チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

チャーマテーウィー伝

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ナーン・チャーマテーウィー伝−8−

前回は「チャーマテーウィー伝」の内容に沿ってルアッ族の王がチャーマテーウィーに婚姻を申し込んだことに対するハリプンチャイ側からの反撃を述べました。「ヨーノック王朝年代記」の中におけるチャーマテーウィーの道という章においては一味違った描写をしていますので、今回は、その内容をご紹介しましょう。

チャーマテーウィーの美貌に恋焦がれて邪な欲望を抱いたルアッ族の王は、使者を立てて献上品を送り、丁重に意を通じさせましたが、腹心の使節は思いもよらず追い返されました。

「チャーマテーウィー伝」では、牛、鶏、髪の毛などと御伽噺のような手段を講じたとしていますが、ここでは、そんな子供騙しな手段をとらず,いきなり戦闘という強硬手段に訴えるべく兵を集め始めました。むしろ、この方が事実に沿っているように感じます。

地元先住民の王からの求婚を断ったチャーマテーウィー側は、異郷の地に来て間もなく地元権力者との戦いを余儀なくされました。この危機を乗り切ったのは、名前が残されておりませんが、外交術に優れた官僚の口先一つであったようです。今も昔も、こうした弁舌家とも言うべく外交官吏が非常に重要な役割を果たすことに変わりがないようです。

ハリプンチャイから数十キロ離れたルアッ族の王の住居に向った外交官吏が言うには、「・・・今、女王は、子供を産んだばかりであり、体内は、いまだに癒えて平常に戻ってはおらず、身体は、未だに不浄をぬぐい去り切ってはおりません。体力は弱まっており、お怒りになられたのです。王に置かれては、どうかひとまず抑えられ、将来に向かって大目に見られよ・・・」

要するに、チャーマテーウィーは産後の肥立が悪く、精神状態も不安定だった故に王様の使者をすげなく追い返したのであって、決して本心からではありません、と甘言を弄して時間稼ぎをしたのです。

ということは、ルアッの王の求婚はチャーマテーウィーがハリプンチャイに到着し、双子の王子を出産して間もなくということでしょうか。遥かな異国からやって来たばかりでまだ国も治まっていなかったでしょうし、幼子を抱えての戦闘はさすがに躊躇われたかもしれません。また、出産直後であればハリプンチャイの使者の口実にも信憑性を持たせることが出来ます。

ルアッの王の側では、もっともらしい言葉に振り上げた拳を下ろし、彼女の身体が正常になるのを待ちました。やがて時が過ぎ、ルアッの王は再び使者を送りましたが、返事は相変わらずのらりくらりとした掴み所のないものだったようです。こうして3度4度と使者の往来が続く内に瞬く間に7年の月日が過ぎていました。

さすがにこの頃になると、ルアッの王もチャーマテーウィー側の意思をはっきりと知りました。ハリプンチャイ側の時間引き延ばしと、通常の外交折衝では美貌の女性を手に入れることが出来ないことをはっきりと察したルアッの王は、終に八万の軍を挙げてムアン・ハリプンチャイに迫りました。

これ以上の引き伸ばしも、いかなる外交交渉も不可能であると悟ったハリプンチャイ側では、この七年の間に十分に備えをしていたものと思います。迎撃の総指揮官には双子の王子が命じられました。即ち、神の使いともいえる白象の首に長男のマハンタヨットが跨り、背には次男のアナンタヨットが跨り、そして尻には象使いの従者が乗りました。

通常、象戦においては将は象の首に跨り、背に乗っている従者が武器を手渡します。只、その象使いもまた当然戦に通じていた筈です。

「ヨーノック王朝年代記」では、神象に跨る双子の王子の前後を守護する兵の数三千と記しています、八万と三千では余りにも兵力に開きがあります。そんな兵力差を補うかのように、伝承は、ハリプンチャイ軍の戦列の最前列には多数の象があたかも双子の王子を守護する盾になるかのように並んだと記しています。

