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尖閣諸島四島の所有者が古賀善治だった大正八年(1919)に、中国福建省の漁船が尖閣列島沖合いで難破した事件がある。その時の状況を、後に古賀善治が次のように語った。
たまたま私の船がそれを発見し、難破船と三十一人の乗組員を助けて石垣島へつれてきて、手厚い保護をしました。私だけでなく、石垣の人たちも彼等を親切にもてなし、修理をおえた船とともに中国へ帰してやったのです。この件には後日談がある。それについて古賀善治は次のように述べた。 翌年ですよ、中国政府から私をはじめ石垣の関係者に感謝状が送られてきましてね。その宛名は、日本帝国沖縄県八重山郡島尖閣列島でしたよ。いま中国がいっている魚釣台ではなく、ちゃんと尖閣列島になっています。個人からの手紙ではありません。政府としての感謝状なんです。ええ、いまでも保存してありますよ。この件はついては既に知っている人も少なくないと思うが、記事検索をしていたら尖閣は「日本領土」中国サイトの書き込みという記事を発見した。それによれば根拠として、 共産党機関紙、人民日報(1953年1月8日付)が「尖閣諸島を含む琉球諸島」と記して尖閣が沖縄県に所属すると認めていることのほか(1)中国が58年と60年に出版した世界地図で「尖閣諸島」と表記している(2)53年や67年などの国内地図に「釣魚島」の記載がないが掲げられていた。そして書き込みでは『70年に中国政府が尖閣諸島の主権を宣言した後、71年の国内地図上でようやく釣魚島が中国に戻った』と皮肉られていたとのことである。 しかし日本の新聞ならともかく中国の新聞では、内容を調べてみようにも手に入れること事態が難しいし、中国が発行した国内地図についても同様である。ところが更に詳しい記事が見つかった。それは『中国版ツイッター「尖閣は日本領土」企業幹部が実名 根拠に公式地図』なる記事で、それによれば 林氏の資料によると、人民日報は53年1月8日付の紙面に掲載した記事で「琉球群島(沖縄)は台湾の東北に点在し、尖閣諸島や先島諸島、沖縄諸島など7組の島嶼からなる」と表記していた。中国当局が監修した53年、58年、60年、67年に発行した地図の画像も示したが、その多くが「尖閣群島」「魚釣島」などと表記。日中境界線も明らかに日本領土を示している。とのことであるが、その地図をこの場に転載しておく。 但しこの地図がいつの発行年のものであるかの説明は記事にはなかったことを付け加えておく。 記事全文はリンクを読んでもらえば良いことだが、先行きには閲覧できなくなってしまうことが考えられるので、後々の資料のためにも記事全文を転載しておくことにした。
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