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廃棄物
この記事を印刷 ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法の一部を改正する法律案の閣議決定について(お知らせ) ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法の一部を改正する法律案が本日閣議決定されましたので、お知らせします。本法律案は、ポリ塩化ビフェニル廃棄物が早期に確実かつ適正に処理されるよう、高濃度ポリ塩化ビフェニル廃棄物を保管する事業者が一定期間内にその処分を行うことを義務付ける等の措置を講ずるものであり、第190回国会に提出する予定です。
1.背景
ポリ塩化ビフェニル(以下「PCB」という。難分解性で慢性毒性を有する化学物質)は、カネミ油症事件(昭和43年)を契機にその毒性が社会問題化し、昭和47年以降製造中止となりました。その後、民間主導で全国39カ所にて処理施設の設置が試みられましたが、いずれも住民同意が得られず、30年間以上、処理されない状態が続きました。
平成13年、ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法(以下「PCB特措法」という。)を制定し、国が中心となって、立地地域の関係者の理解と協力の下、JESCO(中間貯蔵・環境安全事業株式会社)の全国5か所の事業所に処理施設を整備し、高濃度PCB廃棄物の処理を実施してきました。
事業所ごとの計画的処理完了期限は、地元との約束で、最短で平成30年度末となっています。しかしながら、処分委託しない事業者や使用中のPCB使用製品も存在し、その達成が危ぶまれる状況となっています。
本法律案は、こうした状況を踏まえ、この期限を遵守して一日でも早く確実に処理を完了するために必要となる制度的な措置を講じようとするものです。
2.法律案の概要
(1)PCB廃棄物処理基本計画の閣議決定
政府一丸となって取り組むため、PCB廃棄物処理基本計画を閣議決定により定める。
(2)高濃度PCB廃棄物の処分の義務付け
保管事業者に、計画的処理完了期限より前の処分を義務付け、義務違反に対しては、改善命令ができることとする。命令違反には罰則を科す(使用中の高濃度PCB使用製品についても、所有事業者に、計画的処理完了期限より前に廃棄することを義務付け。電気事業法の電気工作物に該当する高濃度PCB使用製品については、同法により措置。)。
(3)報告徴収・立入検査権限の強化
PCB特措法に基づく届出がなされていない高濃度PCB廃棄物等について、都道府県等による事業者への報告徴収や立入検査の権限を強化する。
(4)高濃度PCB廃棄物の処分に係る代執行
保管事業者が不明等の場合に、都道府県等は高濃度PCB廃棄物の処分に係る代執行を行うことができることとする。
3.施行期日
公布の日から起算して3月を超えない範囲内において政令で定める日
添付資料
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環境学
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汚染土壌に建てられた学校、生徒500人が被害強気の江蘇省常州市、背後に利権と政争の影2016年4月27日(水)
江蘇省常州市の学校で生徒約500人に健康異常が発覚。土壌汚染が原因とみられる(写真:Imaginechina/アフロ) 江蘇省常州市の学校で、おそらく土壌汚染が原因で生徒500人近くがリンパ腫や白血病にかかっていることがCCTVのスクープ報道(4月17日)で判明した。“中国版ラブキャナル事件”と中国国内では騒がれている。500人もの子供が短期間に集団で健康被害に遭うこの事件は中国公害史においても、特筆すべき事件となるのではないかと思われるので、いちど経緯と背後の問題をまとめておきたい。
