チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

チエンマイの民間信仰

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精霊の数々

チエンマイの民間信仰−4−

民間説話および 『プーンムアン』 と呼ばれる伝承本からすると、タイ人にとって、死によって全てが終わり消え去ることはなく、死は最後の形態ではなく、無限に続く輪廻の中の一つのステップに過ぎないのかもしれません。

とはいえ、現実のタイ人が思い抱くピーとは、これまで述べてきたような生まれ変わりだけではないようです。彼らはむしろ、ピーという言葉そのものに我々には想像もつかない恐怖を抱いているようです。
では、老若男女を問わずタイの人々がそれほどまでに恐れる「ピー」とは、どんなものなのでしょうか。チエンマイ大学のマニー・パヨームヨン準教授は、その著「ラーンナーの文化」で「ピー」を次のように規定しています。
即ち「……我々が目にすることが出来ず、しかも、人間以上の力を持って、我々に善悪、即ち、功罪を与えるもの、これらをピーと呼んで我々は畏怖し、時には畏敬する……」

このことからも分かる通り、タイ人の言う「ピー」とは、我々日本人が考えている「霊」そのものなのです。そして、当然のことに「良いピー(PHII DII)」と「悪いピー(PHII RAAY)」に分けられます。
「良いピー」は「ピー・ファー(PHII FAA)」と呼ばれることからも分かる通り、「天上に住むピー」であり、時として「テーワダー(THEEWADAA)」と言うバラモン教の概念で表されることがあります。そして「悪いピー」こそが、一般の人々に恐れられ、広く信じられているピーに他なりません。それは「低級な霊」で、人間に様々な危害を加えたり、時には悪戯をしたりすると信じられています。

そして、上の両者のどちらにも属さない山、川、森、樹木その他自然の中の至る所に住む「自然霊」とも呼ぶべき存在があります。この「自然霊」はまさに日本の「八百万」の神々に似たもので、これもまたタイでは「ピー」とも、時にはインド文化の影響を受けてバラモン教の概念を借用して「テーワダー」とも呼ばれますが、時には純粋タイ語を用いて畏敬の念を込めて「チャウ(CAU)」とも呼ばれています。
このチャウという言葉は広く用いられ、その意味するところは『主』です。土地の主になれば『チャウ・ティー(CAU THII)』となり、『チャウ・ムアン(CAU MUANG)』であれば、国の主、日本的に言えば昔の『殿』『藩主』『城主』ということになります。日系企業の社長および幹部社員がチャウ・ナーイ(CAU NAAY)と呼ばれるのも『ご主人様』ということになります。

この他にも、日本の「英雄神」と同じように、「勇ましい英雄」「人の為に尽くした人」が亡くなるとその人の死後、人々がその徳を偲んで神に祀りあげた「ピー・ウィーラブルット(PHII WIIRABURUS=英霊)」と呼ばれる「ピー」があります。そして、こうした「ピー」の感情を宥め、慰め、怒りを鎮めるための供養が「リアン・ピー(LIANG PHII=ピーを饗応する)」と呼ばれる行事で、今も地方に行けば見ることが出来ます。

では「ピー」にはどんなものがあるのでしょうか、上掲書より、ごく一部その代表的なものを選び出してみましょう。
まず始めに「ピー・ホー・ピー・フアン(PHII HOO PHII HUAN)」と呼ばれるものは、各家庭、家屋に宿る「ピー」で、家族の健康を守り見守る「ピー」ですが、同時に家族の構成員が昔からの慣習を守ることを求めます。「フアン」とはチエンマイの方言で、バンコクの言葉では「ルアン(RUAN)」即ち「家屋」に他なりません。誰かが習慣を破ると「ピー」の怒りにより健康が損なわれ、時には命に係わる場合さえ出てきます。その例としては、その家の娘が親の許し・同意なしに恋人を作り肉体関係を持った時などが該当します。
その場合には、「リアン・ピー」により祖霊の怒りを鎮めなければなりません。当然のことに、結婚などで家族構成員に変化があれば「ピー・ホー・ピー・フアン」に報告しなければなりません。

また、かつて引用した『ラーンナーの道』では、正式に結婚しても、婿たち夫婦は母屋に寝ることは許されず、別棟の小さな部屋で過ごさねばならなかったと言います。なぜなら、祖霊は女系らしく、婿はまだ正式にその家の構成員と認められなかったからのようです。これはその娘夫婦に子供が出来るまで続くようです。

