|
佛隆寺への途中、お伊勢参りの道であった伊勢本街道を歩く方達とすれ違う。 歩けば40分は掛かろうが 途中の街道風景を楽しむのだろう。 佛隆寺の参道入口にある地藏堂から本堂まで大和三名段に入る197段の石段が本堂まで続いている。 途中、千年桜が聳えているのでゆっくりと観賞する。 http://blogs.yahoo.co.jp/asuha886/46783037.html 秋にはこの石段に沿って曼珠沙華が群生することでも知られている。
景観を楽しみながら登ると苦もなく本堂に到着。 宇陀市HPによれば 「佛隆寺は空海の高弟・堅恵の創建で、室生寺の南門すなわち正面の門として極寺と末寺の関係にある。更に、大和茶発祥地でもあり、空海が帰朝の際に持ち帰ったお茶を堅恵が寺内で栽培したものが全国に普及したとされ、茶臼も残っている。」成る程、大和茶発祥の地なる碑が建っている。 本尊十一面観音像や弘法大師像、茶臼、堅恵の石窟、など文化財が多い。 いろいろ調べれば面白そうなことがありそうだ。 |
ぶらっと
[ リスト | 詳細 ]
|
|
|
奈良市内から天理へ、国道169号を時々通る。 途中、由緒ありげな帯解寺の案内板を見かけていたが 先日、初めて立寄った。 社務所でもらった案内書を抜粋すると 約千年前、55代文徳天皇の染殿皇后がお告げによって帯解子安地蔵菩薩にお祈りしたところ間もなく惟仁親王(清和天皇)を御安産になられました。 天皇はお喜びになられ天安2年(858年)伽藍を建立、寺号を帯解寺と勅命された。徳川時代も3代将軍家光公に世継ぎがなく御楽の方が当寺に祈願、竹千代丸(家綱公)が誕生した。 それ以降、皇族や徳川家の信仰が篤かったそうだ。 家綱公寄進の手水鉢 そんなことから美智子皇后、雅子妃殿下、紀子妃殿下に安産帯を献納しされた。 本尊は「帯解子安地蔵菩薩」で弘法大師一刀三礼の作と伝えられ 国の重要文化財。 「裙帯地蔵(くんたいいぞう)」という帯を巻いたお地蔵さんで 日本最古の求子安産(ぐしあんざん)の霊像とのこと。 雨の中、私と同世代の団体がお参りにきて広くない境内が賑やかになった。
嫁か娘の「求子安産(ぐしあんざん)」を願ってお守りを求める方もいる。 その人ごみを避けながら若夫婦とその両親が祈願所に案内されていく。 こちらは代参でなく直参(旗本ではあるまいが)?か、ちょっと羨ましい気がする。 |
|
|
江戸時代に創業された酒問屋『小川酒店』は、川に面した藏を持つ河崎を代表する商家です(平成13年、国の登録有形文化財に登録)。 その建物を伊勢市が修復整備し、平成14年に伊勢河崎商人館として再生。 NPO法人伊勢河崎まちづくり衆が運営管理を行っています。
商人館内のまちなみ広場 |
|||||||||||||||||||||||||||||||


