アトリエ・ワイ

春とか秋とかいう季節が昔はあったような…・

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冒険者たち

冒険者たち

1967年フランス

監督  ロベール・アンリコ

マヌー   アラン・ドロン
ロベール  リノ・ヴァンチュラ
レティシア ジョアンナ・シムカス

パイロットであるマヌーは凱旋門を小型機でくぐれるか、面白半分にけしかけた友人たちと賭けをしました。
親友のロベールはレース用のエンジンを独自に開発しようとメーカーを退職しました。
前衛芸術家のレティシアは、ロベールの集めたスクラップを買いに来たところから二人と知り合います。

結局マヌーの飛行は違反行為として免許を剥奪され、ロベールのエンジンはテスト中に炎上し、レティシアの発表会も酷評される結果になります。
マヌーはロベールと共に凱旋門の賭けをもちかけた男を痛めつけその告白から、動乱のコンゴを脱出しようとして海に墜落した小型機がまだ財宝をつんだまま沈んでいると聞きました。
二人は失意のレティシアを誘い、捜索に出かけることにします。
財宝は墜落した小型機を操縦していた元パイロットの手引きで手に入れることができ、四人はヨットの上でそれを公平に分けるのです。
レティシアは自分の取り分をマヌーとロベールのほうへ押しやりました。

そしてレティシアはロベールと二人になったとき、一緒に暮らしたいと告白します。
しかしその直後に彼女は財宝を狙う旧軍人たちの襲撃で死んでしまいます。
無骨な古い潜水服を着せて海に沈めるレティシアの埋葬は、静かで美しいものでした。

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レティシアの死でこの物語は終わりかと思えましたが、ロベールとマヌーがレティシアの取り分を現金に替えて彼女の故郷を訪ね、そこから終盤へと話が進みます。

レティシアのテーマとでもいうような軽やかな口笛の曲が、彼女の登場のたびに流れていたのですが、そんな彼女を失った悲しみは、マヌーとロベールの会話には無くても二人の全身にあふれているような重厚な演技でした。

三人の自由奔放な生き方は、あるいは眉をひそめる方もいようし、ヨットや潜水器具を買うお金はどこにあったの?と現実的な心配する人もいることでしょう。
しかし細かいことは抜きにして、こんな愛情やこんな友情があるということだけ理解できればいいんじゃないでしょうか。
何度見てもその雰囲気が楽しめる映画だと思います。

ガリバー旅行記

ガリバー旅行記(アニメ)

1939年 アメリカ

製作 マックス・フライシャー
監督 デイブ・フライシャー
音楽 ヴィクター・ヤング

いわずと知れたスウィフトの原作になるイギリスの古典文学のうち、小人国に漂着したガリバーの物語です。

7〜8歳ごろだから1950年ぐらいでしょうか、神戸の三宮センター街にあった「大洋劇場」で見ました。
そして私はそこから歩いて10秒のところに住んでいました。
なぜそこまではっきり憶えているかというと、私が生まれて初めて出会った漫画映画(アニメ)だったからです。

冒頭の嵐の海の場面は私に鮮烈な印象をぶつけてきました。
波の動きをなんとか真似て表現しようと、何枚もの絵を描いた覚えがあります。

実はワタクシ近年になるまでこれをディズニー作品だと勘違いしていました。
もう一度見たいとの思いでビデオを探しました。
当然ディズニーの作品をいくらひっくり返しても出てきません。
なぜだろうと不思議でした。
WOWWOWに投書しようとさえ思っていたのです。

そしてある日ふと思いついて書店やCDショップで検索し、ようやくTUTAYAでビデオを発見しました。
そのときに製作監督名を見るとフライシャー兄弟となっていたのです。
まだ半信半疑です。
これはあの子供のころに見た「ガリバー旅行記」だろうか。
別のものじゃないだろうか。

取り寄せてみました。
そのものでした。
50年以上も前のあの懐かしい感覚がよみがえってきました。
ガリバーの動きや表情はかなり丁寧に描かれています。
ガリバーの命を救う王子は重要な役柄なのに、のっぺりした顔で無表情なのです。
それぞれの顔の大きさの関係かと思いましたが、他の小人たちはみんな表情豊かに描かれていたので、それだけがちょっと気になりました。
波の動きは昔見て感じたそのままでした。

