アスターク同人

山のエキスパート集団、アスターク同人!アスターク同人と内部分会妙高やまの会の公式ブログです。

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〇スイス・グリンデルワルト〜ツェルマット〜マッターホルン その11(最終回)
〇8月4日(木)ツェルマット〜チューリッヒ国際空港〜ドバイ空港
〇投稿者 関原

 ドミトリーの6人部屋は、5人分の荷物は有るが寝ているのは2人と静かだ。昨日の長いあの感動の1日から一転、今日は帰国と慌ただしい。もう一泊して、グッスリ一日中寝ていたい。 
 昨日、フロントの女性にマッターホルン登頂の報告をしたら、私のガイドMrマイクと友達だと分り仲良くなったので、早朝のチェックアウトとホテルの玄関で一緒に撮ってもらう。すると彼女は壁に飾ってある記念プレートを指先して、このホテルの建設に日本の岳人から援助してもらったと話してくれた。ツェルマットと日本の山岳会の友好が、このホテルの歴史と文化をつないでいる。
 9日間このホテル滞在での出逢いに感謝して「今度いつ来るの〜」彼女の問いに「来年」と笑顔で答える。マッターホルン、ホテルバーンホフ、最高の立地と環境に感謝です。また来ます。

 IC列車がチュウリッヒ空港まで行くと思っていたら誰も居なくなり,最後の乗客に,ここからはバスと言われ慌てて降りた。直ぐ駅前にバスが居たので慌てて飛び乗った。あれ〜旅行者がいない。乗客に空港に行くか?聞いたら、NO。バスは、ドアが閉まり発車する寸前! NOと叫び、すみませんと周囲に謝り、ドアを開けてもらう。
 このバスに乗っていたら飛行機に間に合わなかった。もうハラハラドキドキ。グーグルで検索すると、今乗ってきた電車が1時12分に空港に向けて発車すると情報が出る。なら乗っていれば良かっただけだ。電車の掲示板も確認しても、一歩間違えたらと思うと自信が無い。近くに居たスイス人に,「この電車は、空港に行きますか?」と聞くと言葉と手でOKジェスチャー。安心して乗車するが、出来るだけ出入口近くに座る。これで間違えると空港の受付時間に間に合わない。

 1時35分 、チュウリッヒ空港駅に着いたが、スイス航空は見つかるが、エミレンツ航空は全然見つからない。広過ぎる。日本の羽田空港と違う。インフォメーションに走って駆け込んだ。1時50分、エミレンツ受付カウンター前には数人しか残って居なかった。間に合った安堵感で嬉しくなる。
 受付カウンターで、ホテルでの予約でプリント出来かったので、iPadをビクビクしながら見せてOKを貰う。しかし、手荷物に問題発生。キャリーケースが25kgに機内手荷物のザックが15kg。手荷物は8kg以内らしく、キャリーケースに入れて手荷物の重さを後7kg少なくしないと機内への持ち込みは出来ないと言われる。しかしキャリーケースはパンパン。
 カウンター前の乗客が居なくなった通路で、キャリーケースとザックの荷物を広げ,荷物を3ツに分ける。8kg入れて持てる袋、スーパーの買い物用バッグが役に立った。航空会社によって手荷物の重さの規定が違うことを知った。
 買い物バックはザックより持ちにくく思い。このバラのバックを検査所で広げるのは、スマートでは無いが仕方ない。安全の為にベルトまで外してゲートに入るが赤ランプ。なぜ?と全身を探る。これだ。マッターホルン登頂の小さな記念バッジが、ズボンのポケットの奥に入っていた。検査官に伝えるが指紋検査もさせられて、やっとOKとなる。やれやれ〜日本へ帰れる。 

最後に
 私は、今回マッターホルン登頂の記録を残す事で、マッターホルンに登りたいと思っている私と同じ思いの方々へチャレンジするきっかけを与えられたら嬉しいと思います。
 私、英会話 出来ません。海外へ一人で行った事、1度も有りません。スイスに知り合い居ません。それでも行ってくることが出来ました。
 4月からネイテブ英会話スクールに通うも全然ついていけず自信を無くし、出来ない理由を並べては言い訳ばかり考えていました。仕事は忙しいし、2週間も休めないし、次男の結婚は9月だし、怪我や万一が有ったら〜どうする?
 「一人で、マッターホルンに登りに行くなんて、何考えているの?500人以上死亡している山だって言うし、新聞で日本人滑落死亡の記事も有った。それでも行くの?」
「はい、それでも行きます。」 自分の家族、仲間、そして完成前の仕事 そのリスクを分ってもチャレンジしたい。それほど憧れた山マッターホルン。 
 
 23歳の時、絶対に登ると熱く語った日々が有りました。しかし高額な渡航費用、長期休暇、周囲の反対、先輩の結婚と諦めるしかなかった。それから30年、お互い50代になって、この諦めていた夢をもう一度と、「剣岳 チンネ左稜線」を目指すも2年続けて長次郎谷で雨天敗退。3年目の夏に先輩は、膵臓ガンの告知を受け54歳の終焉を迎える。 
 信じられない現実を受け入れるには、「チンネ左稜線」を登る事。そう心に決めた。素晴らしい仲間に恵まれ、チンネ左稜線、残雪期の剣岳源次郎尾根を完登して、その先にマッターホルンが輝いていた。もう少し、もう少し頑張れば、その輝きに手が届く。そう思った今年。行動しないと、結果は得られない。

 準備は8割。上手くいくも行かないも天気や色々な諸条件は、自分ではどうにもならない。 「人事を尽くして天命を待つ」この言葉が好きだ。何かしようとするとリスクは増えるが、新たな行動は経験を通して、新たな気づきを与えてくれる。これが私の生きがいや山との人生を、豊かにしていると思う。 
 最後まで読んで頂きありがとうございました。またどこかの山で逢いましょう。        

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マッターホルン登頂おめでとうございます。前向きな姿勢にとても心を打たれました。 削除

2017/9/17(日) 午後 8:29 [ こば ] 返信する

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関原さ。んほんとうにおめでとうございます。感動しました。忘年会に写真集やお話を聞聞かせてください 削除

2017/9/18(月) 午後 10:03 [ babysika ] 返信する

忘年会かあ〜〜

夏の山行を忘年会とはね〜 苦笑)
時の経つのは早いですね。

2017/9/21(木) 午前 7:52 [ ark*07* ] 返信する

> babysikaさん
お読み頂き、誠にありがとうございます。
どう感動したのか?教えてね〜

本人の必死感が伝わったかなぁ

2017/9/21(木) 午前 7:54 [ ark*07* ] 返信する

> こばさん
ブログでは、喜怒哀楽の本当の気持ちを書きました。
出来る出来ないを決めているのは、自分の気持ち次第。
亡先輩にも、マッターホルン登頂証明コピーをラミネートして仏壇に飾ってもらいました。2人で登りましたからね〜

2017/9/22(金) 午後 0:50 [ ark*07* ] 返信する

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外国での登山は「山に登る」以外にクリアしなくてはならない壁がいっぱいで想像しただけで大変そうですね。
気力も体力も充実している若いときじゃないと難しい気がします。
登山に対する捉えも日本とは違って、厳しい姿勢であることがうかがえました。
その違いを肌で感じ、念願の登頂を果たした関さんにもっとお話をお聞きしたいですね。

2017/10/2(月) 午後 10:40 [ hal*el*jya* ] 返信する

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