ここから本文です
自虐史観の葬送のために!守るべきは社稷であって国家ではない!

書庫全体表示


《共産主義社会主義の人へ質問です。

自分は資本主義なので、共産主義の良さがあまり分かりません。たしかに、(桁小さくしてます)100万を2に分けるんだったら、誰も文句言わないと思うんです。1ヶ月生活できる。


でも、100万を20人分けるんじゃちょっと一ヶ月生活できないと思います。

人間が感情を持たないロボットなら共産主義はうまくいくと思います。

そもそも平等だから争いが起こらないってのが間違ってると思います。

簡単に説明すると、
所持金を同じにしててもカツアゲって起こりますよね?(最近少ないですが)あれって、自分がお金持ってないからカツアゲするっていうより、年下とかからお金を奪うのが楽しいんですよね?

それと一緒でいくら平等にしようが、争いは起こると思います。
もし平等にしたら、「自分がいくら働いても何も変わらないんだな・・・」とやる気をなくす人と「なんで平等なんだよ、俺を人の上に立ちたいんだー平等は嫌なんだー」と犯罪を起こす人
がいると思うんです。

こうなってしまえば、国は衰退し、どんどん荒れてしまいます。
では政府はどうするのか?⇒独裁

になりませんか?

もちろん共産主義にもメリットはありますし、資本主義にもデメリットはあります。共産主義、資本主義がいいと思う人、何でいいのか教えてください。


大きな勘違いをされています。

マルクス以降の新しい(「比較的」と付けるべきかもしれませんが)共産主義者は,財産の均分には,そもそも反対なのです。

人間それぞれ違うのにどうして同じものを同じだけ消費して暮らさなければならないのでしょうか。

マルクスはそれは私的所有の否定ではなく,かえって私的所有の精神そのものだといって非難しています。国家という資本家が支払う給料の平等など人間性の否定だからまっぴら御免だと。

デマに騙されて,「共産主義とは,これすなわち財産均分の思想なり」と信じ込むのは,大きな,大き,なあまりにも恥ずかしい間違いです。

マルクスが「平等」というときそれは,財産の話ではなく,一人一人の人間が他人に従属することをなくすという意味です。支配・隷属関係の廃止という意味です。

マルクスが私的所有の廃止というときそれは,消費財の均等配分ではなく,生産手段の独断使用の廃止の意味です。生産手段を協同労働の実現手段として活用しようという話です。今どきのものでいえば,ウィキペディアなどのようなマスコラボレーションの提唱なのです。

財産の均分とか国営経済とかは,マルクスよりも50年も100年も前の旧式の共産主義者の主張であって,それらを批判することによってマルクスは自分の思想を形成したのです。

財産の均分と国営経済を目指す旧式の共産主義なんて,糞とゲロを混ぜたものよりも劣ります。そんなものに何のメリットもありません。資本主義と比べるなんて資本主義に失礼ですよ。



顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事