ここから本文です
自虐史観の葬送のために!守るべきは社稷であって国家ではない!

書庫全体表示

マルクス資本論で価値が上昇する要因として労働強度,労働日の延長による肉体的消耗の増大を挙げている。その結果再生産費が上昇し労働力の価値が増大するにもかかわらず賃金がそれ以下にしか支払われぬ状態が続けば,その労働者の生命再生産が円滑に行なわれず,労働能力そのものの低下をきたすωは当然の結果であるω。それ故,賃金が価値以下で再生産費をカバーしえなし、状態の持続は労働能率の低下によづて剰余価値年産に支障を雪たすのではないか。

そのうえ,いわばデ少ドラインともいうべき労働能率が幾何級数的に低下し始める点より上方においても,労働能率が一定範囲内で再生産費をカパーする賃金の増加関数であると仮定すれば,資本は最低限よりも,その労働能率による産出高と賃金の差額を極大にする点に賃金を決定するであろう。逆に労働能率よりも賃金の低下速度が大きい場合も想定可能ではあるが,その場合はデッドラインヘ速く到達するだけの事である。ともあれ資本にとって再生産費をカパーする賃金がいわゆる生理的最低限である必要はな<.労働者の一定の欲望をも充足しうる量として設定Lうるであろう。

もちろん資本は使用価値の低下,もっと言えば労働力そのものの破壊すら時とLて意に介さないのではあるが,こうした過程が全生崖部商,全局閏に同時に長期進行すると考えるζ とは資本の論理からして必然性はない。

かくの如〈理解すれば第3の論点,価値以下の状態で労働力の再生産が萎縮しておこなわれ,絶対的窮乏化が進行するという点も論理的必然性をもたないことになる。(神谷,明 「労働力の価値と欲望問題」)

 

「再生産費≠生理的最低限」の指摘は正しいが,神谷氏には「生理的最低限=価値」との誤解があるようだ。「価値以下⇒萎縮」は必ずしも「生理的最低限以下⇒萎縮」を意味しない。いわゆる「文化的諸要素」も含めて「萎縮」を考えるべきだ。

 

その主張[価値以下説―阿蘇地―]をアルズマニヤンで簡単にみてみよう。彼は,労働力の価値の大きさが不変であるか,実質賃金はつねに労働力の価値に一致するのかという問題を提起する。

「生産力の発展につれて,生活上の欲望,教育費が変化し,それにつれて労働者とその家族の欲望が増大し,ますます多面的なものとなる。したがって,労働者とその家族に必要な生活手段の大いきと構成のうちには,ますます新しい商品やサービスがふくまれるようになる。そのことからある一定の時期にはある一定の国で一定の大きさをもつ労働力の価値も歴史的に変化する,ということになる。そのさい,一面では,労働生産性の向上によって労働力は安価になるが,他面では,労働力の再生産に必要なますます新しい商品やサービスが労働者とその家族の欲望の大いさのなかにふくまれるために,労働力の価値はたかまる2)

 

彼は労働生産力の発展が労働力価値にこ面的に作用し,一方で労働力商品の再生産費は安価になり,他方で労働者の欲望を増大させて,その価値を高めるのであるが,結局後者が前者を上回ると考えているようだ。

それに対し実質賃金の変動はどうか。彼はまず,労働力の価値も,実質賃金も変化する大きさであり,両者の照応的変動が機械的におこなわれるとは限らないとし,むしろ実質賃金の運動の長期的傾向は,賃金が労働力の価値以下に下落するのが資本主義の下では一般的であるとする。

 

「実質賃金の運動におけるいっそうの長期的傾向を考察すれば,マルクスが指示したように,こう言わなければならない。すなわち,資本家はつねに労働力に対する支払いをその価値以下に切り下げようとしており,資本主義的生産様式の客観的諸条件は資本家にそうすることをゆるしでいる,と。一連の客観的な諸条件一一資本の有機的構成の高度化,産業予備軍の存在,農村過剰人口,婦人労働や未成年労働の競争,農業労働者の低い賃金などー←が,資本主義によって商品に転化された労働力の販売にきわめて不利な事情をつくりだす,おまけに労働者は,より有利な条件を待って労働力の販売をひきのばすということができない…。」

 

「実質賃金が労働力の価値以下に下落することのうちに,プロレタリアートの窮乏化があらわれている。労働者は,自分自身と自分の家族に正常な生活活動を保障できない。」のであり,たとえ実質賃金が上昇したとしても労働者は絶対的に窮乏化寸る,と。

 

その主張点は,次のように要約できるだろう。1生産力の発展にともなう労働と生活諸条件の変化による欲望の増大の結果,労働力の価値も増大すること,2に,価値の増大にもかかわらず2 過剰人口の存在等の資本主義経済諸法則の貫徹する条件一一労働者に不利な条件下では実質賃金はそれに及ばず両者の誰離が進行すること,3そのため実質賃金や生活水準が以前と較べて上昇しても,労働者家族の諸欲望の充足は不十分たままであり,正常な生活活動が営めず,絶対的に窮乏化してい〈こと。

 

 

 

《欲望の増大⇒労働力価値増大⇒増大した価値に追いつけない実質賃金の増加ペース⇒価値以下の賃金⇒萎縮的再生産》なら,正しいと思う。しかし,神谷氏の整理によれば,「価値以下説」とる人の多くは,「価値以下の賃金⇒絶対的窮乏化」と理解しているようだ。「絶対的窮乏(貧困)化」は生活水準だけの問題ではない。消費生活過程だけの問題ではない。むしろ,主眼は労働過程におかれている。この点が理解されていないなら「価値以下説」は誤りである。

 

蓄積の変動に伴う賃金の循環運動が当面の標準的生活水準を規定し,労働力価値を析出させることになる。

賃金が充足すべき欲求は,生理的最低限とそれ以外の追加的・文化的諸欲求からなる。追加的・文化的諸欲求が賃金変動に伴って比較的容易に増減させられる部分であり,これに対して生理的最低限は,相対的に固定的である。



 
Mike Johnson w/ Some Velvet Sidewalk - Atrophy




莽崛起(The Rising Multitude )

この記事に

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事