チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

チャーマテーウィー伝

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ナーン・チャーマテーウィー伝−9−

ここに一つの問題があります。
即ち、「チャーマテーウィー伝」「ヨーノック王朝年代記」のチャーマテーウィーに言及した箇所においても、ルアッの王の挑戦を退けた年、チャーマテーウィーはムアン・ハリプンチャイの統治を長男のチャウ・マハンタヨットに譲り、次男のアナンタヨットには別にケーラーン・ナコーンを建設して統治させたと記されています。そして、このブログでも先にそのように記しました。

しかし、同じ「ヨーノック王朝年代記」の中の「ナコーン・ケーラン建設について」の章においては、異なっています。

前項においては、双子の王子は御年7歳にして白象にまたがってルアッ軍と戦い、完膚なきまでに打ち破りました。そして、長男は母のチャーマテーウィーより王位を譲られた、としておりますが、「ヨーノック王朝年代記」の「ナコーン・ケーラーン建設の章」においては、マハンタヨット王子のムアン・ハリプンチャイ王位継承を御年18歳の時のこととしています。

実に10年の開きがあります。チャーマテーウィーがハリプンチャイにやってきてすぐにルアッ族との戦争が起き、戦闘の準備に費やされること7年、ようやく防衛に成功した途端に王位を譲るには早過ぎるようにも思いますが、どうだったのでしょうか。しかもルアッの二人の王女をマハンタヨット、アナンタヨット両王子の后に貰い受けたと考えるのは、如何に当時の結婚が今より早かったとはいえ、余りにも幼すぎるように思います。

案外、この18歳説が常識的も知れません。

しかも、この18歳説にあっては、次男のアナンタヨットは、はじめからケーラーン・ナコーンの王位に就いたのでもなさそうです。チャーマテーウィーは、長男のマハンタヨットをハリプンチャイの王位に就け、次男のアナンタヨットを副王にしようと考えました。チャーマテーウィーの意識の中に他の国の事は微塵もないかのようです。

譲位に際して、チャーマテーウィーは礼に従ってステーワ仙とスッカタンタ仙の両隠者を招聘しました。
チャーマテーウィーの言葉を聴いた二人の隠者は、招請の言葉のままにハリプンチャイのチャーマテーウィーのもとにやって来ました。両隠者は、マハンタヨットの為に即位の日を取り決め、ハリプンチャイの町は、花々で美しく飾られました。即位の日、両隠者は、お二人の王子の頭頂に聖水を注いで祝福し、マハンタヨットを国王、アナンタヨットを副王としました。

一通りの国の仕置きの形を作り、慶賀の祝宴の日々が終わると、二人の隠者は、夫々の住居に引き上げ、母子三人は夫々の役割を十分に勤めました。

特に、チャーマテーウィーは、いくつもの寺院を建立して仏教・僧を保護し、寺院に逗留する僧には衣・食・住・役の四衣で篤く庇護し、自らは五戒に加えて、正午を過ぎてからの食事をしない、歌舞音曲に馴染まず、柔らかな寝床を用いない、という八戒を励行し、周りの近習もまた篤く仏教に帰依しました。

こうして、後の仏教国家とまで言われる宗教色濃いハリプンチャイの基礎を建設しました。先住民ルアッとの関係に齟齬もなく、外に敵もなく、内にいかなる憂いの種もない平凡な日々が続きました。

どれほど時が過ぎたのでしょうか。

アナンタヨットは心の中で思ったそうです。
「我が兄は、大王となってこの都の全てを統治し、望む如何なる物といえども、全て心のままに手に入れることができ、如何なる障害も見いだし得ない。我もまた一人の男子であり、同じ時間に同じ母の胎内より出でて、何故に同じ様な絶対権がないのか。屡々、意に添わないことがある。プラ・ワーステープ仙に対して、王となる場所を求めるべきであろうか。・・・」

アナンタヨットは、こうした心の悩みを母に相談しました。
通常は相談する相手は近従の者になり、そのまま叛乱の謀議に繋がるものでしょうが、アナンタヨットは、違っていたようです。こうしたことは王子が国王の双子の弟だったからでしょうか。

息子の悩みを聞いたチャーマテーウィーは、使者を遣わしてステーワ仙に相談しました。そして、ステーワ仙は、ハリプンチャイの遥か東方に聳えるケーラーン・バンポット(KHEELAANGKH BARPHOT)に住むケーラーンワネーチョーン(KHEELAANGKH WANEECOR)という名前の猟師を尋ね、彼にマハープローム仙(MAHAA PHROHM RUUSII)の住居への道案内とさせよ。マハープローム仙が王子の抱える全ての問題を解決するであろうというのです。

ここで言うマハー・プローム仙とは、かつて釈尊の元でステーワ仙、スッカタンタ仙たちと共に修業し、後にヒマラヤの山中で隠者の修行を完成させた、スプロム仙と同一人物でしょう。

