|
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
こんにちは、ゲストさん
[ リスト | 詳細 ]
|
三重県津市安濃町に長源寺という寺がある。本堂右側に桜の古木があり 案内板が立っている。
案内板は文語体調で墨が薄れて読み難いのを判読すると 嫗桜縁起阿漕平治が阿漕浦にて網をし 度重なりて 終わりに罪科に處(処)せられし事 諸人の知るところです 阿漕平治の住居の地は当所当寺に隣とて その旧績往昔平治がはかなくなりし時 一人の嫗ありて 平治が非命の死をなせし事を深く悲しみ 出斎得脱の為に 当寺に於いて追善の法会を営み その時屋敷に一株の桜樹ありしを此の所に移し植えて 観音に祈念し 平治若し解脱の果を得るならば 此の桜 後の世までも栄えさせ給う 若し悪趣をまぬがる事 能はずば枯木となさせ給へ是れが心願なり。その後幾年を経るとも此の桜いよいよ繁茂し栄えること観音大事の感應と嫗の念力の然らしむるところであります。桜の季節にまた訪れてみることにする。
あべこべたましいこの長源寺にはこれ以外に地元で「あべこべたましい」と呼ばれる有名な民話が伝わっている。この話しは正徳2年(1712年)頃に出版された105巻に及ぶ絵入りの日本の百科事典『和漢三才図会絵(わかんさんさいずえ)』巻71に記載されている。 「伊勢国安濃郡内田村長源寺に伝わる話。昔、この地の人と日向の国の人が暑さを避けて長源寺で休憩をした。お互い何も知らずに眠り込み 日が暮れてしまった。他の人に起こされ二人は慌てて目を覚ましたがその時魂が入れ替わってしまった。それぞれ帰宅したところ、顔かたちは当人だが 声や行動がこれまでと異なるので家族から受け入れてもらえなかった。両人は仕方なく長源寺で合流し熟睡したところ 再び魂が入れ替わり元に戻った。」この話しはあの著名な南方熊楠が自著で自分の類似体験と共に何回か取り上げているそうだ。 昨年、和歌山県白浜町の南方熊楠記念館の門前まで行きながら時間がなく入館しなかったのが悔やまれる。 |
|
”あこぎなしうち”の語源となった阿漕浦は三重県津市にある。 その西側約300mの狭い道を入ると住宅に囲まれた「阿漕塚」がある。 津市教育委員会による阿漕塚の案内板によれば 阿漕塚のある阿漕浦は、古くから歌枕として知られ、文芸作品の舞台であった。 『源平盛衰記』には「伊勢の国阿漕が浦に引く網も度重なれば人もこそ知れ」とある。 能楽では室町時代に「阿漕」として取り上げられる。 その内容は、伊勢参宮の旅の僧が年老いた漁夫に会い、阿漕という漁夫が密漁のため沖に沈められた物語を聞くのだが、実はこの老人こそが阿漕の亡霊であり、僧に供養と救済を頼むというものであった。 江戸時代になると、古浄瑠璃『あこぎの平治』をはじめとして浄瑠璃や歌舞伎の題材として取り上げられた。 その中で様々に改編・脚色・創作された結果、親孝行の漁夫「阿漕平治」の物語ができあがり、いつしか阿漕塚は平治の霊を慰める塚と言われるようになった。 阿漕塚が築かれた年代は明らかでないが、江戸時代初期の『勢陽雑記』(明暦2年1656成立)にはすでに阿漕塚の記述があり、『伊勢路見取絵図』に描かれるなど参宮街道沿いの名所として知られていた。謡曲史跡保存会による「謡曲阿漕と阿漕塚」についての案内板がある。 塚の傍に「阿漕浦」と横書きされた句碑が建っている。 「月の 夜能 何於 阿古 木迩 鳴千鳥」と刻まれ「月の夜を何を阿古木になく千鳥」と詠むそうだ。 芭蕉翁碑と呼ばれるが芭蕉の句集にはなく異論があるらしい。
|
津なぎさまち(中部国際空港 海上アクセス港)H17/2月開港、その3月に中部空港からの旅行のため 初利用したが 早くて快適だった。http://blogs.yahoo.co.jp/asuha886/37509884.html 津から空港までは自動車、又は鉄道では1時間半、高速船では50分で到着する。 この時は「駐車場の空きがなければ乗船時間に間に合わないかも」との懸念があったので 娘に港まで送ってもらった。
その後、駐車場はNO,2〜5迄拡張されたうえに、四日市と松阪から空港への2ルートが就航と状況の変化があった。 そこで出先からの帰途、am11:00頃に立寄ってみたがどの駐車場も余裕がありそうだ。
連休とかを避ければ まず大丈夫だろう。 |
||||||||||
|
伊勢自動車道、津I/Cの北約5kmの津市安濃町に阿由太神社がある。 鳥居を潜ると石段が人影の無い林の中を石段が上方に続いている。約200m上ると本殿に至る。 ここは標高約50mの丘陵上にあり中勢地域最大の平山城だった安濃城跡とされる。 国人領主の長野氏の一族が弘治年間(1555〜1558)築城したといわれる。 その後、伊勢侵攻の織田信長勢との2度に亘る戦いで天正8年(1580)落城した。 境内には櫓跡や古井戸跡、土塁跡等が残されているようだが確認できなかった。 誰もいない鬱蒼とした林の中は余り気持ちの良いものではなく 早々に退散する。 以上、現地の案内文を参考にした。 |
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
| 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 |
| 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 |
| 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 |
| 29 | 30 | 31 |