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自虐史観の葬送のために!守るべきは社稷であって国家ではない!

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NIKKEI Biz Plusに面白い記事があったので紹介したいと思います。その記事とは、「オルフェウス・プロセス(1)――指揮者なき楽団と組織管理」 (モバイル・インターネットキャピタル社長 西岡 郁夫氏)です。

 これは、モバイル・インターネットキャピタル社長の西岡郁夫氏が一橋大学大学院・モルガン・スタンレー共同セミナー「オルフェウス室内管弦楽団に学ぶ:新時代の組織運営」という催しに参加されて、お考えになったことについてお書きになったものです。

 オルフェウス室内管弦楽団は、1972年に創設され、カーネギー・ホールを拠点に活動、4度のグラミー賞に輝くなどの実績を重ね、世界的賞賛をえているといいます。

 まずは、西岡氏によるこの楽団のリハーサル風景の紹介から、

《オルフェウスのコア・メンバー(各楽器の代表者10名弱)が入場してリハーサルを始める。この日の楽曲はモーツァルトの交響曲第41番ハ長調〈ジュピター〉だ。メンバーはコンサート・マスター(第一バイオリン)の佐藤瑛里子さん(リーダー)をよく見える場所に席を取る。佐藤さんの合図に従って演奏を始めて5分ほど経過したところで、リーダーが演奏を止め、「ここのところのテンポはもっとゆっくりと、むしろ抑揚をつけて、このようにしたらどうか」とバイオリンだけを演奏してメンバーに問い掛ける。オーボエ奏者が「賛成。僕もそう思っていた。それなら自分はこう演奏して対応する」と演奏してみる。

フルートが「その方がいい」と応じる。リーダーは「じゃ、みんないい?」と全員を見やってコンセンサスが成立したことを確認すると、「じゃ、ここからもう一度」とバイオリンを構え、合図を送って演奏を始める。しばらく演奏すると、第2バイオリンの奏者が「ちょっと待って。ここのフレーズは軽やかで生き生きした感じに演奏したが、作曲者の意図はもっと重厚な感じを出したいのではないか」と問題提起をし、そのようにバイオリンを弾いて見せる。

それに対してチェロやビオラ、フルートと各パートの演奏者が意見を述べ、「僕は重厚な方に1票を投じる」などとコンセンサスを作っていく。注目すべきはそれぞれが異なる楽器の演奏法に対しても注文を付けたり、自分の演奏法への意見を求めていたことだ。

このようにしてオルフェウスはコア・メンバーがまず楽曲への解釈と演奏法を全員参加の議論を通じて組み立てて行き、それが確立したところで約30名の楽団員全員が登場し、コア・メンバーの方針を伝えた上で、全員によるリハーサルを行い、また同じディスカッションのプロセスに入って行く。このようなリハーサルを繰り返して最終的な演奏法を確立していくのだ。これをオルフェウス・プロセスという。

最大の特徴は「指揮者がいないオーケストラ」と言うことである。》
 

これを読む限り、「指揮者のいない楽団」という、巷での言われ方は少々不正確かなという気がします。指揮者が果たすべき役割を二段階に分割し、第一段階をコアメンバーが、最終的な仕上げは全員で行っているという方が正確でしょう。まさに、マルクスが“指揮労働は協同労働を行なう限り不可欠だが、一人の個人に固定化される必要はない”と考えていたそのことが実際に行なわれているケースです。

西岡さんの観察は鋭く、異なるパート間の協議に注目すべきという指摘は重要です。協同労働の各過程の担当者が相互的に指揮者の役割を果たしあう関係です。

さて、この日のセミナーのテーマは「オルフェウス・プロセスが現代の企業においても有効な組織管理手法になり得るだろうか」というものだったのですが、これに対する西岡さんのご意見がまた大変興味深いものなのです。まず、西岡さんは、楽団員たちに次のような質問をしたそうです。

《楽曲は指揮者の解釈でその演奏法が決まる。その解釈をあなた方は合議制で決めているが、もし、たとえば小沢征爾が貴方たちを指揮したらもっと素晴らしい演奏にならないのだろうか? 

