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松の会

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鳥見神社

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11月には、天の神、地の神を祀って大嘗祭(おおなめえ)を行いました。大勢の民にも御飾りを見せました。ウマシマチは物部をひきいて外を守り、ミチオミは久米部とともに御垣の守りなりました。
ウツヒコには、東征にあたっての船での水先案内と香久山の土を採って来た功により大和国造(やまとくにつこ)、弟(おと)ウケシにはタケダ県主(あがたぬし)、ヤタガラスはカドノ県主等など、論功行賞をおこないました。

橿原遷都

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筑紫から上ってきたタネコと多賀の宮を守っていた大物主のクシミカタマに
「都を遷したいが、どこがよいか国を見てまいれ」と命じました。
「橿原がよいでしょう」
というふたりの報告に同じ思いの天皇は、アメトミに宮造りを命じました。そして改めて即位の礼を行うことにして正后を立てることになりました。ウサツヒコが事代主ツミハヤエの娘・タタライスズ姫がよいでしょうとすすめたので、天皇もよろこび国中にひろくふれて神日本磐余彦尊の天君となりました。
サナトの年、橿原宮の初年です。
ヤタノカガミはアメタネコへ、八重垣の剣はキシミカタマへ授けられて、内宮に納められました。
これが今、「神武天皇」といわれている初代の天皇です。

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ナガスネヒコは頑強に抵抗していたが、氷雨がふり、黄金の鵜(紀では鵄)飛んできて大君の弓弭(ゆはず)にとまり光り輝いたので、戦いをやめた。そして、
「昔、天照神の皇子が岩船に乗って、この地に天下り飛鳥を照らしました。その子ニギハヤヒが私の妹ミカシヤ姫を后として生んだ皇子の名をウマシマチといいます。私の君はニギハヤヒです。天照神の十種の神宝を授けられているが、誰が外に神の皇孫を名を偽ってこの国を奪おうとするのか」と叫びました。
天皇(すべらぎ)は、
「お前のいうことが本当なら、何か印があるであろう」
ナガスネヒコがニギハヤヒの靫(ゆき)から羽々矢をてにとって示すと、そこには神のオシテ(古代文字)がありました。そこで天皇も自分の靫から羽々矢をとしだし神のオシテを見せました。しかしナガスネヒコは動こうとせず、戦線は膠着したままでした。
物の道理をよくわきまえているニギハヤヒは、ナガスネヒコがわけのわからない頑固者だということを知っていたので彼を切り放ち、ほかの兵たちを従えて天皇に服従いたしました。さらに抵抗する土賊たちをすべて斬り従えて、タケヒト(神武天皇の御名)天皇はこの地に都を遷すことにしました。

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国見が丘に軍立てして、歌をつくり兵達に大声で謳わせました。

  神風の 伊勢の海なる 古の 八重這いもとむ 細螺(しただみ)の


       吾子よ よ吾子よ 細螺のい這いもとめり 討ちてし止まん


この歌を聴いた、ニギハヤヒは「これは天からのものである」といつて軍を引きました。
この歌はスサノヲが天朝に背いて流離いの刑に処せられたことをうたったものです。

神社は宮津の朝日神社を移して祀ったとある、神社と想定します。

ヤタガラス

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山路は険しく道も消え、進むことも退くこともできないような有様でした。その時、天皇(すべらぎ)の夢にヤタガラスという土地の男があらわれて、その男の祖父がつくったという熊野から飛鳥にいく山道を案内しました。


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