チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

チャーマテーウィー伝

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五人の隠者

ナーン・チャーマテーウィー伝−2−

ここにサグアン・チョーティスックラット(SANGUAN CHOOTISUKHURATN)著の1972年発行の『ラーンナータイ伝承集(PRACHUM TAMNAAN LAANNAATHAY)』と言う書物があり、その中に『プラ・ナーン・チャーマテーウィー伝(TAMNAAN PHRA NAANG CAAMATHEEWII)』と言う伝承が掲載されています。これに『ヨーノック王朝年代記』の中のムアン・ハリプンチャイに係わる部分の記事を加え、そして他から一部を味付けに利用しながら、話を進めて行きたいと思います。

釈尊の出家時に共に苦行を勤めたとされる、いわゆるベンチャ・ワッキー(BENCA WAKHKHIIY)と呼ばれる五人の修行仲間を真似ているのでしょうか、伝承は、五人の出家者がいたと言います。

「ヨーノック王朝年代記」では、時に仏暦1008年、即ち、西暦465年のことだといいます。

その五人とは、即ち、ステーワ(SUTHEEWA)、スッカタンタ(SUKKATHANTA)、アヌシット(ANUSIS)、チャリッタ(CHALITA)、そして、スプローム(SUPHROHM)と言う名前でした。彼ら五人は共に良家の出であるとしながら、その出自を明らかにしていないなど、話の初めからその存在そのものに疑問を抱かせます。

当初、彼らは釈尊に対する帰依の心から仏門に入り、修行を重ねましたが、既に妻帯経験の彼らは色欲に悩まされていたようで、悟りを得ることは出来ませんでした。そこで、彼らは揃って釈尊の教えから離れ、ヒマラヤ山中の森に分け入ると、修験道に道を求めた、といわれています。
即ち、ルーシー(RUUSII)の道を歩み、ついに様々な神通力を会得してルーシーとなることができたのです。ここで言うルーシーとは、隠者とも訳されますが、誤解を恐れずに言えば、むしろ仙人に近いかもしれません。

修行を終え、神通力を得た五人の隠者は、ヒマラヤの山中より人里に下りてくると、夫々に別れて暮らすことになりました。今、その場所を示すと次のようになります。
ステーワ・ルーシー・・・ウッチュ・バンポット(UCCHU BARPHOT)、即ち、ドーイ・ステープ(DOOY SUTHEEPH)
スッカタンタ・ルーシー・・・現代のムアン・ロッブリー(MUANG LOPHBURII)であるムアン・ラウォー(MUANG LAWOO)の山
アヌシッサ・ルーシー・・・現代のムアン・サッチャナーライ(MUANG SACHANAALAY)であるムアン・ハリッタワンリ・ナコーン(MUANG HALITHAWALLI NAKHOOR)近くの山
チャリッタ・ルーシー・・・アハパッパタ山(DOOY AHAPAPHPHATA)、即ち、後年ハリプンチャイ王国最後の王パヤー・ジーバーが都落ちするに際して燃え盛る都を目にして涙を流したが故に名付けられたというドーイ・バーハイ(DOOY BAAHAI)
スプロム・ルーシー・・・現在のラムパーンであるムアン・ケーラーン・ナコーン(MUANG KHEELAANGKH NAKHOOR)のカウンガーム山(DOOY KHAU NGAAM)
となります。

ウッチュバンポットに住するステーワ仙は、山裾の河で水浴びすることを日課としていましたが、ある日象、犀、野牛の足跡に男女一組ずつの赤子を見つけ、拾い上げて自らの指先から乳を搾り出して育てたといいます。動物の足跡に生まれた三組の子供は、ステーワ仙の側近くに仕え、成長するに及んで夫々を夫婦となりました。

また、ステーワ仙の排泄する汚物を食べた雌鹿がいて、やがて男女一組の人間の赤子を産み落としました。この鹿から生まれた人間の子供二人もまた、ステーワ仙が拾い上げて育てることになりました。男の子はワンクリシ(WANGKURISI)と名付けられ、女の子はミッカボーディー(MIKHABOODII)と名付けられました。

