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歐洲で「尖閣は沖繩」、明治元年ドイツ地圖。


明治元年(1868年)にドイツで製作された地図が、尖閣諸島の西側に日本の境界線を描いていたことが分かった。長崎純心大の石井望准教授は「西洋人は古くから、尖閣諸島を先島諸島に付随する島として認識していた」と指摘。尖閣が日本領であることの認識が欧州でも歴史的に定着していた証拠として注目している。
 

地図の存在は、民間研究者の伊井茂氏、石井氏、東京大理学部助教の赤染康久氏の共同研究で明らかになった。地図はドイツの地図製作の大家、アドルフ・シュティーラーの名義で発行されていた「ハンド・アトラス」(小地図帳)の中の「中国・朝鮮・日本図」。図上では尖閣の西北側から与那国島の西側を経て、台湾の緑島(りょくとう、旧火焼島)の西南側まで点線が引かれ、日本と同じ薄青色に彩色されている。


▼全文は「新聞オンライン.com」でご覧ください。
http://www.shimbun-online.com/product/yaeyamanippo0130929.html


臺灣東岸、朱印船の航路に起源。第一面立ち讀み可。八重山日報。
文字テキスト前半は http://bit.ly/18AnQVF こちらの地圖だと右下に「1868」。


1869年刊 ハンド・アトラスより 中央上寄りに尖閣諸島 東京大学総合図書館蔵(5298948)
 


イメージ

転載元転載元: 幸福メンタルクリニック

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