70年近く前のアメリカで、ディズニー以外の人がこんなアニメを作ることができたということが驚異です。
大人になりオジンになった今見ても充分に楽しめる作品だと思います。

時の支配者

時の支配者(アニメ)

1982年 フランス
監督 ルネ・ラルー
原画 メビウス

宇宙間の輸送を請け負うジャファールは、ペルディド星に住む友人からの緊急連絡が録音されているのに気づきました。

巨大蜂の群れに襲われて妻を失い、一人息子のピエールを連れて蜂の来ない森へ向かう途中、車がクラッシュして自分も重傷を負ったという言葉が残されていました。
そして自分はもうだめだが、ピエールに連絡用の通信機「マイク」を持たせて一人で森へ向かわせたので保護してほしいという依頼です。

自分勝手な王子マトン、マトンと行動をともにしていながらも優しい心を失わないベル、ジャファールの親友で元気な老人シルバード、お団子のようにかわいい蓮の花の妖精ジャドとユーラ達を乗せてジャファールはペルディド星に向かいます。

さまざまな試練の後にペルディド星に近づいたジャファールたちは、逆行する時間の流れに巻き込まれて意識を失い、時間と空間を支配するタイムマスター族に助けられます。

ただ一人危篤状態に陥ったシルバードの意識は過去をさまよい、ピエールがその後どうなったかということを、ジャファールたちは知ることになります。

ラストシーンで単調な美しい主題曲を静かに流しています。

メビウスの原画は滑らかな曲線と鮮やかな色彩で、見るものをその世界へ引きずり込んでしまいます。
アニメとは思えないほどのきれいな動きを作り上げた技術とあいまって、数々の美しい場面を見せてくれます。
そしてタイムパラドックスを効果的に取り入れ、最後に何もかもがわかる謎解きの要素もあって楽しめました。

登場人物の表情が変化に乏しいのはやや不満が残るとしても、推理小説家ジャン・パトリック・マンシェットの脚本は充分に生かされていると感じました。

それにしても全編に漂う哀愁感は何なんだろうと見るたびに思います。

博士の異常な愛情

博士の異常な愛情、又は私は如何にして心配することを止め水爆を愛するようになったか

1964年アメリカ
監督 スタンリー・キューブリック
出演 ストレンジラブ博士   ピーター・セラーズ
   合衆国大統領      ピーター・セラーズ
   マンドレイク英少佐   ピーター・セラーズ
   ダージドソン将軍    ジョージ・C・スコット
   リッパー将軍      スターリング・ヘイドン
   キングコング少佐    スリム・ピケンズ

風刺喜劇です。
イギリスの喜劇俳優ピータ・セラーズが一人三役で登場します。
スタンリー・キューブリックの映画を始めてみたのは「突撃」でした。
中学生だった私の記憶に残っているほど壮絶な映画でした。

まずこの恐ろしく長い題名ですが、原題は
Dr.STRANGELOVE OR: HOW I LEARNED TO STOP WORRYING AND LOVE THE BOMB.
で、STRANGELOVEは博士の名前なんです。
誤訳といえば誤訳ですが、ま、いいでしょう。

古い映画なので最初にクレジットタイトルが流れます。
画面はまるで子守唄のような心地よい音楽をバックに、B−52が空中給油を受けている場面です。
ゆらりゆらりと左右に揺れながら、給油機から伸びたパイプを受けている姿は、さながら赤ん坊が親にミルクをもらっているかのように、けだるく心地よくさえ見えます。

お話は東西冷戦下のソ連が、攻撃されると自動的に作動する地球破滅の最終兵器を完成させたのさせないのというところからです。
それは所有していることをほのめかすだけで敵国に脅威を与えるけれども、作動させると自国も滅びるという厄介な要素を持っています。

米軍の司令官であるリッパー将軍が狂ってしまい、北極圏で哨戒を続けている34機のB−52爆撃編隊にソ連への攻撃命令を発信し、英軍のマンドレイク大佐をも引き込んで基地に立てこもってしまいます。

戦略空軍司令部に招集をかけられて、トイレの最中に飛び出して駆けつけたタージドソン将軍。
大のアカ嫌いで国粋主義者の彼は、たびたび興奮のあまり場違いな大演説をブッたり、ソ連大使につかみかかったり、他の映画ではなかった高血圧のジョージ・C・スコットを見ることができます。
大統領はまるで定年直前の銀行員のように品よく頼りなく、常に周りの人たちにかき回されています。

