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チエンマイの民間信仰−10−
チエンマイ建都に関わった三人のタイ族の王の盟友関係を示すことを目的に作られた記念像を記念して一冊の本が上梓されました。「ラーンナータイ」という名のその書の中で、チエンマイ大学準教授のセーン・チャンンガーム(SEENG CANTHRNGAAM)は、ラーンナー地域内の仏教について興味深い論文を記しております。
その概略を記すと以下のようになります。
タイ族は、西暦紀元前に何らかの事情で中国国内を南及び南西に移動し、西暦前後に現在の雲南省に至りアーイ・ラーウ王国(AANAACAKR AAYLAAW)を建設し、そこにおいてインドより何らかの宗派の仏教を受け入れたのではないか。それを証するかのように「漢書」の中でタイの王の一人クン・ルアン・マウ(KHUN LUANG MAU)が仏教徒であることに言及していると言います。
その後西暦2世紀頃に中国軍の攻撃を受けたタイ族は、四分五裂して河川に沿って現在の東南アジア各地に散り、雲南に残ったものは中国の権力下に組み込まれました。西暦7世紀頃になるとポー・クン・ピロック(PHOO KHUN PHILOK)と言う名の英雄の指導のもと、タイ族は中国の支配を跳ね返し、現在の昆明のあたりに南詔王国(AANAACAKR NAAN CAU)を建設しました。その南詔王国は、中国仏教隆盛期の唐・宋両王朝に跨がる500年間に亘って栄えたそうです。
その宋の時代、タイの一人の王が大乗仏教の教典である「金剛智波羅蜜多教」3巻及び「大マハーヤマーナカ(MAHAAYAMAANKA)」3巻を中国皇帝に献上したと言います。更に西暦12世紀、モンゴル軍の攻撃を受けて南詔王国が崩壊すると、タイ族は再び南下の移動の旅に出、先に移動しモーン・クメール族の中に混じって住みついていた同じタイ族と合流しました。
南詔王国がタイ族のものであるか否かは、現在大いに異論のある所かもしれませんが、中国の史書を読まない私には何とも判断出来ません。又、タイ族の移動そのものが霧の中深くに隠れて見えない現在、移動を想像する楽しみはあっても、都を特定することは不可能です。
ただ、ここまでの記述で面白いのは、タイ族の王が大乗教典を中国皇帝に献上した点であります。とするならば、雲南省にあってインドより受け入れた何らかの仏教とは大乗仏教と言うことになるのでしょうか。そして、先住のモーン・クメールが受け入れた仏教も必ずしも純粋な上座部仏教とは言えないことはカンボジア仏教遺跡を見れば分かります。
ともかく、セーン準教授は、ラーンナーの地にやって来たタイ族の初期、即ちパヤー・マンラーイがこの地に王国を築いた頃のタイ族の信仰する宗教は、まだ、大乗と上座部の仏教にバラモン教、精霊信仰が混じったものであろうと結論しています。しかも、クメールより大乗仏教の何らかの儀式、特に密教のものを受け入れていたものであろう、と言う点は、大いに興味をそそられます。
現在においてもカンボジアと言えば、どこか呪術的な匂いが立ち籠めており、秘儀・祈祷を重視する密教系仏教が、クメールを通じてモーン族社会に、そしてタイ族社会に浸透していったと想像するのは楽しいことです。そして、そう言う想像の上に立てば、ナコーン・ラーチャシーマー県の博物館にある密教の儀式に用いる道具も、チエンマイの旧都より発掘された仏像の中に混じる菩薩象も説明がつくのではないでしょうか。
そして、セーン準教授は、かつてこの地において大乗仏教が栄えていたことを示すものとして、その論文の中で次の6点を上げています。即ち、
1.大乗仏教密教派の呪文である陀羅尼呪文を刻んだ貨幣がチエンセーンで発見された。
2.かつてパヤー・クーナー時代にチャンタと言う名前の僧正がドーイ・ステープにおいて知恵を増す為に「マハー・ヨーキ・マンタラパ・ペータ」を繰り返し繰り返し誦したことを記した文書がある。