「建てるべきではなかった学校」 CCTV13チャンネルが4月17日に報じた調査報道「建てるべきではなかった学校」によれば、江蘇省常州市の常州外国語学校(中高校)で、昨年9月に新校舎に移転後、生徒500人弱が白血病やリンパ腫などと診断されていることが明らかになった。この新校舎は、化学工場跡地に隣接した土地に建てられたものだが、CCTVのテレビカメラに対して保護者たちが、水や空気が汚染されている、水道水が少し酸っぱくって変な味である、と訴え、生徒の食事や飲料水は、保護者たちが自宅から学校に毎日届けているという。
12歳のある女子生徒は、昨年以来、咳が止まらず、顔に発疹ができ、13歳の生徒は湿疹や手の皮がむける症状を訴えた。在校生2451人中、体に異常を訴える641人の生徒に対して学校が健康診断を受けさせたところ、493人に湿疹、気管支炎、白血球減少などの異常が見つかり、結節性甲状腺腫や悪性リンパ腫、白血病と診断された例もあった。
この土地にもともとは常隆化工、常宇化工、華達化工の三つの化学工場があった。三つのうち最大の工場である常隆に35年勤務していた従業員の証言によれば、この工場では主にフェンバレレートやシハロトリンといった農薬を生産していたが、チオジカルブなど今の中国では生産禁止になっている農薬殺虫剤も多種生産しており、2009年に工場が移転される前に、こうした劇薬がこっそり地面に埋められたという。また、この工場排水が流れていた運河はいつも青色をしていたという。この運河はすでに埋め立てられている。こう証言する従業員の手の皮も、化学薬品汚染のせいでずるむけになっていた。
すぐに利権構造や権力闘争構造を考えてしまうのは中国屋の悪いくせだが、そう思うのは、土壌・空気汚染自体は中国の至るところにあるからだ。
CCTVのこの報道のあと、江蘇省南通市海安県の化学工場地帯にある小学校で、児童20人が集団で鼻血や発疹の症状を訴え、保護者が抗議活動をしかけて警察に鎮圧される事件も起きた。地元政府は、慌てて周辺の化学工場5社にすぐさま操業停止を命じているが、常に異臭漂う化学工場地帯に学校があることなど、中国では決して珍しくない。
これは氷山の一角、根治への道険し 4月24日に法制晩報が「名門校が建ってなければ土壌汚染を報じてくれないのか?」という見出しで、中国の土壌汚染の深刻さを報じている。2014年の国土資源部の調べでは中国の全土壌の16.1%が汚染されており、中国31省中18省の地下水の地下水が中度・重度の汚染を受けている、という。
常隆化工などが移転する前の数十年間、付近の農民たちは異臭と土壌汚染の真っただ中で農作物を作り続け、汚染された農作物を食べて生活していた。農民たちは「学校が引っ越してこなければ、誰も土壌汚染などに関心をもってくれなかった」と皮肉を言う。いや同じ学校でも、貧しい農民の子供が通うような普通の小学校では、鼻血が出ようが白血病になろうが、誰も見向きもしなかったかもしれない。
あまりに至るところである汚染の問題の、どの土地のどの汚染問題がクローズアップされるか、というのは中央の権力の意向、あるいは権力闘争の風向きがやはり関わりがあると思えるのだ。地方メディア、独立系のメディアには、省を越えて自由に現場取材して報道することが許されていないという事情もある。
そして、こうした汚染告発報道も、環境公益訴訟同様、汚染による被害者救済にはあまり役に立たない。例えば、この報道によって、この地域に昔から暮らす農民や元工場労働者たち一人一人の健康被害に対して賠償金が支払われるようになる、というようなこともない。公益訴訟で企業が賠償金を支払うことになっても、それは地元政府による環境修復費用に使われ、修復した土地の再開発によってやはり地元政府が利益を得る形になる。
こう考えると、今回の常州のケースは深刻な希なケースではなくて、中国に普通に存在する環境問題の氷山の一角にすぎない。そして公平な透明性のある審理で、責任を負うべきが責任を負い、救済されるべきが救済されない限り、報道も訴訟も公害問題を根治する手段にならないのではないかと憂うのである。 www.spc.jst.go.jp > トップ > 第108号 - キャッシュ
