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ある右翼紙に、行革反対の三大悪党として、社会党飛鳥田一雄委員長に対し、「これ以上、飛鳥田イチヲのドチンバをのさばらせる手はない。若き憂国の士は刃にかけてもテロ暗殺を敢行すべきである。」と述べているが、右翼の本領はテロあるのみと言っても、誰がテロをやるのか煽動でテロはやれるものではない。テロをやるか、やらんか、それはテロリスト自身が決めることであるからである。 |
オピニオン
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テロリストには民主主義も糞もない。 |
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戦後における左翼過激派によるテロ事件というものは、テロであっても単なる人殺しに過ぎない。山口二矢が浅沼稲次郎を刺殺したのは、主義主張の異なる社会党の委員長であったからで、浅沼は社会党の表徴であった。しかし、左翼過激派の無差別テロは、罪もない大衆の殺傷がその目的である。左翼テロは銃を執らない銃後の国民を殺した原爆と少しも変わる処はない。効果という点から考えると左翼テロの方がある。一時その残虐性、卑怯な手口からして社会の敵となるが、右翼のように目的達成後は自らその責任をとるという態度ではない。その姿を隠して完全犯罪を狙うのであるから始末が悪い。そのテロを批判した者に、又、攻撃の矢が飛んでくるかも知れぬ、街の暴力団追放の市民運動の先頭に立っても、左翼テロの追放は叫ばない。テロルには良識も糞もない。暴力主義で世人を恐怖させればそれでよい。さすればその責任は政府当事者にありとするものである。政府が国民大衆の信頼を失って行くのがテロリストの目的であるから、右翼テロのようにその反省を促すのと大分違う。有る場合には右翼テロは民主主義の欠陥を補っているとも言える。民主主義に逆行するのは、それこそ左翼テロの方である。 |

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民主主義の先進国アメリカでは、代々の大統領はテロの洗礼を受ける。アメリカではテロと民主主義は同居しているらしい。それはその根底に手段として必ずしも好ましいものではないが政治を正す意味においては必要である。とアメリカ人も思っているからである。 |
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日本に左翼革命の心配がないとするなら、今のうちに愚民政治を解体しなければ、未来に禍根をのこすことになる。 |




