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自虐史観の葬送のために!守るべきは社稷であって国家ではない!

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先進国における個人的困窮の多くは、過労死、不況期の倒産、失業による自殺などでしょう。

くわえて、先進資本主義型の人間性喪失は、公共性の衰退という形で現れます。人々の関心が自我へと内向し他者とのコミュニケーションが破綻に瀕する機会が増えています。自分の振る舞いが他人にどんな影響を与えるか想像することのできない人が増えています。

それが資本主義とどうかかわるのか、という疑問が生じるかもしれません。公共性の衰退は、われわれの生活が決定的に商品に依存したものとなっていることと無関係ではありません。われわれが消費者として生活する限り、出来合いの商品の中から、個人的な裁量であれやこれや取捨選択することで基本的に生活が成り立つようになっているので、わずらわしい人間同士の交渉抜きで、物に囲まれてて生きることが可能だからです。

多くの人が自分の労働力を他人に売り渡し、購入者の指示の枠内でしか自分の能力の発揮を許されていません。しかし、消費者として物と向きあうとき、自分が所持する貨幣の威力を思うままに操ることができます。だから、労働行為よりも消費行為こそが自由の発露と感じ取られることになり、勤労意欲も一般的には衰退の傾向を示すことになります。その結果、責任感の強い人が過重な負担を引き受けてしまいがちです。

環境問題も、システムの客観的な構造の問題であるとともに、このような商品依存文化の影響も強く受けた問題であると思います。われわれは、自分が購入した物、今使っている物の利便性からしか、事の善悪・合理性を判断できなくなっているのです。

このように今日先進国においては、人間性剥奪は自己決定不能の事態としてではなく、自己決定が自己否定に転回する事態として現れています。これはまさしく疎外と呼ぶべき事態です。

 

転載元転載元: 草莽崛起〜阿蘇地☆曳人のブログ(桜の下で「日本」を屠る決意)

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