2015年9月18日 - 土壌汚染問題は、早急な解決を求められる重大な環境問題である。中国の土壌環境の 状況は総体として楽観を許さず、一部地区の土壌汚染は深刻で、耕地の土壌環境の質 が懸念され、鉱工業跡地の土壌環境問題も際立っている。土壌汚染 ... 中国 土壌汚染の画像(253,000件)-Yahoo!検索(画像)http://msp.c.yimg.jp/yjimage?q=oZkM0foXyLEZyMmJnjZ7nXLJ15ZYb8zW4N1w88geh7uQZl8LfY_Xu3Ge4gL_I6TdHjXKnWV4nXOdYOPsDVuR93I_fHBrvJcE0.cdIvXAbBdL1JN.30YnSv5oKu_fS0q0jxL0DPxXZDN_QTyihw--&sig=138r5mt73&x=170&y=119http://msp.c.yimg.jp/yjimage?q=xek8mhsXyLHl1SSIcqgE5tVyJnYdpNRq_0.2ZqFagla99ChKUsLiZ1E7GLzpOcHtDCvOL9otPuIgiDYTiKL2SHeAmQpsUu_wFTIOqMfRFwQWZp8Mp6GpCfKeqFp.U8X07IM9cSEVFeyWUmk8Aw--&sig=13820bjva&x=170&y=114http://msp.c.yimg.jp/yjimage?q=a9a13TcXyLHKXw0fNhzlTaL.dyRM0eociwF5mZPo0tHkOGiZoWqxySRpwriHTitY.CwOStCd3ew9uXiaRFPHa2c4EChkiSF2bKWXU1z1mQGESf9Taf3KokFzgsacJn5kPb4uq1rJxjAYxU9Exg--&sig=13853e005&x=170&y=112 matome.naver.jp/odai/2133484861492806701 - キャッシュ
中国各地で、癌(がん)などの多発地域が存在する。発症・死亡率が大幅に上昇し、多く は45歳前後で死亡する。主な原因は重金属などによる土壌汚染とみられる。「日本の核. .. bylines.news.yahoo.co.jp/.../20160423-00056955/ - キャッシュ
2016年4月23日 - 中国の大気汚染は目立つので話題になりますがさらに深刻なのが土壌汚染。土に 染み込んだ化学物質は長い年月をかけて地下水に入り農産物を汚染し、身体に悪影響 を与えます。どうしてここまで汚染されたのでしょうか。 bylines.news.yahoo.co.jp/.../20151216-00052481/ - キャッシュ
2015年12月16日 - 日本では、風土とか風水とか言った表現が使われます。これは環境だけでなく、文化的 な意味も持っています。風と土と水は、人間の生活、文化に密着しており、大きな影響を 与えるものです。 今、中国では風、つまり大気汚染の深刻な問題が ... 中国 土壌汚染に関するニュース-Yahoo!ニュース4月23日の記事 「中国の土壌汚染はなぜ起こるのか〜各地で健康被害が顕在化」 にて中国の土壌の汚染原因が、企業側の工場廃水の不法投棄にあると推測しましたが、それについて中国現地にて活動する友人達が実際...-Yahoo!ニュース 個人-4月24日
jp.wsj.com/.../SB10001424052702304126604579508861609...
中国の土壌汚染の範囲は長らく国家秘密として守られてきた。しかし、最近明らかになっ た政府報告書は、同国の農地の汚染や食糧供給の実現性をめぐる根深い警戒感を 裏付けるものとなった。 jp.reuters.com/.../analysis-china-contaminated-soil-... - キャッシュ
中国の北京市郊外にある大規模な国営製鉄所が、大気汚染対策のために閉鎖されて から約4年が経過した。しかし、製鉄所跡地の土壌の除染は、ほとんど手付かずのまま となっている。 重金属土壌汚染 (ワード:281KB)(Microsoft Word) - htmlで見るwww.icett.or.jp/sekai/asia/documents/dojyou.doc
