できる時だけの写真日記2

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 5/26(火)は、いつもの半ボランティア業務で、朝7:20 丸の内は丸ビル脇集合の現地見分に出掛けました。
それは、1985年 8月12日の18:12に羽田を離陸し、大阪に向ったJAL123便(ボーイング747SR−100型機)が、18:56 墜落し、歌手の坂本九さんや当時の阪神球団社長をはじめ、520名が死亡した事故現場「御巣鷹山」への慰霊を兼ねた実際の墜落現場を見分する登山でした。
 今回から、4回に分けてその時に撮影した写真を掲載します。  初回の今回は、群馬県多野郡上野村の中心部に近い楢原の地にある  『慰霊の園』 で撮影した写真です。
 
 写真は、K-7 + DA18-55mmF3.5-5.6WR ISO200 JPEG4☆ 鮮やか 6MP FS2+4 その他±0 ハイライト補正のみ AWB ハイパーマニュアル SR:ON 手持ち撮影、D・Gは トリミングなし、その他は 左右 or 上下をカット、長辺1280(A・B) or 1024(ソノタ) ピクセル での掲載です。
 ◎ 画像にカーソルを置くと、右下に+マークが現われます。 これををクリックすると、大きな写真が見えます。
イメージ 1
↑[A] 18mm F5 1/125秒  慰霊の園。 資料館を除く全景です。
イメージ 2
↑[B] 18mm F9 1/100秒  高さ11メートルの慰霊塔。 群馬県出身の石彫家 半田富久氏の作品。 
 半田富久氏の作品は 丸の内仲通り 新有楽町ビルの前で見ました。 「石に巻く 1971」です。イメージ 3
↑[C] 23mm F9 1/100秒  慰霊塔は、両手を合わせた形をしているそうです。 この 8km 向うに、墜落現場の御巣鷹の尾根があるそうです。 ここで慰霊塔に合掌すれば、8km先の墜落現場に合掌している事になります。
イメージ 4
↑[D] 18mm F9 1/100秒  慰霊塔の後には、納骨堂があります。 事故から4ヶ月後に、身元が特定されず、温かな家族の元へ帰れなかった部分遺体が荼毘に臥され、骨壷123個になり納められています。イメージ 5
↑[E] 24mm F9 1/100秒  いろんな関係者が設置した慰霊碑や、安全・平和を祈願する標がありました。
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イメージ 7↑[F] 18mm F9 1/100秒  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
←[G] 28mm F9 1/60秒  
イメージ 8
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
←[H] 55mm F9 1/60秒  
イメージ 9
 
 
 
 
 
 
 
←[[I] 55mm F9 1/60秒  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
↓[J] 28mm F9 1/100秒  
 Aの右端:藤の花が綺麗に咲いていました。 
イメージ 10
イメージ 11
↑[K] 18mm F6.3 1/80秒  事故の資料館です。  この左奥には上野村出身の戦没者慰霊碑もありました。
 
 この慰霊の園は、身元不明の遺体を荼毘に臥し、123個の骨壷を還された上野村の方々が、520の聖霊を祀ると共に、事故再発防止を祈願するために、納骨堂と慰霊塔、資料館を建設したものです。 墜落現場は冬季間は雪に閉ざされる厳しい自然環境の山奥です。 慰霊の園の建設地に関しては、御遺族や村民他の方々が、慰霊しやすい場所と言う事で、墜落現場を8km先に望む この楢原の地に決まったそうです。

 ※ この日航ジャンボ機墜落事故の内容については、こちらの頁で、大体の事が判ります。 特に4人の生存者の
一人で、たまたま乗合せていたJALのアシスタントパーサー 落合恵子さんの手記 は必見です。
  もう 四半世紀、25年が経とうとしています。  我々の生活を便利にしてくれる機械と人間の関係や 安全・安心を考える上で、忘れてはならない事故です。

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