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ナーン・チャーマテーウィー伝−7−
チャーマテーウィーは無事双子の王子を出産し、神は彼女の正しい行いを愛でて白象を遣わし、双子の王子の所有としました。かくてムアン・ハリプンチャイは神の加護のもとで順調に繁栄の道を進むかに見えました。
この時、遥か西北方向、現在のドーイ・ステープの麓に勢力を持つ先住民ルアッ族の王がチャーマテーウィーの美貌の評判を耳にしました。「ヨーノック王朝年代記」では、ルアッの王はチャーマテーウィーの美貌に心奪われ恋焦がれたと伝えています。
彼は、将軍に500名の従者を付け、献上の品を納めた竹製の背負い籠500籠をチャーマテーウィーのもとに遣わして我が女となるよう意を通じせました、といいますから、従者一人一人に背負わせて運んだのでしょうか。
この時のチャーマテーウィーの反応は「ヨーノック王朝年代記」では味気なく「・・・プラナーン・チャーマテーウィーは、怒り、そのルアッの使者をナコーンより追い払いました。・・・」となっています。
しかし、「チャーマテーウィー伝」は、その時のチャーマテーウィーと使者との会話を次のように伝えています。
「・・・お前の王は、その容姿如何なものであるのか。使者が拝礼して答えて言うには、我が王は、我らが如きであります。そのように言いました。そこで、チャーマテーウィーが言うには、もしもお前の王がお前のようであるならば、例え我が手に触れようと欲したとしても、触れさせるべきではない。お前は、今すぐに立ち去るがよい。そう言いました。」
これは何を意味しているのでしょうか。その使者の服装が裸体に近かったことを非難しているのでしょうか。それとも、言葉使いが余りにも下品であったのでしょうか。それとも肌の色が黒かったのでしょうか。
言葉使いは、彼らが何語を使用したのでしょうか。非常に興味あるところです。少なくともタイ語ではない様に思いますが。多分当時のことですから言葉よりも、力を背景とした脅しでしょうが、後世の伝承作家がタイ人であった為にこうして美化して書いているのかもしれません。ちなみに、チエンマイ建設当時、今から700年余り前の王たちの言葉すらも、現代タイ語からすれば非常に砕けた、時には下品ともいえる「俺、お前」的な言葉を使っていますから、言葉でチャーマテーウィーが怒りを表したのではないでしょう。
考えられるのは、礼儀を知らない色黒・半裸の野蛮な戦士が、我が主人がお前を自分のものにすることを欲しているのでそれを求めてきた、という赤裸々な求めに対する王女の反発だったのかもしれません。
帰ってきた使者から使いの報告を聞いたルアッの王は、当然の如く怒りに燃えました。
こうしてムアン・ハリプンチャイとルアッの国との間の戦闘が始まるのですが、二つの伝承はその内容に差異があります。面白いので併記してみましょう。
まず「チャーマテーウィー伝」では、次のようになっています。
ルアッの王は、まず、牛を戦わせようと提案しました。双方が互いに一頭ずつの牛を出して戦わせ、チャーマテーウィー側の牛が負ければ自分の女になれ、というものでした。ところが伝承はチャーマテーウィー側の牛が勝った時のことは記していませんから、一方的な賭けだったのでしょうか。チャーマテーウィーがルアッの王の女となるかならないかを賭けるだけの単純なものでしたから、これでよかったのかもしれません。
提案したルアッ側では当然に勝利を確信出来るだけの勇ましい巨大な雄牛を自信を持って引き出しました。一方、誰の考えからでしょうか。チャーマテーウィー側では、まだ乳離れしていないひ弱な子牛を用意し、その子牛に一晩乳を飲ませませんでした。
そして、チャーマテーウィーの名誉を賭けた戦いの日、戦いの場に引き出された乳に飢えた子牛は、乳を求めてルアッの頑強な雄牛に突進しました。しかし、目の前にいるのは巨体を揺する雄牛です。それでも飢えた子牛はわき目も振らずに突進すると、乳房だと思って雄牛の睾丸にありったけの力で吸い付いたといいます。
乳欲しさに雄牛の睾丸目掛けて只管突進するだけの子牛にルアッの勇ましい雄牛は、驚き恐怖の余り逃げ出しました。
かくしてチャーマテーウィーは、ルアッの挑戦を退けました。
しかし、ホッとしたのも束の間、ついで、ルアッの王は闘鶏を呼びかけました。
闘鶏というのはそれほど昔から盛んだったようです。今も田舎では闘鶏が行われており、この賭場は役所の許可を得なければなりませんが、鶏を育てる人は正に命がけになって真剣に育てます。鶏も勇名を馳せると百万バーツ(大卒初任給1万数千バーツ)を超えることがあるようです。
通常一本の脚に一本の爪しかありませんが、この時、ルアッの王が用意した鶏は左右夫々に3本の爪を持っていました。いかなる鶏といえども敵することは不可能だと思われました。通常、闘鶏は飛び上がるとこの脚の爪で相手を傷つけるのですが、中にはここにナイフを結びつける場合もあるようです。そうなると鶏も正に命がけの試合になります。