中国・河南省における環境・省エネルギー技術ニーズ. 〜情報・技術交流会 重金属土壌 汚染処理〜. 公益財団法人 国際環境技術移転センター. 【第12次5ヵ年計画期間 における環境省エネルギー対策】. 「第11次5カ年計画(2006〜2010年)」以降、中国 における ... www.recordchina.co.jp/a109048.html - キャッシュ
2015年5月19日 - レコードチャイナ:15日、中国紙・経済参考報は、中国で年内あるいは来年初に公布され る予定の土壌汚染改善に関する法令「土壌環境保護・汚染治理行動計画」(土十条) について報じた。写... |
立命館 大阪成蹊学園を提訴 土壌汚染で改良工事費用[PR]
立命館中学・高校の新校舎の建設用に取得した土地から基準値を超えるヒ素や鉛が検出されたため、土壌の改良工事が必要になったとして、学校法人立命館(京都市中京区)が、土地の購入先だった学校法人大阪成蹊学園(大阪市東淀川区)に約11億2800万円の損害賠償を求める訴えを大阪地裁に起こした。14日に第1回口頭弁論があり、大阪成蹊学園側は請求棄却を求めた。
訴状などによると、土地は京都府長岡京市の約4万2000平方メートルで、大阪成蹊大芸術学部の跡地。立命館は2010年3月、大阪成蹊学園から土地と建物を約37億円で購入した。12年の引き渡し後の土壌汚染調査で高濃度のヒ素や鉛が検出され、新校舎の建設工事に支障が出た。
立命館側は「引き渡しから一定期間に土壌改良が必要になった場合、大阪成蹊学園が費用を負担する契約になっていた」と訴えている。新校舎への移転は予定より1年遅れ、14年9月に開校した。【
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旧三菱金属(現三菱マテリアル)の大阪製錬所跡地に隣接する大阪市立北稜中学校(大阪市北区)の敷地から、環境基準を超えるセレンやヒ素など有害物質が検出されたとして、大阪市が三菱マテリアルを相手取り、除去工
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市立中から有害物質と提訴、三菱マテリアルに賠償請求 精錬所跡地に隣接
旧三菱金属(現三菱マテリアル)の大阪製錬所跡地に隣接する大阪市立北稜中学校(大阪市北区)の敷地から、環境基準を超えるセレンやヒ素など有害物質が検出されたとして、大阪市が三菱マテリアルを相手取り、除去工事にかかった費用など約4千万円の支払いを求める訴訟を大阪地裁に起こした。第1回口頭弁論が20日に開かれ、三菱側は請求棄却を求めた。
同社などが製錬所跡地に整備した複合施設「大阪アメニティパーク(OAP)」をめぐっては、土壌汚染を隠してOAP内のマンションを販売したとして大阪府警が平成17年、宅建業法違反容疑で関連会社の当時の役員らを書類送検。その後、起訴猶予とされた。
訴状によると、中学校はOAP敷地の南側に立地。校舎建て替え工事に伴う土壌調査で汚染が明らかになった。
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紀北町上里で建設が進められている汚染土壌処理施設(海山土壌処理センター)の建設に反対する住民らでつくる「紀北町・船津川の水源を守る会」は九日、施設の運営に許可権限を持つ県に対し、建設に反対する四千百十
汚染土壌処理施設 建設反対署名4188人分 住民団体が県に提出2017年2月10日(金)【中川次長(手前)に署名を手渡す野間会長=県議会議事堂で】 紀北町上里で建設が進められている汚染土壌処理施設(海山土壌処理センター)の建設に反対する住民らでつくる「紀北町・船津川の水源を守る会」は九日、施設の運営に許可権限を持つ県に対し、建設に反対する四千百十八人分の署名を提出した。
施設は、同町の「ソイルテックジャパン」が、町内を流れる船津川の支流付近で建設を進めている。町は審議会の答申に基づき、六日付で施設を水道水源保護条例に基づく審議の対象とすることを決定。同日付で同社側に建設作業の一時的な中止を求めた。 署名は昨年十二月末から一カ月間にわたって町民から集めた。「浄水場の上流に重金属を含む汚染土壌の施設が建設されつつあり、命の水が汚染される危険が極めて高くなっている。安全性に不安を覚える施設を設けることは到底看過できない」としている。 土壌汚染対策法は、汚染土壌処理施設の運営には県の許可を得る必要があると定めている。住民らは施設完成後に同社が県に許可を申請する可能性を考慮し、署名の提出を決めた。昨年十二月下旬にも、同様の内容で六百七十七人分の署名を提出している。 同会の野間秀治会長らが同日、県議会議事堂で環境生活部の中川和也次長に署名を提出し「大多数の住民が建設に反対。許可の申請があれば慎重な審議を」と求めた。中川次長は「皆さんの不安や懸念を受け止める。申請があれば厳正に審査する」と述べた。 所在地 外部リンク
