歴史を学べ、学ばなければ亡びる!

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松の会

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ニニギの尊が国めぐりの途中に出会い道案内をかって出た。
目は赤く高い鼻をしていてだれも近ずかない」、皇孫の命でウズメが行った。
二人は後に夫婦になり、神楽の祖として、祭られている。

写真上、お祭のサルタヒコの道行き。
写真中、神楽アメノウゾメノ命の舞。
写真下、売太神社。

ニニギノ尊と西王母

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コエのネの国(石川県)を訪れ白山をの登ったニニギは、その乗り物に感心した。
「この輿は誰が作ったのか」とのお尋ねに、白山のココリ姫(天照の叔母)は「私の妹分のウケステメが作ったものです」と答えました。
西王母は三回ほど日本に来ています。「支那では道が衰えてしまったので教えてほしい」としてこのときは晩年に近かったと思います。
椿は「西王母」という名が付けられ、石川県が産地です。伝統は今でも続いています。
能の西王母。
日本画など多数描かれています。

伊勢暦(神宮暦)

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わたしたちの家庭で使われている神宮暦は伊勢暦として古くから使われていました。

ニニギの尊の国造り

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キヨヒト・ニニギネは、天照大神の許しをえて、秀真(ほつま)の国、今の関東地方の筑波山の西、新治に宮居を築くことにしました。命を受けたヲホムナチの子クシヒコは父から受け継いだ宮造りの技術をまとめて法を定め、これに従って新治の宮の建築をおこないました。これが現在まで続く日本建築のもとになっています。
木を切るのはキヤエの日、手斧の初入れはネシエの日としてます。
中墨柱(大黒柱)は南向き、回りの柱は北から東西の順で建てる。
棟上式も行われていました。

オシラサマ信仰

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箱根神社のあるところが、駒ヶ岳のふもとであるため、のちに駒形神と呼ばれるようになり、「オシラサマ」はこの駒形神とその后タクハタチチ姫をひそかにまったものです。
オシラサマと呼ばれた理由は、天照神の時代から天皇の乗り馬はおもに白馬でした。
そのた、このようにヲシホミミと東北とは密接な関係があるのです。


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