この異形の鶏に対して通常の闘鶏用の鶏が如何に強くても敵することは出来ません。
そこで、チャーマテーウィーがロッブリーより同行したテーコー夜叉に相談すると、夜叉は、その能力を持って左右夫々の脚に7本の爪を持つ鶏を創造しました。
左右夫々の脚に7本の爪を持てば、脚そのものが凶器の塊でしかありません。異形の鶏の戦いが始まりましたが、3本爪のルアッの王の鶏の頭にチャーマテーウィーの7本爪の鶏の爪があたり、殺してしまいました。かくしてチャーマテーウィーが再度勝利を収めました。
それでもまだチャーマテーウィー獲得の執念が収まらないのか、それほどまでにチャーマテーウィーが美しかったのか、次にルアッの王は、髪の長さを競おうとしました。
髪の毛が地上を1ソークに亘って這うほどに長い髪の人物を用意し、もしもこれほどに長い髪の毛の人物を探し出すことが出来なければチャーマテーウィーは我が女となる、と挑みました。ここで言うソークとは長さの単位で、通常肘から中指の先までとも言われ、約50センチほどだとされています。
これに対して、チャーマテーウィーは再びテーコー夜叉に相談し、ルアッの人間よりも髪の毛の長い地上を2ソーク、即ち1メートルに亘って這う人物を作り出させました。
次々に戦いを挑むルアッは如何にしてもチャーマテーゥイーに勝利することが出来ず、怒りの余り自ら30メートルにも及ぶ剣を投げて怒りを表した、といいますから槍でしょうか。それにしても大袈裟な数字ですが、伝説ですから。
これに対し、チャーマテーウィー側では、下着用に用いる布といいますから昔の日本女性の御腰に相当するものでしょうか。その布を漂白し、宝玉、黄金で飾り付けた帽子を作ってルアッの王に差し出しました。
チャーマテーウィーが自らの怪力に屈したと思ったルアッの王は、喜び勇んで今一度槍を投げましたが、チャーマテーウィーの贈った帽子の魔力の故に、もう彼にそれを思いのままに投げ飛ばす力はありませんでした。
怒り心頭に発したルアッの王は、もう子供騙しのような賭けではなく、力でチャーマテーウィーを奪い取ろうとし、軍を押し出しました。その兵力は、八万に及んだといいます。
これに対し、ナーン・チャーマテーウィーは、マハンタヨットを白象の首に跨がらせ、弟のアナンタヨットを背に乗せ、象使いを尻に跨がらせ、側用人、勇敢な兵士多数を従えさせ、1000人の従者を従えたテーコー夜叉共々戦いに送り出しました。
ルアッの兵たちは、一つ牙の白象に跨がった二人の王子と、計り知れない力を持つ兵たちの集団を目にして、抗することが出来ず、一人残らず逃げ去りました。夜叉の軍もルアッの人々を追い掛けてはガツガツと貪り食い、絶滅に等しいまでに大損害を被ったルアッ軍は、揃ってサルウィン河の岸辺まで逃げた、と伝承は伝えています。
(続)
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結果が何となくわかっているのですが、
ついつい最後まで引き込まれてしまいました。
これはチャーマテーウィーの魅力以上に
manaさんの文才ですね。
感心しました。
傑作。
2009/6/23(火) 午後 8:33
NONさん
軍鶏は、シャモと呼びますが、これはシャム、即ちタイが訛ったものではないかと思います。コチラでは、いわゆる田舎の人が飼っている地鶏と言うのは基本的にこの種類なんですね。街中で網の上で焼いているのもこれですが、とても美味しいですね。
田舎の人はこの鶏を育てて闘鶏用の鶏にして行くんですが、その間にいわゆる血筋が出てきたのだと思います。
こうしたことからタイと日本の関係を考えるのも楽しいかもしれませんね。
ちなみに沖縄の泡盛はタイのお米から作られていますね。昔から。
2009/6/23(火) 午後 8:58 [ mana ]
ははははは 牛対決は笑えますね
獰猛な雄牛もビックリ仰天して逃げたんでしょうね
他の対決も興味深々で読んじゃいました
まだ続きがあるようですので、楽しみにお待ちしております
2009/6/23(火) 午後 9:00
さくらの花びらさん
過分のお褒めを頂いて恐縮です。
主人公は死なす訳には行きませんので、結果が分っていても問題はどうやって問題を解決るかの方法だけですね。それが日本人の感覚とは違う方法なのでつい驚いたり感心したりになるのだと思います。
拙文ですから目の肥えた皆さんに嫌われないようにだけは気をつけています。
これからも覗いて頂ければ励みにもなります。
宜しくお願いします。
2009/6/23(火) 午後 9:03 [ mana ]
柚ぽん瑠璃珊瑚晴パパさん
コメントありがとうございます。
伝承には時としてこうした話が出てきますから面白いです。
