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日本橋にあった魚河岸が焼けて、築地に移ったのは関東大震災後なんだよ。
築地本願寺は京都の浄土真宗西本願寺の別院で、最初は浅草にあったが、明暦の大火(一六五七年)後、現在地へ移った。海だったところを佃島の真宗門徒がうめたててこの地を造成したことから「築地」という。
佃島の漁民はもと摂州(大阪)西成の佃村にいた。大阪夏の陣で徳川家康に協力したので、恩義に感じた家康が江戸へ連れて来て、江戸前の海で魚捕りの特許を与えた。佃には川や海の死者を悼む盆踊りなど、独特の風習や言葉がのこり、築地の市場で仕事をする人が多い。
築地と佃は密接に関係があるね。 |
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2013年04月20日
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