二人の子供が16歳に長ずるに及んでを夫婦とし、先に動物の足跡に生まれた三組の夫婦共々四組の子供の為にムアン・ミッカサンカ・ナコーン(MUANG MIKHSANGKHA NAKHOOR)を建設しましたが、ワンクシリとミッカボーディー夫婦はステーワ仙の血縁であるが故に、他の三組の夫婦の上に立たせました。

このワンクリシの統治は、その統治機関、17年とも30年とも、はたまた70年とも言われますが、霧の彼方の伝説の世界、お伽噺の世界ですからどれが本当なのかわかりません。彼には、三人の王子と一人の王女がいましたが、ステーワ仙は長男のクンリカナート(KUNRIKANAAS)に頭頂礼をなして王位に就けました。

悲劇が起こったのは、このクンリカナート王の時でした。

町に老婆と息子の家庭があり、息子は連日のように母親を打ち据えていたといいます。ある日、余りの苦痛に老婆が我が子の暴力をクンリカナートに訴え出ると、王は、太鼓も子供が打ってこそ音が出るのであり、子供が母親を打擲することに何の不思議があるか、と意味不明の判決を下して老婆の母親の訴えを取り上げませんでした。

こうした王の非道は、やがて天上のインドラ神にまで聞こえると、怒りの余り町を洪水で沈めてしまいました。この時、神は老婆および善人たちを洪水の被害から逃れさせたといいます。どこか、あの白い鰻の祟りで水底に沈んだヨーノック王国の話に似ているようにも思います。
それを目にしたステーワ仙は、どうしたものかと考慮し、釈尊の予言のある地に町を建設しようと思い立ちました。しかし、さすがに一人ではどうすることも出来ないと悟ると、ムアン・ラウォーにいる親友のスッカタンタ仙に相談しようと考えました。

その時、ステーワ仙の意を察した竹の精は、ステーワ仙の認めた書状を受け取ると、竹に宿って川を流れてスッカタンタ仙のもとに下って行きました。親友ステーワ仙からの書状を受け取ったスッカタンタ仙は、精霊と共に川を遡ってステーワ仙のもとにやってきました。次に二人の隠者が今一人の友人アヌシッサ仙の考えを聞くと、アヌシッサ仙は二人の友の考えに同調し、従者のガルーダ鳥に命じて大海より貝を拾ってこさせました。

この時の建国の地選定に際して、またしても釈尊の予言伝説が現れますが、ここでは煩雑になりますので省きます。

この貝は、「チャーマテーウィー伝」では単に貝殻としか記されていませんが、「ヨーノック王朝年代記」では、法螺貝となっています。法螺貝は聖なる貝で、水の象徴でもありますが、ガルーダ鳥から受け取った二人の隠者は、それを地に被せて線を引いて行ったといいます。引かれた線が濠となり出来上がったのがムアン・ハリプンチャイ(MUANG HARIPHUNCHAY)でした。

ガルーダといい法螺貝といい、バラモン教の影響が色濃く見えます。

こうして新たにウィアンが出来上がると二人の隠者は、ムアン・ラウォーのプラヤー・チャッカワット(PHRAYAA CAKAWATI)の娘、チャーマテーウィーこそがこの国の統治者に相応しいと考え、カワヤ(KHAWAYA)という人物を使者に立て、たくさんの貢物を持たせて、スッカタンタ仙と共にムアン・ラウォーに下らせました。

こうして、ナーン・チャーマテーウィー(NAANG CAAMTHEEWII)が歴史に登場するのです。
(続)

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むうまさん

コメントありがとうございます。
ガルーダというのはインドの神話に出てくる神の鳥なんです。インドネシアの飛行機会社にガルーダ航空というのがありますが、これも同じ起源です。この鳥はバラモン教の三大神の一つ、ヴィシュヌ神の乗り物であり、インドネシアの木工のお土産物のデザインに多く利用されています。これの宿命の敵がナークと呼ばれますがインド神話の竜です。常にガルーダがナークに勝つようですが・・・
このガルーダは、タイではクルットと呼ばれますが、王室の象徴であり、公文書、旅券には必ず印刷されています。また街中の巨大企業の中にも特別な許可を貰って建物の正面に飾っています。
法螺貝は、仰る通りです。この法螺貝はバラモンの儀式にはなくてはならないものであると同時に、バラモン教における宇宙の創造主ブラフマン神の持ち物の一つだったと記憶しています。

