ここから本文です
自虐史観の葬送のために!守るべきは社稷であって国家ではない!

書庫全体表示

人格の物象化の基体は、具体的人格である。この具体的人格は、物象の人格化によって措定される抽象的人格、すなわち物象の運動の質料的担い手が身に着ける経済的扮装とは、別の〈人格〉である。抽象的人格(=経済的扮装)は、商品や貨幣の私的所有者としての人格である。この抽象的人格は、商品生産関係が支配的な社会では、人格一般のもっと直接的な存在形態である。だから、われわれが没批判的な意識にとどまる限り、これとは別様の〈人格〉の存在は、忘却ないしは隠蔽されている。

 

「生産者たにとっては,彼らの私的諸労働の社会的関係は,そのあるがままのものと して現われるのである。すなわち,諸人格〔I〕が自分たちの労働そのものにおいて結ぶ直接に社会的な諸関係と して ではなく,む しろ諸人格〔II〕の物象的な諸関係および諸物象の社会的な諸関係と して現われるのである」

 

労働そのものにおいて直接に社会的関係を結ぶことのできる人格は、具体的人格である。上記引用の人格〔I〕がそれである。これに対し、人格〔II〕には、抽象的人格――物象の人格化としての人格――である。抽象的人格と物象の関係は、次のような特徴を持つ。具体的人格たる労働する諸個人は、物象に対して抽象的人格としての様態で、その物象をディング(物)とするような様態で関わるのである。私的労働、すなわち物象としての物的諸条件・諸対象に対するからの働きかけは、相互に排他的孤立的に営まれる結果、その具体的内容は不可視化され、単なる対象に対する意志的支配一般に、すなわち「所有」に還元される。同時に、そのような私的諸労働の相互関係も、物象に媒介された私的所有者(=人格〔II〕)同士の関係に転化するのである。




莽崛起(The Rising Multitude )

この記事に

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事