世界遺産文化財
城その他紀北町観光協会ホームページ観光・イベント情報円通閣聖観音桃山期から江戸初期に作られた紀伊長島区最古の仏像で「紀伊続風土記」にも記録されている。
大昌寺 格子絵天井江戸時代後期に奉納された、百歌仙を描いた極彩色の絵馬を143枚はめこんだ格子絵天井。
豊浦神社日本武尊の御子14代仲哀天皇によって創建された由緒ある神社です。
二郷神社(フウラン)二郷神社鏡内に接する畑地の柿の木に、約300株着手している名花です。(三重県指定文化財)
長楽寺(五輪供養搭)戦国時代後期に、北畠の臣・加藤家5代目甚五郎が自刃したと伝えられるお墓です。
海山郷土資料館大正時代に林業家の別荘として建てられた建物を利用して、郷土の歴史を語る漁具や農具、民芸品や土器、古文書など約1,000点を集めて展示。レトロな雰囲気が漂う。
安楽寺 薬師如来坐像紀北町の有形文化財の中で唯一県の指定を受けているのがこの安楽寺の薬師如来坐像です。
この薬師様はすべて一本の檜から彫られている一木造りの大変美しいもので、平安時代後期の姿を今に伝えています。 安楽寺の宝篋印塔・銅鐘◆ 宝篋印塔
安楽寺の古文書によるとこの宝篋印塔は鎌倉末期・南北朝時代の有名な禅僧である夢想国師が熊野の那智に向かう途中、島勝に立ち寄ったのを記念して建てられたものと言われています。 昭和43年に町の文化財に指定されています。 ◆ 銅鐘
安楽寺にもとからあった鐘が損傷したので、檀家一同から募金して、寛延2年(1749)に新たに鋳造された。と、鐘の池の間に彫りこまれています。 常保善四郎という人の作であり、しかも同時同型で、どちらも名作として称揚されています。 吉祥院山門引本浦に吉祥院というお寺があります。
この寺の入口に、高さ約6.7m、間口8.71mの山門があり、唐獅子と牡丹の花の彫刻が刻まれ「獅子厳山」と書かれた額が門の正面に飾られています。 修禅寺木造宝冠釈迦如来坐像お釈迦様は普通は冠をかぶってはいませんがこの修禅寺のお釈迦様は冠をかぶった、珍しいものです。
このような冠をつけたお釈迦様は、鎌倉時代から室町時代、江戸時代にも多く作られたといわれています。 修禅寺のお釈迦様は江戸時代初期のものだといわれています。本像の由来については不明な点が多いですが、寺の言い伝えでは、昭和3年に本堂が全焼し、同5年に本堂を再建した際に、本寺である紀伊長島区の仏光寺より贈られたものといわれています。 宝篋印塔鎌倉末期に伊勢に生まれ、臨済宗の黄金期を築いた夢窓国師が、船で那智に向かう途中、島勝の安楽寺に立ち寄った縁りから建てられた供養の搭。
腹子持鯨菩提の塔白浦は当時熊野灘沿岸ではもっとも名を知られた捕鯨地でありました。
この白浦に伝わる伝説によると、ある年、一頭の鯨も取れない年があり、ある晩、鯨が同地の常林寺住職の夢に現われて、「明日この沖合を通りますが、お腹に子供を宿しているので、獲らないで見逃してください」と哀願しました。 明くる朝、鯨船の出漁を思いとどまらせようと、住職が出向いたところ、鯨船は港を出た後でした。 やがて船は一頭の鯨を取って引き上げてきました。 それを陸に上げて解体したところお腹の中に子供が入っていました。それから白浦には悪疫が流行してたくさんの人が亡くなり、海は不漁続きになったので、母子鯨の菩提をあつく弔ったといわれています。 善光寺句額矢口浦にある善光寺には、俳句を書きつづった一枚の額があります。この額は、約115年前、江戸時代の後期に俳句の会を行った記念に奉納されたもので、今では寺の客間に掛けられています。
