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永遠なる叫び/ブルース

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昨日取り上げた、ロバート・ジョンソンのミシシッピー・デルタ・ブルースを受け継ぎ、シカゴで確立させたのがマディ・ウォータズというミュージシャン。私は、シカゴ・ブルースもマディ・ウォーターズも知りませんので、ここではいつものように、ウィキペディアの解説をそのまま引用させてもらいます。

シカゴ・ブルースとは、「米国イリノイ州シカゴにおいて1950年頃に登場したブルースのスタイルのひとつ。主にアコースティック・ギターの弾き語りで演奏されたアメリカ深南部のデルタ・ブルースにエレキ・ギターを持ち込み、バンド・スタイルに発展させたものであった。代表的なアーティストにはマディ・ウォーターズが挙げられる。彼は、シカゴ・ブルース創世記にそのスタイルを作り上げた一人である」。

「シカゴ・ブルースの誕生の背景には、第2次世界大戦時に頂点を迎えたアフリカ系アメリカ人(黒人)の大移動がある。その流れを受けて1930年代から50年代にかけて、南部の州からシカゴへ多くのブルース・ミュージシャンが移住した。彼らが、シカゴにおいて南部のブルースに新たな息吹を吹き込んだのである
」。

「彼らはライヴハウスを始め、マックスウェル・ストリート(路上でフリー・マーケットとともにライヴ演奏が展開された)などでも演奏を展開した。路上での演奏はより大きな音を出すことを必要とし、これもシカゴ・ブルースがエレキ化、バンド化へ進んだ要因と言われている」。

「初期のシカゴ・ブルースにおいては、主たるリード楽器はハーモニカであった。ギターはデルタ・ブルース同様、主に伴奏楽器として使用された。しかし50年代後半、マディよりも若い世代のオーティス・ラッシュ、バディ・ガイ、マジック・サムらの登場により、シカゴ・ブルースは新たな局面を迎える」。

「彼らは、ギターをリード楽器として前面に押し出し、それまでのブルースの概念を打ち破った。彼らのサウンドは彼らがシカゴのウェスト・サイドで主にプレイしていたことから『ウェスト・サイド・サウンド』となどと呼ばれた。以後、ギターはブルースの主たるリード楽器として、その重要性を高めていく」。

「1960年代に入ると、イギリスにおけるブルース・ブームなどとともにシカゴ・ブルースはヨーロッパを始めより広範囲で注目されるようになり、シカゴのミュージシャンの活動の場も広がっていく。その流れの中で、シカゴ・ブルースも音の幅が広がっていった。ポール・バターフィールドを始め、白人のプレイヤーも増えていった」。

「今日では、世代交代ともにシカゴのブルース・ミュージシャンたちも、かつてのように南部出身の層は少数派となり、都市部で生まれ育った人々が多くなっている。これに伴い、シカゴ・ブルースも多様化している」。

「シカゴでは、バディ・ガイズ・レジェンズ、ローザス、アーティス・ラウンジ、キングストン・マインズといったブルース・クラブで連日、ブルースのライヴが展開されている。また例年6月には、米国最大のブルース・フェスティバルであるシカゴ・ブルース・フェスティバルが開催されており、ブルースの街としてのシカゴの存在を世界にアピールしている」。


マディ・ウォーターズ(Muddy Waters, 1915年4月4日-1983年4月30日)は、「米国のブルース・シンガー、ギタリスト。本名は、マッキンリー・モーガンフィールド (McKinley Morganfield)。シカゴにおいてエレキ・ギターを使ったバンド・スタイルのブルースを展開し、シカゴ・ブルースの形成に大きな足跡を残したことから、『シカゴ・ブルースの父』と称される」。

「その豊富で深淵な声、豪快なボトルネック・ギター、カリスマ的キャラクターで、ブルースの第一人者のひとりとなった。ロック界においても、ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトン、ポール・ロジャースなど、彼から影響を受けたミュージシャンは多く、その影響力は計り知れない」。

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先日、天童荒太さんの小説「孤独の声」(新潮文庫)を読みました。私はここ一、二年で十数年ぶりに小説への回帰をしていますが、村上春樹さん、村上龍さん、花村萬月さんなどいずれも渋いリスナーとして、彼らが登場させる実在のミュージシャンたちを効果的に描いていますね。