2009/5/26(火) 午前 10:42 [ mana ]

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まるでギリシャ神話を思わせるような内容ですね。
続き、お待ちしています^^

2009/5/26(火) 午前 10:44 ジョウジ

ジョウジさん

コメントありがとうございます。
お伽噺の時代ですから、神や精霊や仙人まで出てくるし、動物から人間の子供が産まれたりもします。この延長線上にチャーマテ−ウィーが生まれるんですね。
資料が少ないのが難点なんですが、何とか分を繋げて行こうと思いますので、宜しくお願いします。

2009/5/26(火) 午前 11:04 [ mana ]

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クルットの印刷を許可する官庁はどこなんですか?それにしても神々と人々との交流の際には「音」が鍵になるのでしょうかね。銅鑼であったり法螺貝であったりそして日本での神道での祝詞の際の神主の「降神の儀」「昇神の儀」でのうなり声みたいな声も「音」なのでしょうか。インド神話は仏教やバラモン教やイスラム教などが広く影響しあって複雑怪奇になっているのでしょうね。だから聞いたり読んだりするだけでは何とも腑に落ちにくい事が多いですね。現地に行き空気を吸って色を見て地形を見るだけである程度体が理解する事もあるのかも知れませんね。大海原で「潮目」が分かるようなものかもね・・。

2009/5/26(火) 午前 11:04 亜鉛右近

aen*u*on99さん

コメントありがとうございます。
クルットの使用は、確かなことは分りませんが王室だと思います。国営銀行でもこのマークを建物に使っていませんが、私立の大手銀行は使っていますから。ただ、市販の安封筒などにこのクルットを印刷していたりしますが、これが正式の許可を得ているものかどうかは疑問ですね。
それから音は大切なものですね。バラモン教の儀式では小さな太鼓を振り回し取り付けた紐の先で太鼓を叩くこともあります。また、昔からタイ族は大きな青銅の太鼓を持っていました。それは今殆ど理解されないまま飾られていたりしますが、古代文明の一つの証なんですね。
東南アジアはどこの国もインド文明の影響を逃れられません。ですからあたしも本当はインドに暫く住み着きたいとも思うのですが、こればかりは・・・インド神話はアーリア人種優位を裏付ける為に創作されたものでしょうが、そこに原住民の民話が複雑に入り込んでいるのでしょうね。
東南アジアの文明を詳細に見ていけば日本の神道に非常に近いものを見出すのはあたしだけではないと思います。

2009/5/26(火) 午前 11:25 [ mana ]

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ガルーダ鳥って不死鳥とかの事なんですか?
いろいろと神秘的な話ですね
面白そうですね 続き宜しく!

2009/5/26(火) 午後 7:24 yuzupon

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不思議な話ですね。
理解しがたいほどの突拍子な話が日本の神話にもあります。
聞く方の想像力も広がるのが楽しいですね。
資料が少なくとも、書く方にとっても楽しいですね。

傑作です。

2009/5/26(火) 午後 8:34 保守の会会長 松山昭彦

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5人の隠者、興味深い話でした。

続きをおねがいします。

法螺貝ってよく時代劇等で戦の時に吹いている場面が見られますが
そちらから伝わった楽器なんでしょうかね、、、、??

2009/5/26(火) 午後 8:42 Non

柚ぽん瑠璃珊瑚晴パパさん

コメントありがとうございます。
ガルーダというのはインドネシア航空のシンボルともなっている伝説の神鳥です。バラモン教の三大神の一人ヴィシュヌ神の乗り物とされています。宿敵はナークと呼ばれるインドの竜なんですが、ガルーダが必ず勝利します。
このガルーダはタイにあってはクルットと呼ばれ、王室のシンボルとなっています。タイの旅券、公文書にはこのクルットのマークが印刷され、一部企業はこの鳥を会社建物に飾っています。

2009/5/27(水) 午前 6:15 [ mana ]