ステーワ仙から、アナンタヨットを王たらしめる全能の力を持つマハープローム仙の存在を知らされた使者は、喜び勇んで帰国すると、チャーマテーウィーおよび、アナンタヨット副王にステーワ仙の言葉の全てをありのままに奏上しました。

ステーワ仙からの嬉しい助言に、アナンタヨットは、母と国王である兄に暇を告げて千人の従者を伴って東に向いました。といっても彼らには隠者の住む住居も、その住居を知る猟師との接触法も分りませんでした。

ともかく東を目指す一行は、マーティサーリー(MAATISAAARII)という名前の川の岸辺に到着すると、その地に住するプッタチャディン(PHUTHTHACHADIL)という名前の隠者を拝しました。隠者は、アナンタヨットの旅の目的を知ると、手紙を認めて身近にいる猟師に持たせ、一行をケーラーンの村に住む猟師のもとに案内させました。

プッタチャディン仙よりの手紙を受け取ったケーラーンの猟師は、一行を伴ってマハープロ−ム仙のもとに向かいました。到着した時は既に日が暮れんとする頃であり、逸る心を抑えてやむなくその場で一夜を明かすと、翌朝、様々な供儀の品々を整えてマハープローム仙を尋ね、恭しく拝しました。

目の前の若者がチャーマテーウィーの子供であると知ったマハープローム仙は、アナンタヨットが自らも兄のマハンタヨット同様に王になりたいという希望を抱いていることを知り、祝福の言葉と共に次のように告げたといわれています。

「・・・このケーラーン・バンポットに一つの大変平安で大変に心地よいムアンがある。さあ我と共に行こう・・・」

こう言ってアナンタヨットを伴ってケーランバンポットの裾野、ワンカナティー河(MEENAAM WAN KHANATHII)の近くに広大な四角形の都を建設すると、アナンタヨットをその都との王とし、その町をケーラーン・ナコーン(KHEELAANGKH NAKHOOR)と名付けました。

ここで言うワンカナティー河とは,現在のワン河(MEE NAAM WAN)のことです。

上のマハースプローム仙の言葉は、示唆に富んでおり、この地には既に町が出来ていたようです。それはハリプンチャイという町が初めにあって、そこにチャーマテーウィーたちがやって来たように、既に出来上がっていた町にアナンタヨットが乗り込んで王位に就いたのが正解かもしれません。

では、その町とはどのようにして出来た町なのでしょうか。

(続)

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北国春男さん

コメントありがとうございます。
チャーマテーウィーがまだ力を持っていたこともあるでしょうし、王子を補佐する役目の人物に、まだそれほどまでに権勢欲がなかったのかもしれません。唯、一つの国をまるで玩具の城を作るように簡単に作ったという伝承が面白いですね。
それは作ったというよりも出来合いの国を襲って支配したと言うのが正しいのかもしれません。それも決して強固な国というのではなく、村のようなものだったでしょう。そこには人がいて、生活基盤がある程度出来上がっていたと思われますね。それは、ハリプンチャイも同じだったと思います。

2009/7/6(月) 午後 8:09 [ mana ]

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兄弟間の確執と言うのはどこの国でも起こりうる事なのかも知れませんね。それを争いに発展させるか収めるかと言うのは周囲の環境によるところが大きいですね。
思わず政界の鳩山兄弟を思い出しました。
傑作

2009/7/6(月) 午後 10:29 千葉日台

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大河ドラマの「天地人」で、ちょうど昨日、
直江兼継とその弟が別れる話を放映していました。
幼い時は仲の良かった二人が、長じて距離が出来ていくのです。
兄弟間で権力争いをするというのではなく、
上杉の家臣として兄を支えていた弟が、兄とは離れて別の立場で「上杉」を支えるようになると言う話でしたが、
今回の記事と良く似ているなぁと思いました。

2009/7/6(月) 午後 11:06 むうま

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なるほど、男たるもの・・・ですね
日本以外でも考える事は一緒ですね
で、この先どうなるのか? 続きを早くお願いしますね!

2009/7/6(月) 午後 11:14 yuzupon

続きに期待しております。

傑作○です。

2009/7/7(火) 午前 1:28 近野滋之

千葉日台さん

コメントありがとうございます。
兄弟故に対抗心・嫉妬心というのが人一倍強いのかもしれません。特に権力を行使する立場にいる場合には、側近の影響が大きいと思います。今回の場合には、側近がまだそれほどに育っていなかったか、権力奪取を唆すほど権勢欲を持っていなかったことが幸いだったのだと思います。母のチャーマテーウィーに相談しなければ、別の歴史になっていたかもしれません。

2009/7/7(火) 午前 5:49 [ mana ]

むうまさん

コメントありがとうございます。
自我に目覚め、自分の仕事を探すようになると、一緒に遊んだ兄弟より外の世界に目が向くのは自然の習いですね。只その時兄弟相反するする方向に向うか、平行した方向に向うか、全く次元の異なる方向に向うか、周りの環境によるところが大きいですね。
今回は兄と同じものを欲して母に甘えたところがあるようですね。そして、それを叶えるだけの力量が母のチャーマテ−ウィーにあったことが幸いでした。

