お茶の子さいさい

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罰当たりなメジロ

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お地蔵さんの供物台にはまるで浴槽のような形の窪みが彫られている。
この浴槽はたっぷりと水を蓄えていた。

そこへ次々とメジロ達がやってきて 交互に水浴びを始めた。
ばたばたと水を跳ね飛ばして 気持ち良さそうだ。

お地蔵さんは微笑みながら見守っているだけである。

『おろしや国酔夢譚』

『おろしや国酔夢譚』
伊勢国の船頭大黒屋光太夫と船子達は神昌丸で白子湊から出帆、嵐によりロシアに漂着後十年の苦節を経て帰国した。

『おろしや国酔夢譚』はこの大黒屋光太夫を主人公とする井上 靖の長編小説であり ’92年には緒形 拳の主演で映画化された。

ここ、白子港には、光太夫達を偲んで記念碑とモニュメントが建てられている。
三重県鈴鹿市による記念碑に出帆から帰国までの経緯が記されている。
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モニュメントの前方にある記念碑は 井上 靖の碑文によるものである。

この碑文の結びには
神昌丸出航の日も、白子港は今日となに一つ変わりなく、蒼穹の下に、美しく波立ち、騒ぐ、白い波濤の絨毯を大きく拡げていたであろうか
とあった。 

この日も同じように、霞がかかった対岸の中部国際空港、突堤に憩う海鳥、波間に浮かぶカモメ、と波静かな海であった。
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また、本能寺の変を知った徳川家康が伊賀を越えて伊勢国に至り、異説があるが ここから対岸の知多半島に渡ったと云われている。

鼓ヶ浦

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「白子浦の海中より鼓の音が聞えたのでーー」“鼓ヶ浦”と呼ばれた三重県鈴鹿市の海水浴場。
ここは戦前からの海水浴場で砂浜と松林が美しい遠浅の海である。
誰が名付けたか「招仙の松」と呼ばれる松がのんびりと寝そべっている。
今は季節外れなので 海辺にも人影が無いが 夏場は賑わうことだろう。

子安観音寺

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子安観音寺
三重県鈴鹿市に「白子の子安観音」と呼ばれる由緒深い古刹がある。
各地に国分寺を建てたり、盧舎那佛(奈良の大仏)の造立等、天平文化が盛んであった天平年間末期(748年)に創建されたと伝えられる。

高野山真言宗の観音寺でご本尊はその昔、鼓ヶ浦の海の中から赤ん坊に背負われて現れたという「白衣観世音」である。
安産、子育て、子授けに霊験ありと1200年間、信仰されていて 全国から参拝に訪れる。
(以上「観光みえ」を参考)
 【観音寺正面】  【三重の塔】
仁王門(三重県有形文化財)
元禄16年(1703)に建立されたもので正面両脇に金剛力士を配す。
桁行7.4m、総高12.3m、の本瓦葺き その造りは江戸時代の楼門の典型というべき堂々とした構えである。
(以上、当寺案内板より抜粋)

智慧の塔
これは最近(’00年?)建てられたようだ。 以下、案内板によると
この三重塔はひろく人々の苦難を救われる観音様の功徳を求め、御縁の深い皆様の御安泰と子孫繁栄を祈念し、併せて寺門興隆の悲願をこめて建立しました。
境内には金剛界大日如来・文殊菩薩・普賢菩薩の三尊をお祀りしました。私達の人生や子育てに大切な知性と感性をお授けいただく佛様です。どうぞあらたかな功徳をお受けください。
その他に当地の鋳物師の手による県有形文化財の銅燈籠がある。
この一族は豊臣家滅亡の発端となった「方広寺の鐘(下の写真)」や上野東照宮の銅燈籠なども手がけるなど優れた鋳造技術を持っていたそうだ。
 【方広寺の鐘(2002)】
詳しく調べれば面白いことが出てくるかも知れぬ。

御破裂山

御破裂山(おはれつやま、ごはれつやま)

談山神社の境内左側に比叡神社がある。ここから裏山への石段を登るとT字型の分岐点に至る。
これを右に登ると「談山」の案内板が現れる。
この案内板によれば
談山(かたらいやま)海抜566m
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{談山神社の裏山に当たり 古くから「談所の森」と名づけられ 中大兄皇子と藤原鎌足公が 大化の改新の秘策を練られたところとされています。

その横に「御相談所」の小さな石碑が建っている。
「多武峰縁起」によるもので 二人が藤の花の下での談合により蘇我入鹿を討ち大化の改新を遂げたことから談山神社の社号となっているそうだ。



御破裂山 海抜618m
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分岐点まで戻り道を左に取れば 御破裂山の案内板があり それには以下のように記されている。

山頂に藤原鎌足公の墓があり 古くから国家に不祥事がある時に 神山が鳴動した記録が多く残っています。

またこの付近に自生する樹木は植物学上、大変貴重なる存在とされています。


この社の裏側に回ると 木立越しに 大和平野が眺望できる。

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私の前方を軽やかな足取りで登頂していた「山之辺道ばたさん(ブログ用名)」が 居合わせた人々に 「こんなに綺麗に大阪湾まで見れるのは珍しい。」と話されていた。

そして「その手前の山が二上山、中央右手辺りの広い空間が藤原の宮跡、反対側は畝傍山」と説明して下さった。
地理不案内なので おぼろげながらも位置関係が 掴めたのは幸運だった。

下山も「山之辺道ばたさん」とご一緒で、登り口まで戻ったときに 私が見落としていた大きな高野槙を教えて頂いた。
一人で来ても色んな方達との出逢いがあるのが嬉しい。
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