B−52の機長は田舎のカウボーイをそのまま連れてきたような、方言丸出しのおっさんで、その名もキングコング少佐。
重要な任務を受けると備え付けの金庫にヘルメットを放り込み、代わりにテンガロンハットを取り出してかぶります。

大統領は解決策をソ連とホットラインで話し合いますが、お互いに疑心暗鬼に陥って話が進みません。
爆撃隊を呼び戻す暗号は、リッパー将軍だけが知っているので、大統領といえども中止命令を出すことができないのです。
ついに大統領はソ連の議長に対してB−52を撃墜するように依頼します。

基地では政府が差し向けた陸軍の攻撃を受けて、リッパー将軍を守っていた兵は投降し、将軍は自決してしまうのです。
マンドレイク英大佐は一人残されて、必死で爆撃隊を呼び戻す暗号を調べます。

そして兵器研究開発局長官のストレンジラブ博士が登場します。
車椅子に黒眼鏡、勝手な意思を持つ右手に皮の手袋をはめた姿でたびたび大統領を総統と呼び、右手は無意識に高く差し上げられて「ハイル・ヒトラー!」と叫びます。

マンドレイク少佐はようやくリッパー将軍のメモから暗号解読に成功しました。
司令部は爆撃隊に攻撃中止暗号命令を出し、撃墜された4機以外は帰還し始めました。
ところが1機だけ、命令を無視して飛び続けているとソ連から抗議が入ります。

キングコング少佐の機だけが、間近で爆発したミサイルによって墜落もせずに飛び続けているのです。
4基中3基のエンジンが止まり、燃料漏れを起こしながらも超低空で飛んでいるのです。
しかもすべての通信機器が使用できなくなってしまっています。

攻撃中止命令も知らずにB−52は着々と目標に近づいていきます。
起爆装置をすべてセットして投下準備が完了したのに、爆弾槽の扉が開かないのです。
キングコング少佐は爆弾にまたがって電気回路の修理を始めます。
そして目標上空に達したとき、電気回路がつながって扉が開き、同時に爆弾のひとつが懸架から外れてキングコング少佐を乗せたまま落ちていくのです。
少佐はロデオのように嬉々として爆弾にまたがり、帽子を振って歓喜の叫びをあげながら落ちていきます。
そして・・・・・。

司令部ではストレンジラブ博士が、対策として優秀で生殖能力の高い男性とセクシーな女性を選んで地下にもぐることを提案しています。
子孫を増やすために一夫多妻も導入されるのです。
優秀なものこそ生き残る権利があるとする狂気の思想がユダヤ人迫害の悲劇を生んだのに、亡命した科学者であるらしいストレンジラブ博士はそれを繰り返そうとするのです。
そして女好きのダージドソン将軍は妄想にふけります。

ラストシーンでは能天気なバラードが流れます。

いつか逢いましょう。
どこかである晴れた日に
いつでも笑いを忘れず
暗い雲が青空に変わるまで
友達にもすぐ逢えると言ってね
この歌を唄う私だから

画面ではさまざまなきのこ雲が炸裂していました。

灰とダイヤモンド

灰とダイヤモンド

1958年ポーランド
監督 アンジェイ・ワイダ
主演 マチェック・・・・ズビグニェフ・チブルスキー
   クリスチーナ・・・エヴァ・クルジジェフスカ

まずこの映画を最初に取り上げたのは、やはり最も心に残った作品であると自信を持って言えるからです。
初めて見たポーランド映画でもあります。
ヒトラーによって世界地図から消されかけた国です。

第二次大戦の末期、ポーランドを占領していたナチスドイツはソ連赤軍の攻撃に敗走し、赤軍の勢力が首都ワルシャワに近づいたとき武装蜂起が起こりました。

ポーランド兵と、老人、女性、少年をも含む一般市民が、武器を持ってドイツ軍に抵抗し始めたのです。
ところが武装蜂起が伝えられたとたんにソ連赤軍の進軍が止まり、ドイツ軍は引いた潮が津波となって押し寄せるようにワルシャワへの攻撃を開始しました。
このときソ連軍はこれを支援するどころか、後方から支援しようとしたイギリス軍をも妨害しました。

