ここから本文です
自虐史観の葬送のために!守るべきは社稷であって国家ではない!

書庫全体表示

1)自然的要素・資源の価値をより高く見積もることで、その浪費を抑制しようという発想がある。

気持ちはわからなくはないが、ある資源の価値だけを高く見積もっても、当該資源に変わる代替資源があれば、そちらの消費に向かうだけだろう。

自然資源一般の騰貴に際しては、資本は、その結果として生じる利潤率の低下に対して、利潤量の増大で対応せざるを得ないのだから、このケースではかえって資源浪費の圧力は高まるだろう。


自然も価値を生むといった主張も、大抵がこうした意図−−価値を高く見積もることで浪費が抑えられる−−から発せられる。

しかし、大切なもの、重要なものを「高価値であるべきだ」と考える発想こそ、資本主義的な転倒である。「価値のないものは、大切にしない、持続可能になるように取り扱わない」というのは、貨幣物神への拝跪に他ならない。

これは、社会的費用の内部化の議論とは本質的に区別されるべき問題である。




Rise Against - For What It's Worth (AOL Undercover)





莽崛起(The Rising Multitude )

この記事に

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事