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自虐史観の葬送のために!守るべきは社稷であって国家ではない!

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われわれはまったく公然と資本主義を新しくつくりだす。これは国家資本主義である。だが、権力が資本に属する社会における国家資本主義と、プロレタリア国家における国家資本主義とは、二つの違った概念である。
 (共産主義インターナショナル第三回大会でのレーニンの発言)
 
レーニンは、ロシアが社会主義に移行するためには、その資本主義的発展があまりに不十分であること自覚していました。
 
だから、意図的、積極的に資本主義の育成を図らざるをないとみていました。内戦の激化によって余儀なくされた戦時共産主義の経験によって、レーニンはその自覚を一段と強めざるを得ませんでした。
 
ネップはまさに、ソ連における資本主義育成の手法以外の何物でもありませんでした。
 
ネップの本質は,「市場,すなわち別々の企業間の水平的な結合の回復」である。共産党独裁とソヴェト権力による経済の「管制高地」(大工業・輸送・外国貿易・信用 等)の支配は維持されたが,市場を通じた私的な経済活動に広範な自由が与えられたことにより,ロシア経済はまもなく1921-22年の飢饉の惨禍から立ち直り,その後の数年間に急速な復興を遂げた(p. 109)
(森岡真史「社会主義とソヴェト経済」
 
国家の統制と管理の下で、民間経済主体の力をも利用しつつ資本主義的発展を勝ち取るというのがネップの基本的狙いです。国家主導路線とある種の民間活力導入路線の折衷だったといえるでしょう。
 
しかし、その目的はロシアの資本主義的発展にあったことは明らかです。
 
スターリンの農業集団化は、より急速な資本主義的発展、特に工業化の推進の手段として、ネップに元々あった二つの側面のうち,国家主導・民間抑圧の路線に純化するものを目指したものであって、ネップの単純な否定ではなく、ネップに潜んでいた二つの発展方向の一つを実現するものであった言えます。
 
スターリンが支配を確立していく過程で、ネップは再度復活したりもしますが、それは、このようなネップの本質、すなわち後発資本主義国での資本主義的発展の推進策としての本質に照らしてみれば、それほど不可思議なことではありません。
 
ここでの資本主義的発展とは、本質的には初期段階のそれであり、結局のところ、直接生産者から生産手段をはく奪し、彼らを資本・賃労働関係に巻き込んでいく本源的蓄積過程の促進以外のなにものでもありません。こそが主目的でした。しかし、後発国としての特性からほぼ同時的に、次の段階である工業化にも取り組まなくてはならなかったのです。
 
その際に、小ブルジョア的経営のある程度の自由を保証して、小経営者たちが、経験から学んで「協同組合」(資本主義的経営の隠れ蓑としての)化へと自ら進むことを期待するのがネップであり、同じ過程を国家の暴力装置を用いてより急速に実現しようとしたのが,ネップ後とされる、集団化をはじめとする一連の国家管理強化の施策だったのです。
 

 

転載元転載元: 草莽崛起〜阿蘇地☆曳人のブログ(桜の下に「日本」を屠る決意)

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