いざ戦闘が開始されると、ハリプンチャイ側の戦象は、まるで鹿に襲い掛かるかのように辺りを睥睨していたといいます。只、不思議なのはルアッ軍に一頭の象も登場しないことです。彼等は象を飼育していなかったのでしょうか。ハリプンチャイの側では象狩りを実施していたことは白象の登場からも想像されます。そして、それはルアッとの戦いに備えてのものであった筈です。

戦陣が切って落とされると、目の前に迫り来る多数の巨大な象の群れにルアッの兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行きました。伝承では、その様子を白象の霊威とハリプンチャイを守護する神の力によりルアッの兵たちは目が眩み、恐怖に慄き、戦意を失ったと記されています。

戦意を失ったルアッの兵は夥しい数の武器をうち捨てて逃げ去りました。逃げるルアッ軍を追いかけるハリプンチャイは、ルアッ軍を追い落とすと、軍を解いてハリプンチャイに引き返してきました。

双子の王子の凱旋を迎えたハリプンチャイでは、盛大な歓迎奉祝行事を持ちました。そして、当然のこと白象をも大切に労いました。

全てめでたしめでたし・・・

「チャーマテーウィー伝」は、こうしてルアッの挑戦を退けた後,チャーマテーウィーは長男のマハンタヨットにムアン・ハリプンチャイ統治を譲ったと言います。そして、次男のアナンタヨットには新たに彼の為に建設したムアン・ケーラーン・ナコーンを与えたというのです。
時に双子の王子は7歳に過ぎませんでした。

ハリプンチャイの後を継いだマハンタヨットは、チャーマテーウィーが当然の如く後援したでしょうから、彼女の統治53年と言うのもあながち間違いではないかもしれません。では、ケーラーン・ナコーンに行ったアナンタヨットは誰が後見したのでしょうか。

しかし、「ヨーノック王朝年代記」の別の項に見るところでは、話が少し違っているようです。

そもそもケーラーン・ナコーン、即ち現在のラムパーンの建設は如何にしてなったのでしょうか?

それに踏み込む前に、今ひとつ面白い話が残っていますので、落ち葉拾いのようですが見てみましょう。
それは、「ヨーノック王朝年代記」の中に拾われていますが、出典は「チャーマテーウィー本(KHAMPHIIR CAAMTHEEWIIWONGS)」であるとしています。

ルアッの王には美貌の王女が二人いたというのです。

そして、それがいつのことなのでしょうか、残されていませんが、今度は逆にハリプンチャイの方がルアッに使者を送って申し入れます。
ハリプンチャイの王子二人は、上述の王女二人との戦闘、即ち、奪い取る用意がある。ついてはルアッの王に置かれては抗することが出来ると思うならば堅牢な陣を構えて待つがよい、と言う挑発的な内容でした。

このことはルアッの王は死ななかったことを意味するのでしょうか、遥か彼方のサルウィン河にまで追い落としたことにはなっていないのでしょうか。多分ハリプンチャイ攻撃のルアッ軍は逆襲されて後退し、ドーイ・ステープの裾野を巡るようにピン河上流に逃げたのだと思います。

既にハリプンチャイの軍に一敗地に塗れていたルアッは、こうした脅迫的申し入れに恐怖し、二人の王女を差し出すことを申し入れ、戦闘を回避しました。戻って来た使者からルアッの意向を聞いたチャーマテーウィーは、貢ぎ物を整え、正式にルアッの王女を貰い受ける使節を立てて送り出しました。かくしてきれいに着飾った王女二人がハリプンチャイにやってきて結婚式を挙げ、モーンとルアッは血縁関係を結んで末永く友好関係を築いたといいます。

そして、今ひとつの婚姻話をも伝承は残しています。
即ち、チャーマテーウィーは、ルアッの王女二人だけではなく、地方の頭、カウィヤ(KHWIYA)の娘二人を貰い受けて二人の王女に宛がったというのです。このカウィヤと言うのは、7年前にステーワ仙の意向を受けてスッカタンタ仙と共にロッブリーに下ってチャーマテーウィーを新興のムアン・ハリプンチャイの王に貰い受けに行った使者に他なりません。

この二つの話は、「チャーマテーウィー伝」でも触れられていませんし、「ムアン・ラムプーンチャイ伝(TAMNAAN MUANG LAMPHUUNCHAY)」でも触れられていないことは、「ヨーノック王朝年代記」も認めています。従って信憑性を疑うことも出来ますが、伝承の話ですから余り真剣に考えないことにします。

