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自虐史観の葬送のために!守るべきは社稷であって国家ではない!

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資本主義では消費様式は生産によって規定されるという事実は、「循環型経済」を考える場合にも重要である。製品のリサイクル化の可能性の有無やリサイクルの方法は、製品の企画段階でほとんど決まってしまうからである。消費者は、生産者(製造企業)が生産した物の中から消費対象を選択することしかできないのだから、リサイクルに適合的な製品が、企画段階から追求されるのでなければ、リサイクルのコストの高い廃棄物、あるいは、リサイクル不可能な廃棄物が発生しやすくなるのである。

このような問題を根本的に解決するには、生産過程そのものの性格の転換、価値目的の生産と排他的意思決定の止揚が必要だが、資本主義的生産という現実から出発してそこへ向かうには、変革のための技術的・社会的諸条件の生産過程内部での形成を促すような、生産過程の外からの様々な圧力が必要である。消費者の主権行使はそのような力の一つであり、市場での選択権の行使や政治的主権の行使を通じて生産過程変革の諸条件の形成を促すことも不可能ではない。

しかし、消費者が、製品の選択や市場からの「退出」など「自由競争」のルールに従って、生産過程に影響を与えることは可能であるが、そこには厳しい制約が加えられている。まず、情報の非対称性の問題がある。製品についての完全な情報を消費者はもたない。製品に関する最も詳しい情報は当然ながら生産者が持っているが、生産者としては、有害性に関する情報など、販売に不利なものは極力秘匿しようとする。それどころか、生産者側はより積極的に広告宣伝活動やさらには産業基盤や生活基盤の作り変えなどを通じていわゆる「需要創造活動[1]」を展開する。

資本主義社会ではほとんどの生活手段が商品として生産者の手を通して提供されるから、支配統合や提携の発達を通じて多角化、複合化した強大な生産者によって消費生活様式も規定されるのである。このように、生産者と消費者は、情報へのアクセスの点ばかりか、生活様式を規定する力においても「非対称的」なのである。消費者の選択権を保護し強化する規制が必要とされ、環境対策としてもエコラベル、製品アセスメントなど、第三者機関による環境情報開示システムの導入が必要とされる所以である。

上流=動脈(生産)部門と下流=静脈(廃棄・回収)部門とのあいだの情報の伝達と共有化も重要である。「静脈部門が安全かつ効率的に事業を行うためには、動脈部門で生産された製品に関する正確な技術情報を十分に把握することが不可欠である。一方、動脈部門においても、自己の製品が廃棄物となった場合に、静脈部門でどのように処理・リサイクルされたかを把握することにより、リサイクル適性の高い製品の生産を行うことが求められる。

このため、動脈部門の製造業者から静脈部門の廃棄物処理事業者、リサイクル事業者に対して、製品に関する素材、組成、設計等の技術情報の提供を可能な限り義務付けるとともに、廃棄物処理事業者、リサイクル事業者からは素材製造事業者、製品製造事業者等に対して、廃棄物処理・リサイクル状況に係る情報をフィードバックすることが必要であり、物理的のみならず、情報の面からも循環を形成していくことが重要である。[2]」との指摘があるが、消費過程の担い手にも生産と廃棄の実状を正確に知らせることが必要だし、単なる情報の循環だけでは不十分であり、フィードバックされた情報に基づいて生産過程が消費と廃棄を見通したものに転換されなくてはならないのである。

つまるところ、有害性の抑制のためにも効率的なリサイクルのためにも、生産の段階で製品の使用価値的性質がそのライフサイクルの全過程において、把握されている必要があるし、なおかつその情報は広く公開され社会的に共有されていなくてはならないが、ここでも私的所有の対象として社会的に承認され保護されている「営業の秘密」との「調整」が問題となろう。

資本主義の枠内では、個別企業内部の生産過程の計画的制御の技術を、製品の製造から卸、小売りまでの全過程に適用し企業を越えた連携により需給関係をも計画的に制御しようというサプライ・チェーン・マネジメントや同様の技術によって廃棄物の再利用のネット・ワークを形成し廃棄物ゼロの社会を目指す「ゼロ・エミッション計画」 等として現れる。しかし、資本主義にあっては、企業の間の分業は、競争関係の中で絶えず変動する自然生成的な分業であり、個々の企業の「自律的」な行動の「無政府的」(非計画的)な衝突の結果でしかないため、これらの試みの完全な達成は見込めない。


[1] 《ゼネラルモーターズを中心とする米国の自動車資本の「交通体系変容戦略」はその典型である。米国は最初から「クルマ社会」だったわけではない。1920年代の米国西海岸は「鉄道王国」であった。自動車資本や石油資本は数十年かけて鉄道を買収し、線路をはがし、バス路線に置き換え、そのバス路線も廃止して自動車の売上げを伸ばしたのである。》(戸田清「エコロジー社会主義と環境正義」『カオスとロゴス』No.10、1998年2月、25ページ。)

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