そして20万人を超えるとも言われるポーランド人虐殺が行われ、ワルシャワが廃墟となったとき初めて、ソ連軍はワルシャワへの進攻を再開しました。
完全な勝利を収めたソ連軍はポーランドに駐留し、ポーランドはソ連の傀儡政府が治める社会主義国家となりました。

ポーランドはそれまでイギリス寄りの国だったのです。
かつてドイツ軍に対して執拗な抵抗を続けた親英派地下組織の矛先は、こんなことから親ソ政府要人に向けられることになりました。

そんな背景の元に描かれたこの映画は、親ソ派の政府要人シチュカ暗殺を目的とするテロリスト、マチェックがその若い命を散らすまで、午後から翌朝までの十数時間の物語です。

この映画は町外れの無人の教会から始まります。

午後のおだやかな日を浴びて教会前の草地に寝転ぶ二人の男、年かさのアンドルジェイと、若いマチェックです。
そこへ小さな女の子が教会に供える花を持って登場します。

のどかにも見えたその場の空気は、一台の車の接近で突然あわただしく変化していきます。

男たちは少女を追いやると車に向かって軽機関銃を構えます。
最初の銃撃で車に乗った男たちの一人は息絶え、車から飛び降りたもう一人は教会へ逃げ込もうと扉をたたきますが、マチェックに至近距離から銃弾を打ち込まれ、教会の中へ倒れこみます。

この展開は刺激的でした。
のんびりした日向ぼっこから、いきなり襲われた車の暴走、そして銃弾を打ち込まれた背中がはじけてボッと火がつく迫力は、それまで見たことのないものでした。

結局その攻撃は情報の誤りから起きた人違いでした。
二人は地下組織の上官によって、再びシチュカを襲うことを命じられ、マチェックはホテルに部屋を取ります。

そのホテルのバーで働くクリスチ−ナにマチェックは冗談半分で誘いをかけ、思いがけなく数時間を共に過ごすことになるのです。
クリスチーナの心に触れてマチェックは暗殺を迷い、アンドルジェイと口論になります。

しかし結局は夜半に任務を果たし、クリスチーナに別れを告げて夜明けの町へ出て行きます。
ホテルでは夜を徹して終戦記念パーティーが行われていました。

クライマックスは最後の数分間で、マチェックとクリスチーナそれぞれを交互に見せています。

マチェックはほんのちょっとした不注意から保安兵にぶつかって銃を持っているのを見られ、走って逃げるところを撃たれてしまいます。
転がるように塀の中に逃げ込み、広場いっぱいに干してあるシーツの陰に隠れます。
保安兵が探しに来ますが見つからずに行ってしまいます。
シーツの陰から手が出て、そっと押さえると血がにじんで広がります。

シーツから顔を出したマチェックが、手についた血のにおいを嗅いで顔をしかめるところはちょっと気が抜けて笑ってしまいましたが。

バーで呆然と立ちつづけるクリスチーナ。
最後のダンスにクリスチーナは誘われ、放心状態で輪の中に入ります。

マチェックは息を切らし廃墟の中をよろめきながら走り続けます。

クリスチーナは手を引かれて遠くを見つめながらゆっくりと行進しています。
その顔には笑みが浮かび、同時に涙が頬を伝い落ちます。

マチェックは広大な、見渡す限りごみを敷き詰めたような中で力尽きて倒れます。
身体を丸めて弱々しい泣き声を上げ、獣のように痙攣してやがてその動きが止まります。

高校生のころ最初に見た神戸の映画館では、その強烈なラストシーンに劇場内に灯りがつけられても多くの人が動こうとはせず、私もまた立つことができませんでした。
その後大学生のころ、池袋の安い映画館で20回以上見た覚えがあります。

原題どおりの「灰とダイヤモンド」は劇中、町の教会の墓碑銘に刻まれた、チプリアン・カミユ・ノルヴィッドの詩を引用したものです。

なんじの身、たいまつのごとく燃え盛り
その身より、火花の飛び散るとき
なんじ、自由の身となるを知らずや
持てるものは、失わるべき運命にあり
残るは、ただ灰と混迷
落ちゆく深淵の、灰の底深く
残るは、燦然たるダイヤモンド
永遠なる勝利の暁に

主演のズビグニェフ・チブルスキーは、舞台出身のせいか表情や動作は必要以上に大きいのですが、孤独で感じやすい若者をよく演じていました。
この映画を撮った9年後に列車事故で40歳の生涯を閉じています。
映画の出演作は7本でした。

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