3.このラーンナーの古い仏像には、王の如く装ったものが多くあり、これらの仏像は、密教の大日如来であり、法身仏であって、釈迦牟尼仏ではない。
4.ラーンナーにあっては、僧も信者も敬虔な仏教徒は中国、日本の大乗仏教徒同様に肉食をしない。
5.かつて、ラーンナーの僧は、夜間や夕方の食事摂取など軽微な破戒条項は守ることがなく、少年僧は、得てして夕方になると村に帰り、家族が用意した食事を摂ったものである。この点は、今も田舎に行けばその雰囲気を味わうことが出来ます。一日に1回、もしくは2回、正午前に食事を獲り、それ以後は一切の摂食を禁止する上座部仏教のタイにあっては異様なことです。
6.吉祥の行事にあっては、招請を受けた僧は、三蔵の中にはなく、大乗仏教のウナヒット・ウィチャヤ経(UNAHIL WICHAYA SUUTR)を誦した。時には、同じく大乗のチョムプー・ボーディー経(CHOMPHUUBODII SUUTR)を誦した。
残念ながら経典の知識のないあたしには、今ひとつ実感がなく、この点について私見を述べることが出来ませんが、このチエンマイのタイ族が従来持っていたと思われる宗教は、彼らが先祖代々堅持して来た精霊信仰「ピー」崇拝に加えて、中国国内において未消化、もしくは確たる宗派の意識もないままの大乗仏教を受け入れたまま南下して来たものではないでしょうか。
一方、インドシナ大陸部にあっては、バラモン教の基礎に密教系大乗仏教が混入したクメールの宗教、大乗派と上座部派の混入したモーン族の仏教が栄えており、メコン河を越えてやって来たタイ族が、ここでモーン・クメールの仏教に接しても、それほどの違和感を抱かなかったでしょう。
むしろ、積極的にクメール・モーン文化を吸収しながら、政治的には両族の上に立ったのではないでしょうか。それは、彼ら先住民がかなり高度な文明を誇っていたからではないでしょうか。
現在のタイ社会においてもバラモン教世界は脈々と生き続け、呪術は人々の信仰を集め、僧侶すらもが様々な呪文を唱え、呪術世界を形成しています。又、人々も僧侶の呪力を信じればこそ、車に信仰する僧の写真を貼り、僧侶に呪文を唱えて貰い、時には、呪術によって人の心すらをも支配しようと考えるのではないでしょうか。
釈尊が秘術を否定し、神秘を否定し、各自のひたすらな努力を奨励し、どれほどに「因」「果」を説いても、人々は、呪文のもつ超能力、高僧の持つ超能力を否定しようとはしません。
死者に対しても、葬儀は行いますが、その後の法要・供養を行うことなく、使者の死後の世界、死後の生活について言及することなど殆ないタイ仏教界の中で、死後の世界を否定しないのも又、タイ人の考える仏教なのではないでしょうか。
(続)
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ちんけいうんさん
コメント有難うございます。
いろいろなものが混じっているんですね。
彼ら自身もそれに気付いていないところが恐ろしいですね。
それでえてして世界の仏教界の中心・正統派だと言う意識を持つんですね。
2009/5/4(月) 午後 5:17 [ mana ]
tak*1*37*さん
コメント有難うございます。
同じように仏教と言ってもそれぞれの国によって微妙に変化しているのが実情ですね。それはそれぞれの国の国民性と各民族が本来持っている民族宗教の違いによるものでしょうね。
2009/5/4(月) 午後 5:19 [ mana ]
タイは死後の法要・供養を行うことなく、
使者の死後の世界、死後の生活について言及することなどない
ということは自分の祖先様を想い、敬う行為は無いと言う事でしょうか。
2009/5/4(月) 午後 8:00
さくらの花びらさん
コメント有難うございます。
