しかし、南北戦争の意外な余波も、日本に打ち寄せたのです。一八六五年、北部の勝利で戦争が終結した後、南軍から大量の失業軍人が出ます。その一部は海を渡って横浜にたどりつき、日本にお雇い指揮官として売り込みに来たのです。外国奉行や会計副総裁まで務めた幕臣で、『柳橋新誌』を著した成島柳北が、幕府の高官だったときに、面白いことを言っています。
「フランス公使ロッシュなんかの口車に乗ってフランス人を雇うと、事が大きくなって英仏戦争でも始まりかねない。長と幕府が両国の先鋒にでもなってバカを見ることになる。だから、外国人を雇うならアメリカの浪人どもがいい。アメリカの浪人を抱え込んで一手手合わせするほうが、国と国の関係がない分だけよかろう」と。
興味深いのは、この時期、エジプトのムハンマド・アリー朝がオスマン朝から独立する画策をめぐらしており、そこでもお雇い軍人として元南軍の将校を雇用する計画が進みました。
「文藝春秋SPECIAL 2016年春号 山内昌之×佐藤優 大日本史第1回 黒船来航とリンカーン」より。
(この連載は、文春で新書化されています)
米南北戦争後、そこで使用され用済みとなった銃が戊辰戦争に持ち込まれたのは有名な話ですが、南軍の失業軍人さんも来日していたのですか。
元南軍騎兵大尉は火星に行ったようですが(「火星のプリンセス」より)、やっぱり手近なところでエジプトか日本ということなのでしょう。
「ラストサムライ」でトム・クルーズさんが演じるネイサン・オールグレン大尉が北軍出身なのには、何か意図を感じるのですが、どうでしょうか。
第1次世界大戦敗戦後のドイツの「ラパッロ条約」「中独合作」には、失業軍人対策の側面はあったのだろうか。
「ラパッロ条約 (1922年)」には、「ソビエト領内でのドイツ軍の軍事訓練を認める秘密の付属条項」(Wikipediaより)がありますが、どのくらいの人数が訓練を受けていたのでしょう。
「中独合作」で、ドイツは中国国民党政府に軍事顧問団を派遣していたようですが、何人ぐらい派遣していたのでしょうか。
数十人ならともかく、数百人規模なら十分に失業軍人対策と言えると思います。それとも陸軍大国のドイツには、焼け石に水でしょうか。
当時のドイツは「国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)」の「突撃隊」以外にも政党が傘下に武装組織を持っていました。「ドイツ社会民主党」の「国旗団」や「ドイツ共産党」の「赤色戦線戦士同盟」など。
そういう準軍事組織も失業軍人の受け皿になったのでしょうか。
今回の記事も、「ブログ業務日誌(その9):紐付け記事」でも言及した、これから書く「架空世界考察」記事にリンクする記事です。
亡国や敗戦による軍縮で失業した軍人はどこに行くのか。
Wikipediaに「残留日本兵」の記事があります。
インドネシア独立戦争に残留日本兵が関与したのは有名です。
母国敗戦後、自分の意志で新天地・別天地にやってきた失業軍人と、残留日本兵は、カテゴリーが少し違うと思います。
しかし、リンクする「架空世界考察」記事で扱う、敗戦後の軍人の身の振り方としては一緒にして構わないと思うので、ここで取り上げます。
ちなみに敗戦した架空世界の国家は、ジオン公国ではありません。
以上
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