「ピー・モット・ピー・メン(PHII MOD PHII MENG)」は、家族の守護霊に似ていますが、氏族の先祖の霊を呼び出すことで、これには氏族員の参加が必要で、年に一度踊りを「ピー」に奉納して霊媒師に降臨させます。

そして、より大きな範囲になると「ピー・スア・バーン・スア・ムアン(PHII SUA BAAN SUA MUANG)」と呼ばれ、各村ごとに宿り、村人を守護します。年に一度、村人の健康、季節ごとの自然現象を求めて同じように「リアン・ピー」の儀式が持たれます。

「ピー・プー・ヤー・ター・ヤーイ(PHII PHUU YAA TAA YAAY)」と言うのがあります。これは「祖父母の霊」と言う訳の通り、先祖霊であり、先に紹介した「タムナーン・トン・ピー・タイ」の例がこれに相当するのでしょうか。これは、単に祠を建てて供養をすれば済みます。

「ピー・テーワダー」とは「精霊」とも訳し得るものですが、通常これには霊媒師が関わります。この霊は、強力な霊威を有し、踊りを奉納し、霊の好む食物もしくは飲み物を奉納し、霊が下りて来ると様々な予言を伝えます。
「ピー・バーン(PHII BAAN)」は「村の守護霊」で、「ピー・プー・ター(PHII PUU TAA)」と呼ばれて森深くにいて自然を守るとされていますから、日本の鎮守様に似ているのでしょうか。
「ドーン・プー・ター(DOON PUU TAA)」は禁断の地で、村人は、様々な穀物、鶏、酒を供養に捧げます。鎮守様に似ているのでしょうか。また「ピー・ナー(PHII NAA)」は「田の霊」と言う訳語が示す通り、田に宿る霊で、豊作、牛、水牛の健康をも支配するといわれています。
そして「ピー・バンパブルット」は、「先祖の霊」でありますが、死後まだ成仏することなく彷徨い、子孫を見守っているとされています。そして、病もまたこうした先祖の霊が悪い行いをなした子孫を懲らしめる為に起こしたものと信じられ、子孫は「ピー・バンパブルット」に謝罪すれば霊の怒りが静まります。

そうした守護霊的な「ピー」の他にも様々な「ピー」がいて、「ピー・ナーンマイ(PHII NAANG MAI)」とは「樹木に宿る霊」で女性の姿をとり、時として人を驚かせたりしますが、どこか愛嬌があるようです。

タイにあっては、日本同様様々な「霊」がいるのですが、そのどれもが未だに社会の中で生きていることに驚かされます。

(続)

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日本でも守護霊と言う言葉があります。
日常生きていると何か理屈では割り切れない不思議な現象が起こることがあります。絶体絶命のピンチが好転したり、逆にたやすいと思った事が失敗したり・・・。ご先祖の霊であったりするのでしょう。
私は毎日朝ご先祖に感謝の言葉を述べてから会社に出かけているのですが、今あるのはご先祖のおかげと言う事は忘れたくないですね。
傑作

2009/4/2(木) 午前 8:15 千葉日台

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こういう気持ちを忘れずに生きれば、そうひどい人生になることはないんじゃないかな?
「自分が一番」と思ったときから成長が止まる気がします。
ちょっと的外れかな?

2009/4/2(木) 午前 8:40 むうま

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全てのモノに神が宿るって考え方は好きですね。そして、感謝する心がそれに伴う。
タイで様々な「霊」が社会の中で生きていることは、イコール「感謝の念を忘れていない」って事なのでしょうか?
現在の日本の社会で「感謝の心」が減っているのに比例している事と共通する何かが見えるような気がします。

2009/4/2(木) 午前 10:31 ジョウジ

千葉日台さん

コメント有難うございます。
タイ人は不思議と先祖供養というものに興味がないようなんですが、祖霊は信じているようで、今も儀式は続いていますね。そして、そうした慣習は続けてほしいですね。

2009/4/2(木) 午前 10:42 [ mana ]

むうまさん

コメント有難うございました。
タイ人は今も両親を絶対だと思う日本的に言えば長幼の序が生きていますね。それ故に、男女間のことは今も神経質になることがありますね。

2009/4/2(木) 午前 10:43 [ mana ]

ジョウジさん

コメント有難うございます。
自然と共生していますから、自然の怒りは彼らが最も恐れることなんでしょうね。様々な霊を祀る事により、豊穣と平安が保障されると彼らは信じているのでしょうね。
それは、豊穣と平安をもたらす自然に対する感謝の気持ちと解することも出来るかもしれませんね。感謝の心をなくし、自然を破壊した時、自然の神々は怒りを表して、様々な災害をもたらすのでしょうね。

2009/4/2(木) 午前 10:48 [ mana ]

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結局ピーという霊は、なんの拍子に人間に利益や害を呼ぶのでしょうか?
守護霊なら個人個人に憑いていて、その名の通り守護すると思うのですが・・・(難しい)

2009/4/2(木) 午後 11:21 yuzupon

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ピーですか 精霊のようなものでしょうか?