こうした現地有力者との婚姻による姻戚関係を構築することで勢力を伸張して行くことは屡見受けられることで、あながち虚偽とも思えません。

(続)

閉じる コメント(36)

若紫さん

コメントありがとうございます。
外交と言うか、対外交渉の場においてきちんと自己主張するということは非常に大切なことですね。特に外交の場合には、その一言を言うか言わないかで日本の国益に関わるかもしれません。従って、十分に準備をした上で、堂々と臆することなく国の主張をするべきですね。言わなくても分ってくれる筈だ・・・これは外国では通じません。言わなければ分ってもらえないのが外国人との話ですね。コチラがしたいこと、して欲しいことをはっきりというべきですね。その後どこまで有利に折り合うかはそれこそ話芸と話術、いわゆる交渉術でしょうね。
最近は余りにも卑屈な外交姿勢が与野党含めた政治家・官僚に見えるようで、残念ですね。

2009/6/28(日) 午後 7:51 [ mana ]

さくらの花びらさん

コメントありがとうございます。
国を挙げて一人の女性を手に入れる。女性側としてはこれほどまで惚れられたなら女冥利に尽きる、と言うのかもしれませんが。余りにも文明の光から遠い部族では逆玉の輿になりそうですね。
ルアッの王からすれば略奪婚にも似た感じて脅せば取れる、と言う考えがあったのかもしれませんね。
只、面白いのは、遠い国からやって来たチャーマテーウィーが先住民を迫害した形はとっていませんね。しかも、先住民が侵入者を駆逐しようともしていませんね。ハリプンチャイを建設した時、このルアッの王は何をしていたのでしょうか。カウィヤとは誰なんでしょうか。
全く私見で逞しく想像すれば、ステーワ仙自身が先住民ルアッ族の引退した長で、カウィヤもルアッ族の一つの村の長でステーワ仙の近臣の部下、そして、現在のルアッの長は、ステーワ仙の後継王という想像は如何でしょうか。そして田舎町にやってきた美貌の女性を手に入れようとして上手くあしらわれ、挙句の果てには戦闘に引き込まれて象軍に敗れた、と言うのはやはり無理でしょうか。

2009/6/28(日) 午後 8:15 [ mana ]

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使者といい王女といい国益にかなった
政治ですね
日本が見習わねばいけません

2009/6/28(日) 午後 8:51 [ 道後 ]

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こん
∧,,∧
( ・ω・ ) のぞきにきましたよ〜
/ φ口o
しー-J

2009/6/28(日) 午後 11:52 日帰り温泉とグルメ

いつも勉強となります。

続きに期待しております。

傑作○です。

2009/6/29(月) 午前 0:57 近野滋之

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こんな、でたらめな国のままでいいんでしょうか?!

裁判、役所、警察、金融機関、郵政などで不正を経験し、
手に負えない状況で、

裏の世界に巨大な黒幕が現在している限り
皆さんが何を言っても、やっても無駄で、偽りしか思えませんが。

裁判所で、
偽裁判が法を悪用し判決をし、
最高裁判所で裁判記録が改ざんされ、
裁判の手順が無視されたり

警察では、
偽警官が取り調べをしたり(一般人が警察服を着て警察のお手伝い?)、
証拠もあるのに被害届を受けつけてくれないし、

役所では、
知らないうちに子供達と私の保険証が発行されたり、
訳わからない人達が世帯主になっているのを役所で誤魔化したり、
各種提出した自分の書類を閲覧できない。
偽装証明証を発行してる。

続き・・

2009/6/29(月) 午前 5:13 [ ansund59 ]

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金融機関では、
証券会社、信託銀行などが不正をしていて
金融庁、証券取引等監視委員会へ情報提供・相談をしても無駄だし

郵政では、失効したかんぽ保険の還付金50万円が消えていて、
郵便物が夜中に投かんされたり、
郵便物が届かなかったり、
書留のネット追跡の内容が偽装だし・・・

通信関係では、
インターネット、電話回線、携帯などで最先端のIT技術を悪用し。

なのに、あらゆるところへ訴えてもみんな逃げたり、知らん顔したり、
もみ消そうとしてます。

このような事をおいて何ができる、何をやろうとしているのでしょうか?