一部の人は、個人の墓を持っています。ただ、そのお墓(納骨した小型仏塔)もしくは、遺骨をお寺に安置してそれで終わりが普通です。家庭に仏壇がありませんから、日々霊前に手を合わせることもありません。年次法要を営むか、と言えば少なくともあたしの住む田舎ではなく、また回りでもそうしたことをするとは聞いていません。各家庭では、写真を壁に飾ったりしていますが、それに花・線香・蝋燭を供えるか、と言えばありません。
葬儀ー3日から1週間くらいーの後荼毘に付し、翌日お骨を拾ってそれで終わり。時には100か日の法要を行いますが、それだけです。日本のように家族揃ってのお墓参りなどは想像しようもありません。
2009/5/5(火) 午前 5:52 [ mana ]
仏教の死生観と言うのは基本は同じでも国によって多少行動様式に差があるのですね。
タイは法事をしない代わりに葬式が華美な気がしますが、実態はどうなのでしょうか。
傑作
2009/5/5(火) 午前 7:30
最近の日本でも、埋葬しない人が増えてきましたね。墓地を得ることが難しくなったこともあるでしょうし、昔のようにあとを継いだ長男が墓の世話をするという習慣が無くなりつつあります。と言う自分も墓に埋葬されたくありません。樹木葬などが良いなぁと思っていますよ。
2009/5/5(火) 午前 9:26
こんにちわ。
連休で遊び呆けてまして訪問が遅れました。
休みで鈍った頭にとっていい勉強になりました。
死後の事は日本ではよく言及されますね、、、、。
同じ仏教でも違いがでるのもですね。
2009/5/5(火) 午前 9:49
千葉日台さん
コメント有難うございます。
タイの葬儀は大変にぎやかで涙はなくて、笑顔があります。亡くなると村人が総出で葬儀の準備をします。空き地から木を切ってきたり、女性たちは台所仕事の準備をしたり、出家経験者は寺院の僧侶と読経の打ち合わせが始まります。そして音楽が始まります。朝早くから始まった音楽は、深夜まで続きます。この音楽が流れると離れている人も葬儀があることを知るのです。葬儀は不慮の死を遂げた場合、自殺の場合などは除き通常1週間ほど続き、夜の読経では説教に長じた僧侶を招請しようとします。この葬儀の間、村人はお祭りかと思うほどにぎやかに笑いながら世間話に興じ、昔は僧の読経の後庭先で賭博が行われていたものです。
葬儀の最終日には棺は庭先に引き出され、翌日の荼毘の準備が始まります。語呂合わせの関係から荼毘は金曜日を避けて行われますが、火葬場はどの村にもあり、市内にも幾箇所もありますが、旅行者には判別できないかもしれませんが、一目で分ります。荼毘の日には、棺を台車に乗せ、村人が曳いて行きます。無常の真っ黒い煙を見ながら参列者は帰路につきます。
2009/5/5(火) 午前 10:12 [ mana ]
若紫さん
コメント有難うございます。
コチラでは、荼毘でも埋葬でも構わないことになっています。また荼毘の後の遺骨遺灰をどうすしなければならないかと言う決まりもありません。従って河に流すことも、山野の捨てることも、自宅の庭に埋めることも出来ますし、寺院の隅を借りてそこに遺骨を納めた塔を安置してもらうことも可能です。中には信仰する寺院の菩提樹の根方に骨壷を安置している人もいます。
2009/5/5(火) 午前 10:19 [ mana ]
Nonさん
コメント有難うございました。
連休は如何でしたか。
日本では浄土教の影響でしょうか、死後の世界が大変素晴らしく描かれていますね。しかし、コチラでは死が最後です。その後は・・・僧は天国の何番目にいるとか言ったりしますが、基本的には、死をもってその人との繋がりが切れ、時の流れの中で記憶から消えていくようです。
ですから、江戸文学に見られるような叶わぬ恋を悲しみ、死んであの世に生まれ変わって蓮の葉の上で一緒に暮らそうなどという発想はないようですね。
2009/5/5(火) 午前 10:26 [ mana ]
日本の仏教は 葬式宗教ですしね・・・
だからそうかがのさばるかと!!
