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催されたRock in Rio IIでは、ジョージ・マイケルやガンズ・アンド・ローゼズといった英米のアーティストを遥かにしのぐ19万5000人の観客を動員。この記録は「the largest paying audience」として、一時ギネスブックにも掲載された。

1994年にはリレハンメルパラリンピックのテーマ曲を提供するが、ワールドツアー後、3人はそれぞれソロ活動を開始する。ポールは妻ローレン・サヴォイやフロード・アンランドと組んだSavoy、モートンはソロシンガーとして活動。マグネはKjetil Bjerkestrandと組んだTimbersoundとして映画やTVドラマのサウンドトラック制作を手がける一方、画家・彫刻家としての地位を築いている。

1998年にノーベル平和賞記念コンサートを機に再結成。2000年に発売されたアルバム「Minor Earth Major Sky」はドイツを中心とするヨーロッパ各国でプラチナ・アルバムを獲得する大ヒットとなった。2006年1月には、「Analogue (All I Want)」が実に18年ぶりに全英チャートにトップ10入りしている。(ウキィペディア)

ABBAとその前身

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マドンナの新曲「Hung Up」。ABBAの「Gimmie! Gimme! Gimme!」がサンプリングされている。
1973年グループ名「ビヨルン、ベニー、アンナとフリーダ」として4人での正式な活動が始まった。ビョルン・ウルヴァース(ギター)、ベニー・アンダーソン(ピアノ)、アグネタ・フォルツコグ(ヴォーカル)、フリーダ(アンニ・フリード)・リングスタッド(ヴォーカル)の4人によるスウェーデンが生んだ世界的人気を博したグループだ。

「ダンシング・クィーン」、「チキチータ」、「ヴーレ・ヴー」、「サマーナイト・シティー」とABBAならでわの女性デュオが美しい。私と同世代のマドンナがサンプリングする気持ちがわかるような気がする。

ABBAも懐かしいが私には、その前身で1972年にヒットした「ビヨルン&ベニー」のシングル「木枯らしの少女」が思い出深い。洋楽へ傾倒した頃だった。話は逸れるが、同じ頃流行っていた「AMERICA AMRICA」(ミュージシャン名は忘れた)を買いに行って、間違って「AMERICA」を買ってしまったことを思い出した。後でそれがサイモン&ガーファンクルの曲であることを知った。

ところで「Hung Up」、「アメリカではビルボードのHot100での最高位が20位で奮わなかったが、イギリスではNo.1を獲得した」そうだ。これもわかるような気もする。「サンプリング」を調べると、「既存の音楽からフレーズの一部を取り出し新しい要素を加えたり、ボーカルをその上に乗せて曲を作る手法。ヒップホップやラップで始まり、現在は一般化している」とある。原曲の著作権者に承諾を得ることは当然だが、規制も垣根が低く、今後更に多くなるだろう。注釈者はJASRACを批判し、将来はマスではなく小さな集団がそれぞれの音楽を楽しむ時代がくると予想している。

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