愛知のナントカナーレとか不自由展なんちゃら

う〜ん、アレね、ネットで武田邦彦氏の解説をユーチューブで聴いたが中々整理されていて腹に落ちた。
芸術で無いという評価もあったと記憶するが、芸術云々はこの際はすべきではないというのが私の考え。

このケイジュツというものは恣意的なものがあって、この部分には介入しない方が無難。
勿論、あんなものは、つまり慰安婦の像とか昭和天皇の写真を焼くとか特攻隊の寄せ書きを茶化したオブジェ
とか、私はまったく認めないけれども。

橋下徹氏が、慰安婦像を展示するならもう一方に通帳を持った慰安婦像を同時出品して政治的にバランスを
取るべきだ、という半分冗談の、それでいて法律家らしい相殺論、法曹のシンボルが天秤ばかりだから
彼らしい理屈だと感じた。これは法律家というよりも、彼自身の物事に対処するための方法論なのだとも感じた。

私はこういう政治的で評価が両極に別れるであろうものに対する正しい方法は、政治的に両極の評価をオブジェ
の前に看板で併記すべきだと思うのだ。両陣営の主張を公平に併記する。同時にそれを観覧したお客も
作品にたいする意見を述べる機会を与える−−−例えば、アンケート用紙に意見を書くようにし、後日、
ネットで公表する、または、ネット上で意見を書き込みできるフォームを設営する、とか。

ともかくこのような極めて政治的な内容を含むものにあっては、一方通行でない双方向の表現システムを考える
べきであった。こと公の、国民の税金が投入される展覧会では。そもそも表現の自由をアピールしたかった訳で
あろう?なぜに展示物を見たお客たちの表現を考慮しなかったのか。国民の一部とはとてもいえないであろう
反発の感情、仮に一部であってもだ、そうしたもの、だから過去の展示会では出展できなかった曰わく付き
のもの。これらは一部とは言えないであろう人々の反発したいという心情表現を封殺している性格を持つもの
であったのだろう。

私のもバランス論であるが、橋下氏のバランス論は中身の本質を論じない外形的な解決法だと思う。

愛知県知事の大村は憲法に認められた表現の自由なるものを持ち出してきた。
この思考法も橋下氏同様、というか元官僚的というか、優秀な官僚、つまりは優秀な実際家とは、
事の本質への考察をすることなく、出来合の都合の良い、底が浅いが通りの良い概念を組み立てて
水戸黄門の印籠のように持ち出すのが得意な人たちだ。

大村は表現者の表現の自由に言及するが、その表現を受ける側にも同じだけの表現の自由があるという事実
を失念している。芸術か否か論争同様に、表現の自由の概念は広大、かつ玄妙なのだ。
そもそも権力者でもある大村が主張する表現の自由という主張は、一体誰に向けられているのか。
それはほとんど名も無き庶民たちであろう。そのほとんどは有効な表現手段を持たないのである。

この件について小林よしのりはなんて書いているのかと思いついて彼のブログを覗いてみると、14日の
時点でもまったく触れていない!13日にはブログを更新しているのにである。
バックに近年良くしてくれる朝日新聞の息のかかった人物がいるせいなのか・・・。

それにしても小林よしのりのブログは彼の漫画よりも100倍面白い。
こと彼の女系天皇論は秀逸である。
むろんこの「秀逸」は皮肉であるが、彼は物事を少しだけ深く読む習慣が無いとしか思えないのだ。

概念と概念を結びつけながら論理=言葉を構築する。
表には出なくても概念はその他の概念と繋がっている。

表現の自由の「表現」とは例えば慰安婦像なら慰安婦像だけではなく、それを見る側の心の内側に湧いてくる
情念もまた表現の卵なのである。それを否定すればテロを呼ぶ。つまりは暴力である。テロとは表の表現を
持たない者の為す究極の表現行為だからだ。

ある種の概念を狭義に使い、それが意図的ならば詭弁であろうし、知らないなら詭弁よりも危険だ。











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しゆぽんぐる
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