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自虐史観の葬送のために!守るべきは社稷であって国家ではない!

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《人間の類的存在という 本質の現実化としての人間解放などという思想は、解放の予定調和だと論難されても、甘受するしかない。その点で、これは、言ってみれば、マルクス及び我々の一種の信仰告白かも知れない。》

《ひとまずは、どうしてもこのように限定しておかなければならないのであるが、しかしそれでは、このマルクスの解放のイメージは、全く根拠のない夢想の産物に過ぎないだろうか。》

《これは、我々の全く見知らぬ世界と いうわけでもない。彫刻家や画家の制作活動、或いは、音楽家の演奏活動等の場合にこうした世界があるだろうことは容易に想像出来る。そうでない市井の勤め人にとっても、趣味の世界や、ボランティア活動などのうちにそうしたイメージの実現を垣間見ることは有る。チーム・スポーツの世界についても同じことが言えるかもしれない。或いは、本格的な大衆運動の高揚のなかで、連帯や他への献身のうちに、ひとは、しばしば、自らの歓びを見いだすことが出来る。》

野原光「時代に応えうる人間的連帯と共同社会の像を求めて」


⇒「解放のイメージ」は、このような偶然的な事象、たまさか物象的依存関係の支配を免れた非「ホモ・エコノミクス」的な人間の在り方として、散見されるだけではない。むしろ、物象的依存関係に支配された「ホモ・エコノミクス」的な人間の在り方に対する、かなりの程度まで自覚的な反抗として、例えばフェアトレードや産直運動、産消連携協同組合等々として出現し、その勢力圏はいまだ限られているとはいえ、徐々に定着する傾向を示しているのである。




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