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“朝鮮籍の在日同胞3世”、鄭栄桓教授
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2018-05-09 

 李明博政権時代の2009年から韓国入国が拒否された鄭栄桓明治学院大学教授が4日午前、ソウル鐘路区のホテルで久しぶりに韓国を訪れ、慰安婦問題、在日同胞問題について講演などをしている=イ・ジョングン記者//ハンギョレ新聞社

 金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)国務委員長が板門店の軍事境界線を越えた先月27日、在日朝鮮人(朝鮮籍)の鄭栄桓(チョン・ヨンファン)明治学院大学教授(38・写真)が仁川空港を通じて入国した。4日、ハンギョレのインタビューに応じた鄭教授は「金正恩国務委員長が『私たちが失った11年』という表現を使ったが、その分の時間を失った一人として“4月27日”をソウルで迎えることができて感激した」と話した。

李明博・朴槿恵政権時代は入国不許可  
2009年「拒否は不当」行政訴訟も敗訴  
先月27日、12年ぶりに故国再訪問  
「4・27首脳会談をソウルで迎えて嬉しかった」 
朝鮮籍のアイデンティティ・慰安婦問題が“専門”  
「在日朝鮮人は植民地・分断史の被害者」

 鄭教授は2006年に続いて12年ぶりに韓国を訪問することができた。2009年、李明博(イ・ミョンバク)政権は彼が韓国の地を踏むのを拒否した。朴槿恵(パク・クネ)政権も同じだった。2016年6月、鄭教授は自分の著書である『誰のための和解か』(日本語題:『忘却のための「和解」―『帝国の慰安婦』と日本の責任』)出版記念講演のために帰国しようとしたが、韓国の入国が止められた。同書は、慰安婦被害者に対する日本政府の法的責任を否定して議論を呼んだ朴裕河(パク・ユハ)世宗大学教授の『帝国の慰安婦』を批判する内容が書かれていた。昨年文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足した後、ようやく彼の韓国入国の道が開かれた。これに先立ち、文大統領は「在日同胞は国籍を問わず故郷訪問を正常化する」として、政府の態度の変化を予告した。

 長い間韓国で会うことができなかった鄭教授の講演日程はハードだった。入国翌日から日本軍慰安婦研究会、歴史問題研究所、民主社会のための弁護士会、ソウル大学人文学研究院が主催した6回の講演を一週間で消化した。講演のテーマは彼自身の「アイデンティティ」であり、専攻でもある朝鮮籍問題、そして慰安婦問題だった。

 1980年、日本の千葉県で朝鮮籍の在日3世として生まれた鄭教授は、小中高校まで朝鮮学校に通った。日本は1947年に在日朝鮮人の国籍欄に「朝鮮」と書くように指示したが、その後、日本に帰化しなかったり、韓国国籍を取得しなかった在日同胞は「朝鮮籍」として残ることになった。その数は3万人を超える。南北交流協力法では、国籍と韓国のパスポートがない外国居住同胞が入国するためにはパスポートの代わりとなる「旅行証明書」を持たなければならない。鄭教授は、日本の大阪総領事館で旅行証明書を受け、2005年と2006年に二回韓国を訪れたが、2009年に急に発給を拒否された。彼は「私はその時まで『朝鮮』は朝鮮民主主義人民共和国であり、韓国に行くことは“転向”のように思われ、行ってはならない国だと思った。だが韓国に行けなくなると、もはや行かなければならない国となった」とした。

 政府は、鄭教授の朝鮮学校卒業、1999年に在日本朝鮮人総聯合会(総聯)傘下の朝鮮青年同盟の代表団として訪朝したことや朝鮮総聯傘下の青年組織の幹部活動などを問題視した。これに対して彼は、2009年8月に「旅行証明書発給拒否を取り消してほしい」という行政訴訟を起こした。彼を支持する人々は「朝鮮籍は韓国も北朝鮮も日本も選択しない無国籍者」であり、彼らの選択と人権を保障しなければならないと主張した。1審は「旅行証明書を発給しても国家の安全保障と秩序維持、公共福利を害すると見なすことはできない」として鄭教授に軍配を上げたが、控訴審と最高裁判所は「訪朝活動などを考慮すると、旅行証明書発給を拒否したのは適法だ」と判断した。

 裁判の結果と関係なく、鄭教授は深い悩みに陥ったという。「朝鮮籍の中には無国籍者という意識を持つ人もいるが、私は『南か北か』と問うならば『北ではないわけじゃない』と思うんです。しかし、こう言うと韓国の枠組みでは『それで結局北を選んだというわけだ』としか解釈できません」。彼は「日本で生まれ育った私が民族を想像したり、朝鮮半島に行きたいなど親近感を感じるのは自然なことではなく、相当な努力が必要なことだ。民族という感覚を北と密接な関係を持った朝鮮学校を通じて得たが、南に行くためにそれを否定したくはなかった」と語った。

 彼の祖父は慶尚南道固城(コソン)で生まれた。彼は故郷へ帰る権利、故国を訪問する権利は、韓国あるいは北朝鮮に対する支持とは関係のない、民族という別の次元の問題だと考える。「日本の植民地支配で『朝鮮籍』ができ、南北分断で故国を訪れられないようになったため、その責任は植民地の被害者の子孫である私ではなく、南北分断政府にある」と指摘した。民族が基準になれば、南と北の区分は無意味ということだ。

 70年以上「南と北」という枠の外で生きてきた朝鮮籍の現実を理解するには、「南か北か」という質問は狭い。鄭教授の祖父は朝鮮籍を選んだが、故郷を訪問したいために2000年代に入り韓国国籍を取得した。他の家族も韓国国籍を持っている。

 「次の入国」を確約できない鄭教授は、この言葉を必ず伝えたいと言った。「私が望むのは、韓国の観点で朝鮮籍のイメージを描かないでほしいということです。代わりに植民地の歴史、南北関係、海外同胞を前提に朝鮮籍の人生をそのまま受け入れてほしい。『南か北か』を超えて、質問を改めて下さい」

キム・ミンギョン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

転載元転載元: 今 言論・表現の自由があぶない!

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