2009/4/3(金) 午前 1:19 [ 道後 ]

柚ぽん瑠璃珊瑚晴パパさん

コメント有難うございます。
ピーというのは、個人から国に至るまで守護霊のように守護します。ただ供養を怠る、もしくわ決まりを破ると様々な害をもたらすとされています。たとえば、その構成員を病気にするとかです。

2009/4/3(金) 午前 5:46 [ mana ]

水大師さん

コメント有難うございます。
ピーというのは、神でもあり、精霊でもあり、幽霊でもあり、お化けでもありますね。人間ではなく、しかも人間に危害を加えうる摩訶不思議な存在とでも言うのでしょうか。ですから、機嫌を損ねないように供養をしなければなりません。

2009/4/3(金) 午前 5:48 [ mana ]

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最近、なんとなく図書館で昔話の絵本を借りて読んでいるのですが、
竜神蛇神、河童や狐、天狗に山姥や海坊主。正しくピーと同じ存在
のように思えます。

2009/4/3(金) 午前 10:15 [ しば ]

hemulen_civaさん

コメント有難うございます。
竜神、蛇神、河童に天狗、山姥や海坊主どれも人間の及ばない力を有している点ではピーと同じでしょうね。

2009/4/3(金) 午前 10:35 [ mana ]

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manaさん、履歴からやってきました。

どちらかと言うと、重いブログでしたが(ごめんなさい!)読んで見ると、大変確りした文章と内容で、興味を持ち、第一回目に書かれて内容から読み出しました。

あなたのブログでタイの文化に触れてみたくなりました。
ファンポチ☆

2009/4/3(金) 午前 11:13 [ 夕日の丘 ]

夕日の丘さん

余り知られていない小さな異国の小さな町のお噺ですから、日本の方には分かりにくいかもしれませんね。
チエンマイの昔を探っていくとバンコクとは違うもう一つのタイが見えるのではないか、拙文ながらもそう思って頂ければ、ブログの目的が叶います。また、この山奥に栄えた王国の輪郭が少しでも描き出せればそれに勝る喜びはありません。

これからも宜しくお願い致します。

2009/4/3(金) 午後 5:38 [ mana ]

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自分もピー好きでチェンマイ山の中を聞き取りをしながら、ふらふらしてます。おーすごい文章でした。大変面白かったです。自分も北部の精霊の森を捜し歩いてます。もし知ってましたら教えていただけると幸いです。ただ僕にはピーの名前などが東北、北部、中央での名称が混在しているように見えるのですが、この町はそうなのかなあとちょっと気になってます。でも村ごとに地域偏差があり、また人の移動、祭祀者の教養で呼び名が変わっていきます。名称の違いをおってもまた楽しいのですね。次の記事を楽しみにしてます。

2009/5/22(金) 午後 7:29 [ ねこ ]

ねこさん

コメントありがとうございます。
ピーを捜し求めている・・・ピーを祀る行事を捜し求めているということでしょうか。ピーにまつわる話を求めているということでしょうか。ピーというのは、目に見えない不可思議な力を持って生きる人間に様々に影響を与えるものですから、常人の目にすることは出来ません。只、ピーを祀る行事として比較的盛大なものは、チエンマイの西方にある小高い山ドーイ・カムにあるドーイカム寺院はどうですか。ここはチエンマイの先住民ルアッ族が祖霊を祀っているところとして有名で、その象も祀られています。そして、年に一度盛大にそれいくようが行われますが、祖霊が憑依すると、生の牛肉を齧りながら全身血まみれになったルアッの人は狂ったような凶暴な目になってあたりを歩き回り、斃れた牛に跨ったりします。
残念ながら、その行事の日を失念しましたが、もし興味があれば市内の観光協会に問い合わせれば教えてくれるかもしれませんね。一般市民の行事としては徐々に廃れて言っていますが、田舎に行けばその氏族の行事があったりしますが、それは彼らの村人、関係者以外なかなか知ることが出来ません。

2009/5/23(土) 午前 6:08 [ mana ]


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