|
『ソ連東欧旅行記』(中村正造)によると、ソ連地区のネバ河の博物館で、かってバルチック艦隊に参加した巡洋艦オーロラ号を見学して、ガイド嬢のカリナさんから」、日本海海戦ではバルチック艦隊が東郷提督に敗れたことを説明されたという。 |
オピニオン
[ リスト | 詳細 ]
|
どこの国に、自らの国の歴史を侵略者と決め込んで、その罪の意識に戦く国民があるのであろうか。 |
|
戦争で亡くなった人々を追悼し、その霊を慰めて、何故、それが軍国主義の復活になるのか。 |
|
戦後の右翼の道はジグザグであった。敗戦で虚脱状態になった国民に民族の再起を呼びかけるは、誠に苦しい戦いであった。逆コース、反動、軍国主義者、時代錯誤、等あらゆる罵倒を受け、右翼といえばテロの代名詞として、その市民権すら与えられなかった。したがって、国家革新を目指す維新勢力として、その戦略態勢を堅持しつつ、あるときはテロを不逞するのもその戦術の一環であり、それは共産党の歌って踊って恋をしようという「民青」と同じであった。そして又、打倒すべき筈の自民党政権と一緒になって安保問題では共闘して、左翼革命集団とも対決してきた。 |
|
今の日本には右翼勢力の台頭する土壌はないとは思わないが、戦後は議会主義を通じて国会のその議席を確保して維新陣営の橋頭堡構築を試みたが、いまだに一議席さえ確保するに到っていない。 |




