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自虐史観の葬送のために!守るべきは社稷であって国家ではない!

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Gemeinbesitzに基づくindividuelle Eigentum
 
Diese stellt nicht das Privateigentum wieder her, wohl aber das individuelle Eigentum auf Grundlage der Errungenschaften der kapitalistischen Ära: der Kooperation und des Gemeinbesitzes der Erde und der durch die Arbeit selbst produzierten Produktionsmittel.

この否定は、私的所有を再建しないが、資本主義時代の成果、すなわち、協業と、土地 および労働そのものによって生産される生産手段の共同占有(Gemeinbesitz)とに もとづく個人的所有(individuelle Eigentum)を再建する。(現行版『資本論』)
 
ここでは、individuelle Eigentumの基礎をなす、資本主義時代の諸成果に着目したい。
 
その内容は、
 
1)協業
2)大地と労働によって生産された生産手段のGemeinbesitz
 
である。
 
2)Gemeinbesitzは、非有機的身体を媒介とする他の諸人格とのとの関係である。
 
1)の協業については、上記引用部分では詳説されていないが、同じ資本論の協業論が踏まえら得ていることは明らかである。
 
「同一生産過程,または相異なるが関連した諸生産過程において,多数の労働者が共通の目的のために一緒に働く場合、彼らの労働は協業という形態をとる」(『フランス語版 資本論』)

「同じ生産過程で、または同じではないが関連のあるいくつかの生産過程で、多くの人々が計画的にいっしょに協力して労働するという労働の形態を、協業という。」(現行版『資本論』)
 
ここに、協業を協業たらしめるもの、協業関係の組織者、媒介者としての「共通の目的」「計画」の役割を確認することができる。
 
十分注意しなければならない点は、これら、individuelle Eigentumの基礎それ自体は、「資本主義時代の諸成果」であって、ただそれだけをとってみるなら、協業も非有機的身体のGemeinbesitzもすでに資本主義において実現しているということである。
 
だから、これらのものを、資本主義的なそれから、individuelle Eigentumの基礎へと転化させる条件が明らかにされなければならないのである。
 
それは、ほかならぬ労働する諸個人の自由、個々人が各自の自主的・自発的意思協業およびGemeinbesitz媒介するということに他ならない。
 
共同的生産手段で労働し自分たちの多くの個人的労働力を自覚的に一つの社会的労働力として支出する自由な人々の連合体」(現行版『資本論』)

共同の生産手段を用いて労働し、協議した計画にしたがって多くの個別的労働力を同一の社会的労働力として支出するような、自由人たちの集まり」(『フランス語版 資本論』)
 
本エントリーの冒頭で、ドイツ語原文とともに示した引用は、資本論第1部全体の総括的位置にある第7編第24章第七節からの文章だった。そして直上に掲げた文章は、第1部の冒頭、第1篇第1章商品論からのものである。
 
商品論の文章を分析してみると,
 
・共同的生産手段の利用⇒Gemeinbesitz
・個別的労働力の社会的労働力としての支出⇒協業
・上記の2契機各々と、両者の連関とをともに媒介する「自覚」(目的意識性)、「計画」
 
という3契機が確認される。
 
みられるように、これは、第7編第24章から引用した冒頭の文章と同じ構成契機なのである。
 
ただし、第7編の文章では、「目的」「計画」の契機は「協業」概念に伏在させられたまま明示的に抽出されはいないが、商品論では、それが明示的に取り出されている。それは、この文章の目的が「自由な人々の連合体(アソシエーション)」と他の社会構成とを比較することにあったからである。
 
すなわち、資本主義的なGemeinbesitzや資本主義的な協業とアソシエーション的なそれらとの決定的な違いは、Gemeinbesitzと協業を媒介する「目的」「計画」が自由な諸個人によるそれであることに求められるのである。
 
「マルクス派アソシエーション論の基本概念 Vol.1」では、「自由」について「(主体が環境や他者に対する自己のフェアハルテン(働きかけ、関係行為)を自覚的に媒介している状態,目的意識的に制御している状態)」と規定した。
 
これに従うならば、Gemeinbesitzと協業に参加する諸個人各自が「自由」であるためには、Gemeinbesitzと協業が彼ら各々の個別的意思によって媒介されていなければならない。しかし、他方では、協業の成立のためには、「目的」を共有すること、一個同一の「計画」を共同で履行することが要求される。
 
この矛盾を解決するのが「協議」という計画手法なのである。 
 
「目的」の共有、同一の「計画」の履行によってGemeinbesitzと協業は成立する。しかし、それが自由な諸個人のものとなるためには、この「共通の目的」「計画」の形成それ自体が、これら諸個人の「自由」の実現となっていなければならないのである。
 
すなわち、「共通の目的」「計画」が各自の個別的な意思(目的)の実現となっていることが条件なのである。
 
 
 
 
 

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