さくらの花びらさん

神話とか伝承というのはえてして信じがたいものですが、その中に何がしかの事実が隠されていると思えば、読んでもまた楽しいですね。特に昔の話ですから、神の権威を騙ったり、神の化身であることを伝えなければならなかったかとも思います。神話と笑わずに信じた振りをして昔を見るのもまた歴史の見方の一つかもしれません。
資料的には『プーンムアン・ラムプーン伝』が手に入ればいくらか補強できるのかもしれませんが、こうした古文書が出てくる機会が少なく、出てきても部数が少なくてすぐになくなりますので、残念ながら未入手です。ですが、何とか手元の資料だけで大まかな形が描ければ由としよう、と自らを慰めています。

2009/5/27(水) 午前 6:28 [ mana ]

Nonさん

コメントありがとうございます。
法螺貝はとても大きな音が出ますので、昔は多くの人に広めるのに利用されたかもしれませんね。ですから仏の説法もこの法螺貝の音の如く広まるというのが原意かもしれませんね。こうした大きな音が遠くまで広がることから『嘘をつくこと』もまた『法螺を吹く』となったようです。
また法螺貝はバラモン今日にあっては、ヴィシュヌ神の持ち物のひとつです。そして、タイにあっては結婚式の際に新郎新婦の手に聖水を注ぐ時に使われたのも昔はこの法螺貝あったようです。

2009/5/27(水) 午前 6:43 [ mana ]

むうまさん

コメントに対するご返事の中で、法螺貝が、
>バラモン教における宇宙の創造主ブラフマン神の持ち物の一つ

としている点は、あたしの記憶違いだったようです。
法螺貝はヴィシュヌ神の持ち物のひとつです。初歩的な間違いで誤解を与えましたこと申し訳ありません。
ここにお詫びして訂正します。

2009/5/27(水) 午前 6:47 [ mana ]

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五人の隠者、その出自も不明確で逆に神秘さを感じます。
日本の神話に近いものも感じますね。
傑作

2009/5/27(水) 午前 7:43 千葉日台

これはインドの神話ですか。こんな話はじめてです。興味深くよませていただきました。ルーシー 隠者のことですか。
又読みにきます。

2009/5/27(水) 午前 7:46 [ つんちゃん ]

千葉日台さん

コメントありがとうございます。
こちらの伝承にはこうしたルーシーがしばしば現れますが、特にステーワ・ルーシーというのは有名でしばしば時代を異にしても出て来ます。ですから、どこかそうした超人的な存在があってこそある出来事が起こった、と昔の人は考えたのでしょうね。神話とはそうしたものですから、日本の神話も笑って過ごすのではなく、真剣に読んで欲しいですね。そうすると案外日本人のルーツが分るかもしれません。

2009/5/27(水) 午前 10:15 [ mana ]

つんちゃんさん

ご訪問&コメントありがとうございます。
インドの神話ではなく、タイ国の北の町ラムプーンの町の建設秘話です。
タイ国の北にはかつてラーンナーという巨大な王国がありましたが、その王国の都が現在チエンマイと言われている町です。そのチエンマイの南により古い町があり、そこはかつてハリプンチャイと呼ばれていましたが、現在のラムプーンです。その町の初代の統治者が面白い伝説を持った女性ですので、彼女の話をしながらその町の成り立ちを見てみたいというのがこの項の目的です。
日本の方にはまったく馴染みのない小さな町のお話なんですが、それなりに面白いかと思います。
もしお時間があれば覗いて頂ければ嬉しいです。

2009/5/27(水) 午前 10:20 [ mana ]

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法螺貝持ってます!!わしはヴィシュヌ神か?!!!
なんちゃって!!!
ロマンのある話です

2009/5/27(水) 午後 6:42 [ 道後 ]

水大師さん

コメントありがとうございます。
かも知れませんね。
人は誰もが何かの化身であるあるかもしれませんから・・・

2009/5/27(水) 午後 8:12 [ mana ]

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凄い話ですね。勉強に成ります。

2009/5/27(水) 午後 8:15 [ taka ]

tak*1*37*さん

コメントありがとうございます。
これからも宜しくお願いします。

2009/5/28(木) 午前 5:47 [ mana ]


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