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自虐史観の葬送のために!守るべきは社稷であって国家ではない!

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過労死・過労自殺、少子化、マタハラ、いじめによる殺人・自殺、そして津久井やまゆり園の実存的殺人。

なぜ、かくも人の命が、生物学的な生命だけでなく、むしろその尊厳そのものが、軽んじられることになってしまったのか?福島智氏がいうようにまさに、個々の人間の存在意義そのものを抹殺することを、積極的に意図して殺人が行われたのである。

それは、我々の生の転倒性の帰結ではないのか?

我々が生きていくための手段である生活資料や生産用具が、自己増殖する価値(=資本)の手足、肉体として、価値の実体である労働を、その源泉である労働力を、抽出し、自己に同化させ、一種の疑似生命体として成長を遂げる社会において、人間は、もはやこの疑似生命体にとっての「生活手段」としての意義しか持ちえない。

したがって、資本が自己増殖するためにどうしても必要としている労働力を提供できないような人々は、この社会においては、その存在意義を否定されるのである。

出口はどこにあるのか?

事態の深刻さは、すでに露呈したといえる。では、この状況を打破しうる手段もまた、資本によって提供されているのか、資本が自分を殺す毒素を作り出しているのか、問題はそこにこそあるのだろう。




転載元転載元: 草莽崛起〜阿蘇地☆曳人のブログ(桜の下で「日本」を屠る決意)

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