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比叡山と蓬莱山

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ニニギの尊は父帝ヲシホミミを伊豆崎の宮に三年祭った後、沖ツボにうつり、峰の上に登り、開田の計画をたてました。
まず」、ハラミ山をこの地にうつそうと、山背の野を掘り山の上に積み上げハラミ山のような美しい山に仕上げました。一枝(時間の単位)の間に出来上がったので「日枝の山」と名ずけました。これが今の比叡山です。
この頃、ツカル(津軽)、大和、伊予などあちこちで開田がおこなわれ、、またハラミ山を模して三角形の山が築かれました。この頃の土木技術が後になって前方後円墳の構築に生かされたと思われます。
日本の人口も次第に増えて行きました。

下の写真は滋賀県比良山山系蓬莱山、資料にはないが、この山もこの頃の開発と思われる。

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『論語』の中で孔子は「この国はみだれて道が行われない、筏に乗って東の海に出て九夷にいきたい」
といってる。九夷(くい)というのはこの場合、日本のことをさしているのであり、古代支那には日本は聖人の住む島と伝わっていたのです。

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蓬莱(ほうらい)・方丈(ほうじょう)・瀛州(えいしゅう)とは、日本では「三壺(さんこ)」とも呼ばれています。
三壺は沖ツボ・方(ケタ)ツボ・蓬(ハ)ツボといいます。
沖ツボはイサナギ・イザナギの淡海(あわうみ)琵琶湖をいいます。
方ツボは天照が学んだ日高見・石巻です。
蓬ツボは薬草のある山の意味で、この場合は富士山をいいます。

岩木山のいわれ

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ある日、ニニギネはハラミ山に登って、この山の雪が年中絶えないので「豊居雪山(とよいゆきやま)」と名付けました。青森県津軽の岩木山もこの頃、居雪山(いゆきやま)と呼んでいました。「イユキヤマ」が「イワキヤマ」になったのでしょう。
ハラミ山のふもとには、蓬(ハ)・菜(ラ)・蔘(ミ)という三種の薬草が自生していてこれを食べると長生きするというので八千代草ともいわれていました。天照大神はこれを食べて長生きし民のためにはたらいたと伝えられています。
西王母が求めてきた薬草も、秦の始皇帝が徐福という道士をつかわし求めた長寿の薬草もこの「ハラミ草」でです。

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ニニギの接待に出たアシツ姫は三つ子を産みました。
他の男の子と疑ったニニギは伊勢に帰ってしまいました。
追いかけた姫は松坂でせき止められて、伊勢に入れません。
白子宮でアシツ姫は桜を植えて願いをかけました。
この花は子どもを産んだその日から咲きつづけました、それでアシツ姫に木花開耶姫の名を与えました。

三重県鈴鹿市白子の子安観音寺に「不断桜」があります。花は夏以外は咲きつづけるという天然記念物。
この寺に敷地を与えた比佐豆知神社(ヒサツミ)が隣にあり、木花開耶姫を祭っています。

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