この作品の概要は次ぎの通りです。

「凄惨な殺人事件が続発する。独り暮らしの女性たちが監禁され、全身を刺されたかたちで発見されたのだ。被害者の一人が通っていたコンビニエンス・ストアの強盗事件を担当した女性刑事は、現場に居合わせた不審な男を追うが、突然、彼女の友人が行方不明に。孤独を抱える男と女のせつない愛、噴き上がる暴力――。『家族狩り』『永遠の仔』につながる、天童荒太のまさに出発点」。(新潮社)

本作は、1994年の作品。おりしも先頃、WOWOW「ドラマW」で映像化され(花堂純次監督、内山理名主演)放映されたようですが、残念ながら、WOWOWに加入していない私は観ることができませんでした。著者の作品は「包帯クラブ」を読んでいますが、こちらは2007年9月15日に映画化されていますね。「永遠の仔」はドラマを見たり見なかったりという程度でした。

この小説のテーマは文字通り「孤独」。登場人物のそれぞれが違った「孤独」を抱えてどう生きているのか?その象徴として、香川から上京しミュージシャンを目指してコンビニでバイトする芳川潤平(19歳)潤平の心象風景に根強く刻まれている実在の二人の人物、ロバート・ジョンソンと宮沢賢治が登場します。ここでは、その一人、伝説のギタリスト、ロバート・ジョンソンを取り上げます。本作の中で、潤平はロバート・ジョンソンを次のように表現しています。

「ロバート・ジョンソン。ばりばりのブルース、録音が古く、まずノイズが入り、そのイメージが、聴く人者の空気を、古い時代に染め上げてゆく。節くれた指がつまびくギターの音がふるえて、この部屋を、現在の日本という空間から解き放ち、まったくべつの世界に運んでくれる。ときに太く、ときに高く、彼が孤高の魂を歌う・・・」。


ロバート・リロイ・ジョンソン(Robert Leroy Johnson、1911年5月8日-1938年8月16日)は、「アメリカ合衆国ミシシッピ州出身のミュージシャン。1930年代に活躍した。マディ・ウォーターズ、エリック・クラプトン、キース・リチャーズら、多くのミュージシャンに影響を与えた」。

「ミシシッピ州ヘイズルハースト出身。アコースティック・ギター一本でブルースを弾き語りして、アメリカ大陸中を渡り歩いた。当時の聴衆はそのギター・テクニックが巧みなのに驚き、『十字路で悪魔に魂を売り渡して引き換えにテクニックを身につけた』という伝説が広まった。これが有名な『クロスロード伝説』である(なお、19世紀の名ヴァイオリニスト・パガニーニにも同様の伝説がある)」。

「夫のいる女性に手を出したため、27歳の時にストリキニーネで毒殺されたとされている。上記のクロスロード伝説では、彼を毒殺したのは悪魔ということになっている。亡くなったミシシッピ州グリーンウッドの町役場に提出された彼の死亡届では、彼の死因欄には『No Doctor』とのみ記載されている。彼が遺したものは2枚の写真と29曲42テイクだけである」。(ウィキペディア)

私はまだ観たことがありませんが、この伝説をテーマにしたウォルター・ヒル監督の「クロスロード」(1986年)という映画があります。クリームのクロスロードの原曲は、ロバート・ジョンソンの曲クロスロード・ブルース(四辻ブルース take1 take2)だそうです。

また、ローングストーンズのバンド名は、マディ・ウォーターズの作品『ローリングストーン』から名付けられたことは有名な話ですが、そのマディ・ウォーターに影響を与えたのがロバート・ジョンソンだったということです。

「映画『クロスロード』(ビデオ)は、実に見ごたえのある作品でした。ロック・ブルースファン必見の映画作品と言ってもよいでしょう。何がよいのかと言えば、映画に挿入されているブルース曲の数々やブルースの演奏シーン、ラストシーンで繰り広げられる主人公と有名ギタリストとのギターバトル・セッションバトルが実にいいのです」。(http://www.seri.sakura.ne.jp/~kiyo/eric/e4.htm)

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