お茶の子さいさい

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弘仁寺

山の辺の北道

弘仁寺(奈良市虚空蔵町46)は名阪天理東I/Cから北へ厄1.5kmの小高い山の中腹に建つ。
山門への途中、下方に昔、懐かしい火の見櫓が望見できた。
イメージ 1 火の見櫓
やがて山門に到着、入口に置かれた協力金箱へ¥300を投入して拝観する。
イメージ 2 本堂
イメージ 3 明星堂

ここは弘仁5年(814)嵯峨天皇の勅願で弘法大師が創建したといわれる。
室町時代に松永彈正久秀の兵火により 大部分が焼失、寛永6年(1629)に僧宗全により再建された。
イメージ 4
明星菩薩立像(重文)は現在奈良国立博物館に寄託中である。
ご本尊は虚空蔵菩薩。 虚空(宇宙)を藏とするので 知恵や功徳を無限に備えた菩薩である。
知恵の菩薩への感謝として ここには江戸時代の算額が2点、奉納されている。
『ウィキペディア(Wikipedia)』によると
算額は、和算において、数学の問題が解けたことを神仏に感謝し、ますます勉学に励むことを祈念して奉納されたと言われる。やがて、人びとの集まる神社仏閣を数学の問題の発表の場として、難問や、問題だけを書いて解答を付けずに奉納するものも現れ、それを見て解答や想定される問題を再び算額にして奉納することも行われた。
このような算額奉納の習慣は世界じゅうをみても他に類例がなく、日本独特の文化といわれる。数学をも「芸」ととらえる日本人の思考法がよくあらわれており、その一部は重要文化財や民俗文化財に指定されている。明治時代になると、日本には西洋式数学[1]が導入されることとなったが、算額奉納の風習は、この導入を容易にしたとも評価されている。
こんな知恵を授かるようにと 十三詣と称して 子供が数え歳の十三歳になった4月13日にお参りする仕来りがある。
十三歳というのは 初めて迎える自分の干支年(初めての年男、年女)、厄年、成人式等の意味があるそうだ。
孫達が十三歳になれば 厄除開運、知恵と福寿を授かりに お参りに連れてくるかな。
イメージ 5       白河溜池

閉じる コメント(4)

和算というのがかなりのハイレベルにあったと聞いていますが、実際にどのぐらいのレベルだったのでしょうね。
西洋式数学の導入で忘れ去られてしまっているのは、いかにも残念です。

2008/10/15(水) 午前 0:27 houzan

寺社の屋根瓦、美しい事。瓦のこと詳しくないのですが四方の裾はどんな瓦なのかしら。2波になっているのも何かいわれがあるのかなぁ。

2008/10/15(水) 午前 6:30 miz**ami*35

houzanさん、和算は教科書で関孝和が立体の体積を積分的な数式で解いていたと習った程度しか知りません。西洋数学が動的な現象解析の為に微分法を、和算は図形とか静的な麺から積分法が重んじられたとか聞いたようなーー。
小学生のときに父からねずみ算の問題を出題され 解けなかった覚えがあります。
和算があったので 西洋式導入が容易というか 融合したのかもしれませんね。

2008/10/16(木) 午後 11:50 asuha886

水上先生、指摘されるまで気が付きませんでした。
四方の裾の瓦とか2波の謂われ、恥ずかしながらなにも学習していませんでした。機会があれば再度、勉強してきます。

2008/10/17(金) 午前 0:31 asuha886


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