お茶の子さいさい

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1−逢坂山(1)

逢坂山(1)

(1)文学に登場する逢坂山
都人は逢坂山に格別の思いがあるようで百人一首にも詠まれている。

これやこの 行くも帰るも別れては 知るも知らぬも 逢坂の関     (蝉丸)
名にしおはば 逢坂山のさねかづら 人に知られで くるよしもがな (三条右大臣)
夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の関はゆるさじ  (清少納言)

源氏物語では「親添いて下り給う例も殊になけれど……」と六条御息所は斎王となった娘に付き添って 伊勢へ向かう。
その出発の日、光源氏は途中の二条院の前で赤々と篝火を焚き 榊につけた文を御息所に奉げた。
ふり捨てて けふは行くとも 鈴鹿川  八十瀬の波に 袖は濡れじや
 (今は 私を平然と振り切って行ってしまわれるが きっと後日悔やんで涙に濡れることでしょう.)
これに対する翌日の逢坂の関からの返り歌は
すずか川 やそせの波に ぬれぬれず 伊勢までたれか おもいおこせん
 (私の袖が鈴鹿川の波に濡れようがどうしょうが 遠く伊勢まで行ってしまった私のことなど直ぐに忘れてしまうことでしょう.)
出発後 最初の通過点が逢坂の関であることが分かる。
これ以外にも
枕草子に 「関は 逢坂、須磨の関、鈴鹿の関」といわれ 逢坂山は京からの長期旅行で最初の難関である。
蜻蛉日記に「せきにいたりて しばし車をとどめて 牛かえなどするに」とあり ここで牛を交代したらしい。
また、逢う坂は別れの坂の関と言われ ここで都から見送りに来た友人や親族との別れを惜しみながら 次の近江に向けて出立したことであろう。

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