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自虐史観の葬送のために!守るべきは社稷であって国家ではない!

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国家は共同体だ

人間同士の協力関係が真に実在する関係であるなら、その関係がよって立つところの実在的基盤が存在するはずです。例えば自然環境、また、住居や調度品などの生活手段は、その使用様式という文化の媒体です。

こうした実在的基盤を持たないところに、無理に共同体を作ろうとすれば、信仰等の観念にもとづくカルト的な集団を構成するしかありません。そして、あべこべに「助け合っている」という妄想に実在性の衣を着せるために、種々の儀式や小道具が必要になります。指導者の肖像画、徽章、ユニフォームetc.

さらに儀式の度にその集団の統合のシンボルを褒め称える歌を歌いましょうなど。

「国民国家」の「共同性」こそ、このような作られた「共同」妄想に他なりません。

幻想の共同体と云うやつですね。

国家と云うものが、真に共同体として存在しうるとしたらそれは支配階級・搾取者階級にとってのみのこと。労働する諸個人が、自分もその共同体に所属しているのだと思うことは幻想であり、自虐的な悲劇を招くことになるのです。




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