その表面の絹地の右側には美しい桜の花を、その左には63名の俳句が美しい字で書きつづってあります。その中には町内の人はもちろん、愛知県や和歌山県の人も入っています。 乙ノ輪石仏群この石仏群は乙ノ輪の山を数分上ったところに14体の仏像が置かれています。
石仏にはすべて台石はなく、立った像や坐った像など様々で、その中の一つに刻まれている文字から、この石仏群は、加藤周園という人が、ここの地点が粉本村(今の相賀)のちょうど鬼門にあたるので、元禄2(1689)年から建てはじめて、年々その数を増やしていったものといわれています。 うしろ山城跡この地方には室町時代のものとされる古い城跡が、いくつかありますが、うしろ山城跡はそれらよりもさらに古い、鎌倉時代の城ではないかといわれています。
相賀地方はもともと伊勢神宮の土地でここを治め、年貢取立ての役目をしていた息長氏という豪族が平安時代中頃から住んでいましたが、その子孫が鎌倉時代中頃に立地条件がよいところからここに城を造ったといわれています。 長泉寺木造阿弥陀如来三尊像小山浦の長泉寺境内の向かって左にある阿弥陀堂の本尊です。阿弥陀如来坐像は、一木造りで座高87cm。制作年代は、平安時代後期の藤原様式の特徴をもつものであるが、玉眼(仏頭の内部をくりぬき、内側からガラスをはめ込んで作った目)を使っている点から、鎌倉時代初期と推定されています。観音・勢至の両菩薩は当初から阿弥陀如来の脇侍として造られたものであり、中尊と同じく一木造り、玉眼です。
はまぐり石このはまぐり石は相賀の真興寺の境内に、その形がはまぐりに似ているところからそう名づけられた自然石です。
正面の円内には、仏像(観世音菩薩)が浮き彫りにされ、当時は大変な旅であった熊野詣や巡礼の道しるべを重ねて亡くなった人を、弔うためのものであったと考えられている。 真興寺銅鍾この鐘は島勝浦安楽寺の鐘と同型で同じ寛延2(1749)年、常保氏初代清次によって製作されました。異なる点は刻まれている銘文がちがうだけです。
雲祥寺木造宝冠釈迦如来坐像この宝冠釈迦如来坐像は、頭部、胴体、下半身の部分を別々にくっつけた寄木造という手法で造られています。
両手首が失われており、何を持っていたかはわかりませんが室町時代中期に造られたものといわれています。 宝泉寺銅鍾この宝泉寺の銅鍾は宝暦4(1754)年に現在の津市に住んでいた辻種茂という人の作で、県下に多くの名作を残した人物です。
中でも飯南郡飯高町波瀬、泰運寺の八角銅鍾は有名です。 永泉寺句額船津にある永泉寺には、縦50cm、横165cmの杉板に縁を付けた句額があり、59句の俳句が書かれています。
世話人は琴亭(永泉寺住職)と楽水(速水七郎平)で、選者は近江の国の俳諧師可涼園桃乙です。 孝子勘七文書小山浦に勘七という人物がいました。
彼は宝永7(1710)年に七郎右衛門の子として生まれ、幼少の頃、父と兄喜平治に死別した後、貧窮の中に病弱な母につかえて、たゆまぬ孝養をつくしたので、紀伊藩主から賞米を賜ることとなった。 母が亡くなった後、恩米を辞退したいと願い出たところ、その気持ちを賞せられて、「孝子勘七伝」を藩の学者に書かせて勘七に与えました。 田舎の百姓がこのような賞米をもらったり、「勘七伝」を与えられるということは大変珍しいことでしたので、孝子勘七の名は全国に知れわたったということです。 矢口浦出土品紀北町海山区では矢口浦が最も古代遺物が豊富な所といわれ、同地の野中富平氏が探求を続けた結果、続々と発見されて貴重な資料が明るみに出た。
中でも昭和28年7月に同地網代で採集された土器片は、鑑定を受けた結果縄文時代後期初頭のものであることが明らかになりました。これが当町での縄文土器確認の第1号です。 中里村御触書掲示板徳川幕府は、天保12(1841)年に水野忠邦を老中首座とし、享保・寛政の両改革への復帰を目指して改革に着手しました。
諸藩はこの方針にしたがって、奢侈の禁止、風俗の粛正を断行しました。 この板書はその指図にしたがって中里村で掲示したものです。どこの村浦でも実行されたはずですが、長期間にわたって戸外にさらされ、諸人の目に直接ふれた上意下達の現物が、130年間もきわめて良好に保存されていた稀有の史料といえます。 外部リンク燈籠祭
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