記事と関係ないコメントで申し訳ござません。

2009/6/29(月) 午前 5:14 [ ansund59 ]

水大師さん

コメントありがとうございます。
政治とはいつの時代、どの社会においても基本的には自国の利益、国民の生命・財産をいかにして守るか。これが出来れば、国民は安心して日々の生活に励みますね。襲い来る相手に対し争って負けるのであれば、力を蓄えるまで時間を稼ぎ、十分に自信がついた時点で正面切って自国の主張をする。勝利の暁には、相手の名誉をもそれなりに保護する。
なかなか出来ることではないですが、今から1200年余り前にチャーマテーウィーはそれを成し遂げていたようですね。

2009/6/29(月) 午前 5:35 [ mana ]

日帰り温泉とグルメさん

ご訪問ありがとうございます。
ごゆっくりしていって下さい。

2009/6/29(月) 午前 5:36 [ mana ]

近野さん

コメント&傑作○ありがとうございます。
これからも宜しくご教授下さい。

2009/6/29(月) 午前 5:38 [ mana ]

ans*nd5* さん

申し訳ありませんが、仰っていることの意味がよく理解できません。
従って、どうお返ししていいのか分かりませんのでご理解下さい。

2009/6/29(月) 午前 5:46 [ mana ]

こちらこそ、ご来訪やランキング応援に感謝を申し上げます。

また伺います。

2009/6/30(火) 午前 0:49 近野滋之

近野さん

いつも支援ありがとうございます。
これからも宜しくお願いします。

2009/6/30(火) 午前 8:13 [ mana ]

千葉日台さん

これが荒らしと言うものですか。
始めてみました。
暇な人がいるものなんですね。
ご忠告有り難うございました。
いい勉強になりました。

2009/6/30(火) 午前 8:15 [ mana ]

顔アイコン

こん
"∧_∧ 南魚沼のお土産を
(´・ω・`)受け取ってください
/ つ愛とl
しー-J

2009/6/30(火) 午後 8:55 日帰り温泉とグルメ

ご来訪やランキング応援に感謝を申し上げます。

また伺います。

2009/7/1(水) 午前 0:59 近野滋之

日帰り温泉とグルメさん

有り難うございました。
何のお持て成しも出来ませんがごゆっくりして行って下さい。

2009/7/1(水) 午前 6:13 [ mana ]

近野さん

こちらこそ、ご訪問ありがとうございます。
これからもいろいろ勉強させて頂きますので、宜しくお願いします。

2009/7/1(水) 午前 6:14 [ mana ]

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こんばんは。
やはり古来から外交は重要だったということですね。もちろん軍事も。歴史を抹殺された日本にはそれが伝わらなくなっている。

ポチ

2009/7/1(水) 午後 9:42 [ JJ太郎 ]

JJ太郎さん

コメントありがとうございます。
日本でも、日清、日露両戦争においては、盛んに外交折衝をし、世界の状況を見極め、反対勢力のないことを見極めた上での決行だったと思います。それは、先の大戦においても同じようであったと思います。ですから中国、半島での日本軍の犯罪は成立しようのないものなんですが、東京裁判が勝者による報復裁判であることは明らかな通りですね。
しかし、戦後GHQに日本弱体化政策(?)、左翼勢力の容認、在日の不法滞在、日教組、反靖国のキリスト教徒・・・様々な日本否定勢力の活動に混じって役人そのものまでが気概を喪ってしまったのだと思います。
今、タイではカンボジアと一触即発の臨戦体制下ながら外務省は必死になってカンボジアと折衝し、軍部も相手軍と交渉しながら衝突回避に向いますが、決して相手の言いなりにはならないですね。相手を怒らせても正当と思う自己主張をして、戦争の危機すら孕んだユネスコ問題では勝利しましたね。タイの外務大臣は元外務官僚ですよ。
日本の役人も見習ってほしいです。

2009/7/2(木) 午前 9:43 [ mana ]


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