こうした話を考えた人はかなりの洒落っ気があったのでしょうか。
こうした息抜きも必要だったのだと思います。
2009/6/23(火) 午後 9:06 [ mana ]
拝見させて頂きました。
続きに期待しております。
傑作○です。
2009/6/24(水) 午前 1:13
近野さん
ご訪問&傑作応援ありがとうございます。
これからも宜しくお願いします。
2009/6/24(水) 午前 5:50 [ mana ]
おはようございます。
ナーン・チャマテーウィーのお話、とても面白いですね。
傑作ポチ☆
2009/6/24(水) 午前 8:48
mamuantheory さん
ご訪問&コメントありがとうございます。
彼女はタイでも北部以外では案外知られていない女性ですので、馴染みがないかと思います。
どこまで描けるか分りませんが、御時間があれば覗いて頂けると嬉しいです。宜しくお願いします。
2009/6/24(水) 午前 9:03 [ mana ]
>夜叉の軍もルアッの人々を追い掛けてはガツガツと貪り食い、
このような人がいたらかてんでしょうね
2009/6/24(水) 午後 6:33 [ 道後 ]
水大師さん
コメントありがとうございます。
多分ルアッ軍は象を戦闘に使用しなかったので、ハリプンチャイの多数の軍象の前に蜘蛛の子を散らすように逃げ去った様子、また象に踏み潰された兵もいたでしょうから、こう表現しているのでしょうね。
2009/6/24(水) 午後 8:23 [ mana ]
こちらこそ、ご来訪やランキング応援に感謝を申し上げます。
また伺います。
2009/6/25(木) 午前 0:51
近野さん
ご訪問ありがとうございます。
これからも宜しくお願いします。
2009/6/25(木) 午前 5:36 [ mana ]
子牛が巨雄牛の睾丸を目がけて突進した...、ハッハハハ−愉快です。
日本にも神話が有りますが、日本武尊が蝦夷征伐に行った神話のような話しがタイにも有るのかな...と思いました。
2009/6/25(木) 午前 11:36
さんりゅうさん
コメントありがとうございます。
神話ですから・・・どこかで似たものがあるかもしれませんね。まして日本人とタイ人は共に蒙古班を持つ民族ですよ。中国人にはないですよ蒙古班。
2009/6/25(木) 午前 11:50 [ mana ]
こんばんは。
おー、チャーマテーウィーの勝利ですね。闘牛は奇策ですね。しかし、闘牛も闘鶏も髪の長さも条件が一方的でチャーマテーウィーが不利ですね。
ポチ
2009/6/25(木) 午後 8:56 [ JJ太郎 ]
↑ひとつ上のコメント。
蒙古班!これは初耳。
2009/6/25(木) 午後 9:00 [ JJ太郎 ]
JJ太郎さん
コメントありがとうございます。
神話ですから一方的な不利な条件下で戦い、完全勝利したと言いたいのでしょうね。その勝利の仕方をいろいろ面白く考え出したのだと思います。奇抜であればあるほどお話として面白いですから聞く人の興味を惹きますね。
それから蒙古班は、ある意味民族的特長ですから、これをもってしても中国人と日本人は別人種だと言えると思いますね。そして、蒙古班といわれながら遥か南のタイ族にも同じ班があることをどう考えるのでしょうか。あたしは、タイ族は遥かな昔には黄河中流域を彼らの生活の場にしていた。即ち彼らの故地は黄河中流域、いわゆる中国五千年と言われるその神話時代に現れる漢族に敵対する様々な民族の一つではないか、と想像を逞しくしています。
2009/6/26(金) 午前 7:26 [ mana ]
ma naさま、先般はいい加減なブログ記事を書いたこと深く反省しています。
隣町のランプーンには自転車で2度言ったことがあり、チャマウティ像やワットハリプンチャイを訪ねて興味を持ち、貴稿ナーン・チャマウティ伝(1〜7まで)を読まして頂きました。
途中ですが、その膨大なタイ古文書への深い造詣と意訳文の格調の高さと内容の素晴らしさ、そして面白さにぐいぐい引き込まれ、大きな感銘をうけました。
これほどまでにご立派な方だとは知らず、先般の無礼なる拙稿の件、何卒ご容赦下さい。なお、私の不知な部分も多々あり、今後とも質問させていただくことをお許し下さい。
2009/7/8(水) 午後 11:32
燃えるオッサンさん
コメント&過分なお褒めを頂いて恐縮です。
まだまだ入手していない古文書がいくつもあり、書きながら自分でも恥ずかしくなっていますが、あたしに残されている時間を考えると、未完でも形にして置きたいと思い、ブログを利用しています。
古文書を読むとタイ人も案外勘違いしていたり、路傍の何気ない物事に歴史を感じたりします。簡単の想像することは出来ますが、古文書の裏付けがあれば想像もまた楽しくなりますね。
2009/7/9(木) 午前 6:21 [ mana ]