お茶の子さいさい

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奈良時代の食事

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愛知県北部の丹羽郡大口町にある歴史民俗資料館に立寄った。
農村の暮らしを再現したコーナーでは蓋を踏んで入る五右衛門風呂や 土間とか古い箪笥が見える。
戦時中疎開していた祖母宅の風景が蘇る。

大河ドラマの功名が辻に登場する「掘尾吉晴公」にゆかりの地なので 掘尾一族に関する展示もある。
(掘尾吉晴公に関してはURL: http://blogs.yahoo.co.jp/asuha886/32964237.html 参照)

食いしん坊の私が最も面白かったのは 奈良時代の食事を描いた展示であった。
庶民は飯、汁物、なます、煮物、焼物ともうこの時代からの一汁三菜だった。
それに反し 貴族の食事は当時としては豊富なメニューだ。

副食は5品ほどで焼物では鮑、サザエやひらめなどの高級食材も並んだ。
庶民とは食材が異なることに加え 貴族の膳には酢、塩、醤(醤油の原形)などの調味料があった。

それにお酒が、更には果物や唐菓子(米や麦粉を揚げた物)のデザートがあったそうだ。
まだある。庶民は箸、貴族はそれに加え匙(スプーン)、包丁(ナイフ)まで使っていたことには驚きである。

昔も今も 貴族と庶民の所得格差は大きい
(著作権の関係から展示物の写真はなし。)

輪中の郷

輪中の郷

桑名市長島町は木曽三川に囲まれたデルタ地帯で 輪中地帯とも云われる。
この長島の歴史を知るために「輪中の郷」なる民俗資料館のような公民館的な施設へ向かう。
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室町時代、本願寺法主:蓮如の子連淳が長島に来て浄土真宗の教義を広め繁栄していた。
この教義を危険思想と看做した織田信長は元亀、天正年間に3度の長島攻めを行い 数万の門徒・農民が虐殺された。

長島一向一揆の中心拠点であった長島願證寺は木曽三川の流れが変わり 今は川底に沈んでいる。
もう一つの拠点である長島城は 信長の3度目の攻略により落城、滝川一益が入城し 以降領主は交代するが明治の廃藩置県まで続く。

廃城後、関連遺構も農地開発や治水工事、それに伊勢湾台風などで喪失した。
跡地には中学校と小学校が建設され 現在はその前を流れる堀の石垣に僅かに当時の姿を留める。
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長島城近くにある蓮生寺には明治の廃城時、大手門が移築され現在も残っている。
【蓮生寺山門=旧長島城大手門】
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 この山門は第11世賢道の代の明治9年(1876)に蓮生寺が長島城大手門の払い下げを受け、同時の山門として移築したものである。旧大手門よりも縮小されてはいるが瓦に増山氏のの家紋がそのまま残されており、長島城最後の建造物として、なおその面影を留めている。 (現地案内板による)  

「葦と女と」
施設:輪中の郷で 長島一向一揆を題材とした映画「葦と女と」の観賞を係員に勧められた。
他に来館者がなく 私一人が映画を鑑賞させてもらった。

市原悦子さん扮する農民の妻を中心に一揆の初めから終焉までの様子を描いている。
その中に農民の妻と織田方乱波との間に「何故。逃げぬ?」「戦に行かなければこの後も生活できなくなる。」というやりとりがある。

単純に村人の団結を乱すと村八分の意味かと思っていた。
然し、そうではなく本願寺11世法主顕如の「本願寺に協力しないものは浄土真宗の門徒を破門する」という檄によるものと後刻知った。

農民たちは利用されているのが分っていても従わざるを得ない。
それ故に「戦死すれば極楽浄土へ迎えられる」という言葉を自分自身に信じ込ませて戦ったのだろう。

志摩スペイン村

志摩スペイン村

USJで楽しもうと娘一家とホテルを予約していたが 都合でキャンセルせざるを得なかった。
淋しそうな孫娘をみて 三重県志摩市の志摩スペイン村へ連れて行くことにした。
伊勢自動車道経由で13時ごろ現地に到着,エントランスから暫く進むと賑やかな音楽が聞える。
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`xxxxxxxxxxxxパレード`yyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyバルーン

大きなフロートと伝統的なコスチュームのダンサーによるパレードが始まったところだ。
孫達は大喜びで手拍子を取っているとダンサーが近づき 踊りの輪の中に導き入れられた。

幸先の良いスタートからいよいよアトラクションの体験である。
最初に下の孫は身長制限90cm以上のチェックを受けて 親子3人で「スプラッシュモンセラー」という一気に急流を下るボートに乗る。孫の絶叫がひときわ場内に響く。

2番目は回転木馬、3番目は「アミーゴバルーン」という気球に吊り下げられたゴンドラが回転しながら上昇する乗り物に。

空いているので殆ど待ち時間がなく一気に乗り継ぐ。
あまりの暑さに、冷たいかき氷で喉を潤しながら涼しい休憩所で一服。
後半も含めて7箇所のアトラクションを 孫達は元気一杯活動していた。
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`xxxxxxxxxxx海洋アドベンチャー`yyyyyyyyyyyyyyyyyペインティング
それにパレードへの参加、キャラクターとの記念撮影、ボディペインティング、ドラえもんハウス等も
楽しんでいたようだ。
6才の孫は 貰い忘れたスタンプを窓口に戻り再発行を頼むなど自分で行動しだしたこと、友達へのおみやげ探しに たっぷりと時間をかけていたことなど 今まで気付かなかった側面を見せ始めた。
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18時過ぎ、現地を自宅に向けて出発、目一杯、動き回った孫達は車中でぐっすり眠り込んでいる。
saigaさん、スペイン村の情報、ありがとうございました。子供も大人も一日たっぷり楽しんできました。

赤目四十八滝

赤目四十八滝

暑さを跳ね飛ばそうと 三重県の赤目四十八滝へハイキングに行く。
(13;57)駐車場前の休憩所を出発。
店番の婆さんは私の顔を見ながら「今からなら布曳きの滝で引き返すのが良いでしょう」という。
余程、体力がないと見たようだ。
前回、歩いたのは45年程前なので なんとも云えず「ああ、そうですか」と返答した。

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(14;21)不動滝着
この辺りでもう汗だく、涼しいという感覚なし。
熱体質なのでやむを得ず。動悸もやや激しい。

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(14:15)千手滝着[senjyu taki]
やっと足取りが軽くなる。

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(15:04)布曳滝着
歩くと汗が出るが停まると涼しい風を感じる。

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(15:48)百畳岩到着
茶店でルムネ水を飲む。湧き水で冷やされていて気持ちが良い。
家内の云うとおり、ここが終点の香落溪までの中間点らしい。

茶店の婆さんに「この先はちょっと距離がありますよ」と云われる。
翻訳すると「体力的に無理しなさんな。暗くなるので 余力あるうちに ここから戻りなさい」
最初からそのつもりだったので素直に「はい、ここから戻ります。」と答えUターン開始。

(16:57)駐車場に帰着。

津なぎさまち

津なぎさまち

“津なぎさまち”は 台風3号の進路から外れて 港内は勿論、港外も比較的穏やかな波だ。
ここは津―中部国際空港を40分で結ぶ高速船の発着場である。
丁度、桟橋には双胴の高速船が乗船待ちをしている。
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開港間もない昨年の3月、ここからこれも開港間もないセントレアに向けて 出発した。
出発前日に「コウナゴ漁の解禁初日で多数の漁船が出漁するので高速船が遅れるかもしれない」との情報が入った。
なんともローカルな話しだが 今年は2回目の漁期、そんな懸念情報はなかっただろう。

旅行の帰りは低気圧の影響で飛行機が2時間ほど遅れる天候であった。
帰りの船中でアクセス航路開通取材のTV局のインタビューを受けた。

「高速船は早くて 揺れも少なくて快適」と感想を述べた途端、大波が来てカメラマンがよろけたので 思わず大笑いした思い出がある。
イメージ 2 踊るTVカメラ
もうすぐ高速船の出航時刻だ。どうぞ、良い旅を!

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