2009/7/7(火) 午前 6:04 [ mana ]

柚ぽん瑠璃珊瑚晴パパさん

コメントありがとうございます。
男たるもの小なりといえども一国1城の主になりたい、いつの世も民族を超えて同じ望みを持っているのかもしれませんね。そして、それが叶った人は幸いというべきでしょうね。そして、それを叶えさせる人が身近にいるということはその人の徳でしょうか。

2009/7/7(火) 午前 6:08 [ mana ]

近野さん

ご訪問&応援のクリックありがとうございます。

2009/7/7(火) 午前 6:09 [ mana ]

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兄弟間の確執は
源頼朝と源義経の話を思い浮かべます。
兄弟で争わなければならない話は悲しく感じます。

2009/7/7(火) 午後 9:59 Non

こちらこそ、ご来訪やランキング応援に感謝を申し上げます。

また伺います。

2009/7/8(水) 午前 0:45 近野滋之

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うちは8人兄弟ですが
仲のいいのと悪いのと・・・・
でも最近気がつきました自分しだいで人間関係は変わるのだ。
と・・・兄弟に感謝の言葉をかければ向こうも変わりますね

2009/7/8(水) 午前 1:53 [ 道後 ]

NONさん

コメントありがとうございます。
兄弟ゆえに対抗心・嫉妬心は人一倍強いのかもしれませんし、危機感もあるのかもしれませんね。危機感があれば一方を権力の及ばない別の世界に遠ざけるかもしれませんね。いずれにしても争いは悲惨ですが、今回は別の国に行くことで解決されてよかったです。

2009/7/8(水) 午前 6:48 [ mana ]

近野さん

度々のご訪問と応援ありがとうございます。

2009/7/8(水) 午前 6:49 [ mana ]

水大師さん

人間関係は、ある意味鏡かもしれませんね。
自分の気持ちが相手に心に映って跳ね返ってくるのかもしれません。
したがって、好意を持って話をすれば、相手も好意を持って返してくるでしょうし、好意を持たずに話せば、相手もそれを察して余所余所しい態度で接してくるかもしれません。好意を持たない人間にそうした感情を捨てて平静な気持ちで接することは難しいですね。それが出来れば「大人」なのかもしれません。
いずれにしても8人兄弟では人間関係も複雑でしょうね。

2009/7/8(水) 午前 6:54 [ mana ]

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日本歴史でも骨肉相食む争いで歴史が塗り重ねられてきました。
今も続いているのが現実です。
人間と言う猛獣のさがでしょうかね。

2009/7/8(水) 午前 10:34 よかもん人生

よかもん人生さん

コメントありがとうございます。
歴史は繰り返す、といいます。
実際には繰り返すのは歴史ではなく形なんですが。いずこの民族も内部抗争を経験していない民族はありません。そして、民族内でも肉親の場合には時にはより激しくなるときがありますが、その時は他人同士以上に悲惨かもしれませんね。共に一つしかない権力を求める場合には壮絶な戦いとなるのでしょうが、この場合には幸いにも別に国を作ることで何とか凌いだようです。こうした拡散が許されなくなったときが問題でしょうね。
そうした争いの根本には人間の、民族の権勢欲、支配欲、領土欲があります。日本は島ですからそうした他国を侵略する支配欲がなかった分だけそれに対する免疫能力が劣るのかもしれませんね。
危険ですね。

2009/7/8(水) 午前 11:02 [ mana ]

ご来訪やランキング応援に感謝を申し上げます。

また伺います。

2009/7/9(木) 午前 1:00 近野滋之

お久しぶりです。
私は男ばかりの6人兄弟の4男です。
血のつながった兄弟ほど他人以上に殺意を抱く位に憎めるものだと思います。理由を語れば長くなるので書きませんが、とにかく身内だからこそ人の道から逸れたら、それが自分のことのように感じて許せなくなってしまうのです。
それとは対称的に、団結や協力する等、仲良くなるのも早く、最近、次男が事故で亡くなったのを契機にバラバラだった兄弟が、今では私の家に(母親がいますので)度々訪れるようになり、連絡も密に取り合うようになるなど、子供のときの状態にもどりつつある状況です。
人一人の死をもって初めて兄弟が団結するとは・・・何とも情けないかぎりで、人間とは何と愚かな生き物であろうか・・・。と最近つくづく思う今日この頃です。

2009/7/9(木) 午前 2:08 はたやん

秦やん3号さん

お元気なようで何よりうれしいです。
近親憎悪という言葉がありますが、肉親だからこそ許せないということは有り得ますね。逆に肉親だから許せる、ということもあります。家族は社会です。社会には夫々波風が立ちます。しかし、流れている血は呼び合うのかもしれません。表面上いがみ合っていても血は呼び合い、一つになろうとするのかもしれません。
そして一つになって仲良くするのがまた自然なのだと思います。

2009/7/9(木) 午前 6:12 [ mana ]


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