三重県鈴鹿市に「白子の子安観音」と呼ばれる由緒深い古刹がある。
各地に国分寺を建てたり、盧舎那佛(奈良の大仏)の造立等、天平文化が盛んであった天平年間末期(748年)に創建されたと伝えられる。
高野山真言宗の観音寺でご本尊はその昔、鼓ヶ浦の海の中から赤ん坊に背負われて現れたという「白衣観世音」である。
安産、子育て、子授けに霊験ありと1200年間、信仰されていて 全国から参拝に訪れる。
(以上「観光みえ」を参考)
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| | 仁王門(三重県有形文化財) |
元禄16年(1703)に建立されたもので正面両脇に金剛力士を配す。
桁行7.4m、総高12.3m、の本瓦葺き その造りは江戸時代の楼門の典型というべき堂々とした構えである。
(以上、当寺案内板より抜粋)
これは最近(’00年?)建てられたようだ。 以下、案内板によると
この三重塔はひろく人々の苦難を救われる観音様の功徳を求め、御縁の深い皆様の御安泰と子孫繁栄を祈念し、併せて寺門興隆の悲願をこめて建立しました。
境内には金剛界大日如来・文殊菩薩・普賢菩薩の三尊をお祀りしました。私達の人生や子育てに大切な知性と感性をお授けいただく佛様です。どうぞあらたかな功徳をお受けください。
その他に当地の鋳物師の手による県有形文化財の銅燈籠がある。
この一族は豊臣家滅亡の発端となった「方広寺の鐘(下の写真)」や上野東照宮の銅燈籠なども手がけるなど優れた鋳造技術を持っていたそうだ。
詳しく調べれば面白いことが出てくるかも知れぬ。
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りっぱなお寺ですね〜。行ってみたいです。
2006/12/17(日) 午後 3:40
トントンさん、ここは自宅から近場なのに初めての参拝でした。トントンさんの近在にもそんな所がきっとありますよ。
2006/12/17(日) 午後 6:22