葬式より説法が大事ですね
傑作
2009/5/5(火) 午前 11:27 [ 道後 ]
こん
∧、∧ ただいま〜
| ω・`) のぞきにきましたよ
|⊂ /
|ω__)
2009/5/5(火) 午後 0:13
水大師さん
コメント有難うございました。
実は、あたしの住む村にもそうからしいのがいまして、彼女の実の父の葬儀の席であたしに言いました。日本で一番の宗教で、これを信じていいことばかりだ・・・と。父の葬儀の席で言うことですか?その少し前、親戚の一人が亡くなってその遺産を貰い受け、金持ちの仲間入りしたらしいです。あたしも当然同じ信仰を持っていると思ったのでしょうね、一緒に読経してくれ、と言って来ましたが、断りました。でも彼女の父は、そんな信仰とは無縁の人であたしにはとても優しい人でしたので、心から冥福を祈りましたが・・・
あれは魔の集団ですね。
釈尊の教えを広めることこそ僧の務めですね。
2009/5/5(火) 午後 1:03 [ mana ]
日帰り温泉とグルメさん
お立ち寄り感謝します。
何のお持て成しも出来ませんが、ゆっくりしていって下さい。
2009/5/5(火) 午後 1:04 [ mana ]
インドで生まれ日本で成熟した仏教ですが、その多様さは地域社会に脈々と根付いています。
どの宗派が正統で釈迦の教えを正しく伝えているかを断定できる人間などいないのが実情のようです。
しかし貧しい民衆を置き去りにして宗教家、宗派寺門が富を膨らませ栄える宗教は間違っていると思います。
2009/5/6(水) 午後 10:10
葬儀は行うがその後の供養、法要は行わないのは大賛成です。
我家のお墓は先祖代々の、それは立派なものですが、私は中に入りたくありません。散骨でもして、土に返してもらいたいです。
死んだ後は自由になりたいです。
2009/5/7(木) 午前 9:14
よかもん人生さん
コメント有難うございます。
釈尊自身は宗教を創設した意思などなかったかも知れません。
後世の人たちが釈尊の気持ちを推し量って、こうであろう〜、ああであろう〜と推察して様々な宗派を形成して行ったのでしょうね。あたし自身、どこの宗派にも属すつもりはありませんが、釈尊の教えは素晴らしいと思っています。すなわち、五戒、無常は世界の全ての人の否定し得ない教えだと思いますね。
2009/5/7(木) 午後 5:46 [ mana ]
むうまさん
コメント有難うございます。
死ねば何もわからないのですね。昨年亡くなった当地の高僧がある葬儀の席で「葬儀は残された人の為にある。亡くなった人は何も分かりはしない・・・」と言っていました。亡くなった後のことはどうすることも出来ないですよね。信じる人に託す以外には・・・
あたしにとっては、死の直前に笑みが浮かべばそれに過ぎる幸せはないですね。死後の世界はまだ死んだ事のないあたしには何とも言えないです。
2009/5/7(木) 午後 5:56 [ mana ]
はじめまして。本文よりもコメントのお返事のほうに惹かれ登録させていただきました(失礼)。タイ仏教の様子が目に見えるようによく分かります。ポチ!
2009/6/30(火) 午後 7:37
迷えるオッサンさん
何しろ素人の文章ですから思うことの半分も書けず、皆さんからのコメントで気付かされて改めてご返事に書いている次第です。
拙い文章ですが、除いて頂けると励みにもなり、嬉しいです。
2009/7/1(水) 午前 6:19 [ mana ]