オルフェウス・プロセスはあなた方全員の溢れる才能を本当に最大化できているのだろうか? オルフェウスでは楽員が指揮者の管理下の一つの歯車にならず、演奏法の確立に参画できるので幸せそうだし、もし私が演奏家でどちらか選べと言われれば私も幸せなオルフェウスを選ぶが、しかし、
全員の才能を最大限に発揮する*ためにこのプロセスが最適とは思えない》
 

そして、結論的には、次のようにお書きです。

《問題はオルフェウスの組織としての目的の設定であろう。もし、オルフェウスの目的がオーケストラとしてのパフォーマンスすなわち「高い音楽性と収益性を同時に達成すること」であるなら、多くのレパートリーを持ってできるだけ多くのコンサートを実現するためにはリハーサルの生産性を考えなければならないだろう。得意な楽曲の数も聴衆の希望を満足させるためには多いほうがいい。その目的のためにオルフェウス・プロセスが最適と言えるだろうか?

従来の指揮者による独裁的な楽曲創りは生産性からだけ見るとずっと効率的だろう。そしてオルフェウスは、世界で十分名声を博した指揮者を呼べるオーケストラであるのだから指揮者の質にも量にも事欠かないはずだ。

しかし、オルフェウスの組織としての目的が「多少は収益性と音楽性を犠牲にしても、演奏家が芸術家として自己実現をして幸せに生きたい」という事ならオルフェウス・プロセスは最高である。最後は各演奏家の選択であろう。しかも、オルフェウスはカーネギー・ホールを本拠とするほどの優秀なオーケストラであることはすでに述べたところだ。

繰り返すが、僕だって演奏家の立場なら断然オルフェウスを選ぶに決まっている。 ただ、今回のテーマは「オルフェウス・プロセスが企業の組織運営に活用できるか」であるので、敢えて私は「小沢征爾+ゴーン」方式がビジネス・プロセスとしては最高のパフォーマンスを発揮すると考えている。》
 

注目すべきところは、「僕だって演奏家の立場なら断然オルフェウスを選ぶ」と仰っているところ。演奏家の自己実現と幸福を「生産性」よりも優先するのなら、オルフェウスは最適だと認めておられる点です。そして、資本主義的企業においては、そうは行かない、構成員の自己実現や幸福よりも、「生産性」や収益性を優先せざるをえない資本主義的企業は、オルフェウス・プロセスを採用できないと主張されています。

これは、すごいことです。

資本主義というシステムが個々の構成員の自己実現や幸福よりも、全体として収益性や「生産性」を優先するシステムであることを公然と認めてしまっているのですから。

そこで、逆にお伺いしたい。確かに僕らが今現在暮らしている資本主義というシステムは、個々の成員の自己実現や幸福よりも、全体として収益性を優先するシステムですが、今後もずーッと、個人の自己実現よりも、企業の収益性を、社会の経済的成長を優先しなければならない理由はどこにあるのですか?…と。


注:「全員の才能を最大限に発揮する」という言葉には注意が必要。何のために、どのような目的のために才能を使うのかということまで考える必要があります。西岡さんは、「多くのレパートリーを持ってできるだけ多くのコンサートを実現するためにはリハーサルの生産性を考えなければならないだろう。得意な楽曲の数も聴衆の希望を満足させるためには多いほうがいい。その目的のためにオルフェウス・プロセスが最適と言えるだろうか? 」と述べていることから、収益につながる生産性、労働量についての最大限を考えていることは明らかです。もちろん一定以上の質の追求を前提にしながら、同時に量の最大化を追求しているわけです。演奏曲数が少なくなってもいいから、一曲、一曲の質をこそ上げようという発想ではないということを確認しておきましょう。

 

転載元転載元: 草莽崛起〜阿蘇地☆曳人のブログ(桜の下に「日本」を屠る決意)

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