日の岬灯台
和歌山県の日の岬は紀伊半島の中央部付近にあり、海面から約200mの高台に灯台が設置されている。
ここも多くの灯台と同様、無人化され、入口にはロープが張ってあった。
何方かの姿が見えたが 灯台の標識銘板も確認せず早々に退散した。
灯台といえば50年程前の映画「喜びも悲しみも幾歳月」を思い浮かべる。
灯台勤務の激務と辺境の生活環境は並大抵ではないことを 映画を通じて知った。
無人化のための技術が開発されるのは当然だ。
戦時中、同じ和歌山県串本町に疎開していた頃 何度か米艦載機の空襲や艦砲射撃で避難した記憶がある。
恐らくこの灯台も攻撃目標とされ被災を免れなかったであろう。
灯台への坂道を老夫婦が登っていく映画のラストシーンがここにもあったかもしれない。
クヌッセン胸像
クヌッセン機関長顕彰碑 碑文抜粋
1957年2月10日21時40分頃、日の岬灯台100kmの海上を航行中のデンマーク船が 火災を起こした徳島の機帆船を発見した。デンマーク船は救命艇に日本人船員を収容したが 本船に移乗するときに 力尽きた日本人船員が海中に転落した。
これを見たデンマーク船のクヌッセン機関長は救助せんと荒れ狂う海に飛び込んだが 二人とも波に姿を没した。
同じく海に生きるものを救おうとして殉職した国境こえた同氏の国際愛は、日本とデンマーク両国だけでなく、世界各民族の親愛と平和の推進に光明をかかげたものである。永らくそ
の遺徳を伝えその冥福と航海の守護を祈願するため、紀州灘を一望にのぞむこの地に碑を建ててその功を顕彰する。
以上が碑文前半は抜粋で,後半はそのまま転載している。
明治時代、串本町大島樫野埼沖合で遭難したトルコ軍艦の乗組員を村民達が乏しい食料を分け与え介抱した話を思い出した。
串本町にはその慰霊碑があり 日本―トルコの友好の礎となっている。
この紀伊半島沖は難しい航路なのだろう。
ここからの展望は開けているが 邪魔な電線が走っているうえに 霞んでいて水平線が見えない。
ウミネコ島
天然記念物「ウミネコ」の数少ない繁殖地。島が白くなっているのはウミネコの糞だろう。
近年めっきりウミネコの姿が見えなくなっているらしい。 少しでも多くの雛が元気に成長して巣立って欲しいものだ。
汐吹岩
打ち寄せる波の圧力で海水が激しく噴出し、その様子が丁度鯨が汐を吹く光景に見えるところからこう呼ばれている。
残念ながらこの辺りには駐車できる場所がなく 常時、汐吹きが見れるとは思えないので通過する。
煙樹ケ浜海岸
幅約500メートル、延長約6キロに及ぶ海岸線に沿った広大な松林は壮観。
駐車場も広く 松林、砂浜、黒潮の景色をゆっくり楽しんだが 写真は省略
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