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ナガスネヒコ国を乱す

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ニニギネの兄クシタマホノアカリが最初の王朝・飛鳥宮を大和の白庭山のふもとに築きましたが、嗣子がなく、ニニギネの子ハラ親王(おきみ)ウメヒト・ホノアカリの長男ムニテルを養子として飛鳥の宮をつがせ、ニギハヤヒといいました。飛鳥宮は香具山宮ともいいます。初代の飛鳥宮の大臣は豊受大神の孫フトマタで、ナガスネヒコはこのフトマタの孫です。
ナガスネの横暴に、ハラの親王は糧食を送るのをやめました。大物主はこれを討とうとしましたが、あまりの乱暴に多賀の親王イツセもおどろいて筑紫に下り、タケヒトとともにおりました。

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父、御祖天君(みおやあまぎみ)に宮崎に呼ばれて、その地で日嗣の君となったタケヒト・カンヤマトイワレヒコはそのまま宮崎の宮でタネコとともに政事を執りました。
このころ、大和の香具山の宮では、后の兄で大臣のナガスネヒコにわがままな振る舞いがおおく、政もみだれていました。

河合神社

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ウガヤフキアワッセズの尊は御祖天君(みおやあまぎみ)の名をたまわり、親の心をもって民草(たみくさ)を撫で豊かな平和な世がつづきました。
皇子に恵まれなかったので、若いヤセ姫をいれたところ、皇子が生まれ五瀬命(いつせのみこと)と名づけました。ヤセ姫は産後のひたちが悪く亡くなました。
皇子の乳母を探したところ、河合の宮にカモタケズミとイソヨリ姫の子タマヨリ姫に勅しイツセの皇子を育てさせました。后となった姫はイナイ王とカンヤマトイワレヒコの二人の皇子をもうけました。
カンヤマトイワレヒコはタケヒトと言い後の神武天皇です。

気比神宮

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ヒコホホデミと后トヨタマ姫は、ともにシノ宮で亡くなられました。笥飯(けひ)の神と呼ばれ、現在の敦賀市気比神宮の祭神です。
笥飯の神には、よく親に仕えたので「御祖(みおや)に仕ふ天君」称え名があたえられました。

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64回目の終戦の日ということで思う事。

我国は建国以来未曾有の存亡の危機に遭遇し、国を挙げてその生存のため戦いました。
敗れはしましたが、存在価値の有る国には必ずチャンスが与えられる、と言われる通りにチヤンスを生かして経済大国となりました。
しかし、真の意味での価値有る国にはなってはいません、我国は世界に貢献すると言う理想の国にならなければならない、そのためのヒントが靖国神社にあるのだと思います。


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