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自虐史観の葬送のために!守るべきは社稷であって国家ではない!

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マルクスは、経済学批判要綱において、農業こそ基礎的生産部門であると指摘し、農業を極めて高く評価しています。

《生産過程のすべてのうちで,身体が自分に必要な物資代謝を再生産するための,すなわち生理学的な意味での生活手段を作り出すための過程が, もっとも 根源的な ( fundamentalste ) 生産過程と して現われるであって,この生産過程は農業と一致し,この農業がまた同時に,工業(厳密にいえば,採取産業に属さないいっさいの産業)にたいして,直接に(綿花,亜麻等々の場合のように)あるいはそれが養う動物を介して間接に(絹,羊毛等々),その原料の大きな部分を供給するのである》(『経済学批判要綱』②, 3 90ページ)。

更に資本論でも次のように述べています。

《剰余労働一般の自然発生的な土台,すなわち,剰余労働が可能となるのになくてはならない自然条件は,ある労働時間,労働日の全部を呑みつくしはしない労働時間を使用すれば必要 な生活維持諸手段を自然が 土地の生産物である植物的または動物的生産物においてであれ,漁業〔産物〕などにおいてであれ一一与えてくれるということである。農業労働(ここでは簡単にするために,採集・狩猟・漁労・畜産労働を含む)のこの自然発生的生産性は,いっさいの剰余労働の土台である。いっさいの労働は, なによりもまずかつ本源的に ( Zunachst und ursprunglich), 食糧の取得および生産に向けられるからである」(『 資本論』皿 )。

以上のように、マルクスは、農業を他の諸産業の基礎となるもの、不可欠な前提と捉えていました。農業がなければ他の産業はありえないという意味で、農業を極めて重要なものと考えていたことは間違いありません。

また、マルクスの重農主義批判は、農業が価値を産むことを否定するという内容ではありません。重農主義の思想家たちが、逆に工業労働が価値を生むことを否定したので、農業労働だけでなく工業労働も価値を生むという立場から、重農主義は一面的だと否定したのです。

つまり、農業の生産性を否定したのではなく、工業の生産性を否定する重農主義の一面性を否定し、農業はもちろん価値を生むし、それは工業も同じだといったのです。

《労働能力の価値とその価値増殖的利用との差異・・・したがって、労働能力の購買がその使用者にもたらす剰余価値・・・は、すべての生産部門のうち、農業において、原生産において、最も明白に反対の余地なく、現れる。》(剰余価値学説史)

他人の労働能力を消費して剰余価値を生産するからくりは農業において最も明白に見て取れるのだと指摘しています。これを農業が価値を生まないという意味に解釈する人がいたとしたら、正気を疑わざるをえませんよねぇえ。

以上の二つの論点、"農業こそ基礎的生産過程である"と"工業も農業と同様に価値を産む"の両方にかかわる記述を最後に挙げておきましょう。

《事実,剰余価値のすべての生産,したがってまた,資本のすべての発展は,自然的な基礎からみれば,農業労働の生産性に立脚するということは,重農主義者たちの正しい点である。およそ,人間に,一労働日のうちに労働者各自が自分自身の再生産に必要とする以上の生活諸手 段,したがって,もっとも狭い意味では,それ以上の農耕生産物を生産する能力がないならば,すなわち,もし労働者各自の全労働力の日々の支出が,彼の個人的必要に不可欠な生活諸手段を生産するのに足りるだけであるとすれば,およそ剰余生産物も剰余価値も問題になりえないであろう。労働者の個人的欲求を越える農業労働の生産性は,すべての社会の土台であり,とりわけ資本主義的生産の土台であって,資本主義的生産様式なるものは,社会のますます増大する一部を直接的生活諸手段の生産から解放し,彼らをスチュアートのいうように“自由な勤労者たち”に転化させ, 他の諸部門で自由に搾取できるものとする》(資本論Ⅲ)。



The Fundamentals


莽崛起(The Rising Multitude )

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